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百無語  作者: 山大&夙多史
49/50

SIDE∞ 後日談

 天空要塞〈太陽の翼(ラピュータ)〉が、その名の通り太陽のような黄金色の炎に呑まれて消えてから半日。

 天空要塞は跡形もなく消え去っており、墜落させたとはいえ街への被害は皆無だった。合成幻獣の残党などもおらず、街は何事もなかったかのように平常運転をしている。

 捕えたテオフラストゥス・ド・ジュノーの身柄はとっくに魔術師連盟に引き渡された。最後はさんざんに言われ放題だったが、彼の錬金術師としての力は間違いなく最高クラスである。今後連盟が彼をどうしするつもりなのか。その辺りまで来ると関係ないので聞かないが吉だ。

 そういった諸々の事後処理や連盟への報告は月波市や葛木家がやってくれたため、紘也たちがこれ以上滞在する理由はない。ないのだが、紘也たちはなぜか焔稲荷神社へと集合させられていた。 

 紘也としては軽く観光してそのままの足で蒼谷市に帰るつもりだったのだが、それでは面白くないと各方面から言われたのである。

 つまるところ、今回の戦いの打ち上げをしよう、と。

「うわ、もう準備できてるし」

 神社に足を踏み入れるや否や、境内のど真ん中で大人数用のバーベキューコンロが三台もセッティングされていた。食材は肉も野菜も魚介類も簡易調理台の上にどっさりと山積みされている。三つの業務用鍋から漂ってくるスパイシーな香りはカレーだろう。さらには酒瓶と酒樽が高々とピラミッドを築いているけれど、未成年の比率が多いのに一体誰があんなに飲むのか謎過ぎる。

「なんだこれ? 祭でもやるのか?」

「いいじゃねえか、紘也。こういうのはパーッと盛り上がる方がオレは好きだぜ?」

「まあそうだけど……」

 紘也もこういうイベント事は嫌いじゃないが、寧ろ大好物なのだが、仮にも神聖な神社の境内でやることだろうか?

 焔御前が怒ったりはしな……いや、向こうの縁側で既に酒盛りしているキツネがいる。紘也が心配するまでもなくオールオッケーらしい。

「よぉ、お前らやっと来たか。あと一分でも遅れたら勝手に始めるとこだったぞ」

 肉と野菜を交互に刺した串を両手いっぱいに持った、黒いアロハシャツにサングラス姿というこの上なく胡散臭い格好の瀧宮羽黒が冗談ぽく笑った。

「は? あんたがいきなり紘也くんの携帯にかけてきて『今から打ち上げすっから神社に来い』とか遅刻もなにもねえでしょうが! 紘也くんも『うん、わかった。神社ってのは焔稲荷神社だよな?』じゃねえですよ! こっちにはこっちの予定ってもんがあったんですよ? もうちょっとで隙を見て紘也くんと二人っきりになれてあんなことやこんなことヤるはずだったのにぃ!」

「待てウロ。お前がどういう予定だったのかはこの際いいが、なんで俺の携帯の遣り取りを一字一句違わず知っている?」

「……」

 バッ! と捻じ切れそうな勢いでウロがそっぽを向いた。

「あー……えー……あー……愛の力?」

「このバッテリーの蓋の裏についてる盗聴器みたいな薄い機械は?」

「愛だよ」

 ――グサッ!

 無駄にドヤ顔でサムズアップされたので思わず指が二本ほど出てしまった紘也である。

「てか、よくこんな機材や食材を短時間で集められたな」

 向こうで地面をのた打ち回って酒瓶にストライクする金髪少女は無視し、紘也は羽黒の手際の良さに感嘆した。

「ああ、月波学園の農学部に昔の手下……知り合いがいてな。そいつらにちょっと声をかけたら五分で揃った」

「そ、そうか……」

 今、一瞬だけ最悪な表情を見たような気がしたが……農学部は果たして無事なのだろうか?

 きゅるるるぅ。

 どこかで可愛らしい音が聞こえた。

「マスター、お腹が空きました」

 ウェルシュだった。ちょこんと紘也の裾を摘まんだ彼女は羽黒の持っている肉をじっと見詰めている。

「……〈龍殺し〉ごとこんがり」

「おい」

 放置すると本当に羽黒ごと焼きかねなかったので、紘也は自分も適当に肉串を取ってバーベキューコンロに置いた。

 既に充分に熱されていたようで、じゅっと肉の焼ける音と共に炭火の独特な匂いが鼻孔をくすぐった。肉汁が滴り始めると引火して炎がいい具合に噴き上がる。その頃合いになると他の面子もバーベキューコンロを囲んで騒ぎ始めていた。

《酒だ! 吾に酒を持って来い!》

「あ、ヤマちゃんその姿でお酒はダメだよぅ」

「かーがりん! アタシらと一緒に食べよう!」

「かがりん言うな! 任務は終わったんだからこれ以上馴れ馴れしくする意味ないでしょ!」

「えー、別にいいじゃーん」

「……一緒に打ち上げしてる時点で馴れ馴れしくなっているかと」

「抱きつくな! 暑苦しい!」

「ほほう、そういう態度に出ちゃう? かがりん忘れてないでしょうね……あんたへの命令権がまだ一つ残ってることを!」

「はあ!? あの話、まだ生きてるの!?」

「とーぜん! ふふふ、どうしてくれようかな……!」

「くっ……こうなったら自棄よ! 良いわよ! 何でも言いなさいよ!!」

「んじゃ、メアド交換して。今度どっか行こーぜ」

「……へ?」

「あ、それ、わたしも欲しい……いいかな?」

「へ……あ、はい……?」

「見ろよ紘也! 熊肉だってさ熊肉! 珍しいぞ!」

「う、熊肉って臭みが凄いって聞いてたけどホントだな」

「紘也くん紘也くん! こっちが鹿肉でこっちが鰐肉らしいですよ!」

「なんでそんなもんまであるんだ!?」

「月農食品加工科に不可能はない」

「限度というものがあるでしょ……」

「おら、ウロボロス。お前には蛇の大好きなこれをやろう」

「わーい、やったー、ウシガエルのから揚げだー……ぶっ飛ばしますよ!?」

「何それグロい」

「数時間前まで合成幻獣斬り倒してた人の台詞かしら?」

「本当に何でもありだね……」

「……ウェルシュは牛が食べたいです」

「はい。ビャクちゃん、あーん」

「ユタカも、あーん」

「紘也くん紘也くん、あーん」

「山田が酒樽ごと飲もうとして押し潰されてる!?」

「スルーですかそうですか。でも諦めませんよあーん! ほらあーん!」

《酒に。酒に殺される! はっ。これが『龍殺し』の酒》

「えっと、違うと思うよぅ」

「酒樽に潰されて圧死の巻き添えとかふざけんなよお前!?」

「羽黒も焼いてばかりいないで食べませんか?」

「ん? ああ、そうだな。もみじ、辛口のカレーを取って来てくれ」

「紘也くん! あーんあーんあーん!」

「やかましい!」

「ぎゃああああああ目がぁあああああああああああああああああッ!?」

「……あっ、梓様それはウェルシュの牛串です」

「速いもん勝ちだよウェルシュちゃん。代わりにこのイワナあげよう」

「おい梓、それ僕のイワナ……」

「ユーちゃんにはこっちを進呈しよう」

「なんだよこのメダカみたいなちっちゃいイワナ!」

「みんなちゃんと野菜も食べようよぅ」

「おいこのカレー作ったの誰だ! 辛さが足りねえぞ!」

「……ご、ごめんなさい。私です」

「ゴラァなに真奈ちゃん泣かしてんだクソ兄貴!?」

「いや泣いてはねえだろ」

「ハン! カレーはこのくらいの中辛がちょーどいいんですよ。わかってないですね〈龍殺し〉」

「ああ? 辛くねえカレーはカレーじゃねえだろうが。なあ?」

「同意」

「舌が痺れるくらい辛い方が食べごたえあるよな」

「ぐぬぬ、そう言えば紘也くんと孝一くんはそうでしたね。またやるんですか? やるんですね? いいですよ人数も増えましたし相手になってやりますよ! 中辛派の人この指とーまれ!」

「辛口派は俺のとこな」

「甘口派は愛沙ちゃんのとこでお願いします」

 そうして賑やかだったバーベキュー大会は、なぜか突発的なカレー派閥論争へとシフトするのだった。


        ∞


【辛口派】

 瀧宮羽黒 秋幡紘也 諫早孝一 穂波裕 山田。


【中辛派】

 ウロボロス 瀧宮梓 白銀もみじ 葛木香雅里。


【甘口派】

 鷺島愛沙 朝倉真奈 ウェルシュ ビャク。


 全員が三つの派閥に分かれた結果、こうなった。

 羽黒が勝ち誇った笑みでウロを見下す。

「ほれ見ろ。多数決で辛口派の勝利だ」

「僅差じゃねえですか!? だいたい山田は数に入れなくていいですから引き分けです!?」

《どういう意味だ金髪!?》

 危なく本当に数に入れなくていいやと思いかけた紘也だったが、山田だって一票は一票だ。捨てるわけにはいかない。

「諦めろ、ウロ。これが現実だ」

「く、やっぱりこの件に関しては紘也くんとわかり合えない運命ですか……」

 悔しがるウロだが勝敗は決している。まあ、だからと言って今からカレーを作り直すようなことはしないが……そう考えるとかなり無意味な論争に思えてきた紘也である。カレーは三つの鍋に三種類の味付けをしているからそもそも争う必要すらない。

 と、甘口派閥から寂しそうな気配が漂ってきた。

「あれ? ユタカ……辛口が好きだったの? いつも私と食べる時は甘口だったのに」

 白が瞳を潤ませて辛口派閥にいる穂波を見詰めている。穂波はというと、冷や汗が滝のように流れていた。

「いや、ビャクちゃん、これはそのえーと……」

「もしかして、私に合わせて我慢――」

「辛口なんて邪道だよね! カレーは甘口に決まってるよね!」

「おい穂波が裏切ったぞ!?」

「ユウを締め上げろ! 裏切者には死だ!」

「あれ? これカレーの好みがどうって話だよな!?」

 甘口派閥に駆け去っていく穂波に孝一と羽黒が激昂。この戦い、どうやらただでは終わりそうにない。


【辛口派】

 瀧宮羽黒 秋幡紘也 諫早孝一 山田。


【中辛派】

 ウロボロス 瀧宮梓 白銀もみじ 葛木香雅里。


【甘口派】

 鷺島愛沙 朝倉真奈 ウェルシュ ビャク 穂波裕←IN。


「ビャクちゃん泣き落としは卑怯でしょ!?」

「ぐぬぬ、今度は甘口派が勢力を増しましたね。引き抜くとは卑怯な。腐れ火竜、あんたこっちに来なさい!」

「……嫌です。ウェルシュは甘口が好きです。あとウェルシュは腐ってません」

 恐らくこれ以上の引き抜きは不可能だろう。穂波の件は不意打ちだったが、次に誰かが自分の派閥を裏切ろうとすると手痛い制裁が待っているに違いない。

「そういや、まだ参加してない奴がいるな。おいそこの飲んだくれ!」

 羽黒が神社の縁側で酒を浴びるように飲んでいる土地神様に声をかけた。酔っぱらってキツネ耳と尻尾をぴょこっと出した焔御前は面倒そうな流し目でこちらを見ると――

「儂か? 儂はカレーというものは酒に合わんから好かん。まあ、強いて言うなら辛口かのう」


【辛口派】

 瀧宮羽黒 秋幡紘也 諫早孝一 山田 ホムラ様←IN。


【中辛派】

 ウロボロス 瀧宮梓 白銀もみじ 葛木香雅里。


【甘口派】

 鷺島愛沙 朝倉真奈 ウェルシュ ビャク 穂波裕。


「ホムラ様を巻き込むとかクソ兄貴ずるい!?」

「ってこれじゃ中辛派の一人負けじゃあないですか!?」

 中辛派閥がギャーギャー喚いている。

「ねえ、なんでこんなにヒートアップしてるの?」

「譲れないなにかがあるのでしょうか? 私にはわかりませんが」

 もっとも騒いでいるのはウロと梓だけであり、香雅里ともみじは一歩下がったところから呆れたように傍観していた。

「あ、そうだ。まだ一人いるじゃあないですか! 真奈ちゃん、シルフを出してください!」

「えっ……?」

 状況をどうにか打破しようとウロが甘口派閥の朝倉にフォーカスをあてた。

「あ、そうねー。フィーちゃんの意見も聞かないとねー」

 凶悪な笑みを浮かべる梓に朝倉は肩をビクつかせると、中辛派閥の要求通りにシルフのフィーを召喚した。

 妖精のような姿をしたシルフは風のように飛び回ると、それぞれの鍋からカレーを指で掬ってペロリと舐め――

「話は聞いてました! ですがフィーはどの味もオールオッケーなので一つを決めることはできませ――」

 ぐわし、とウロの右手に鷲掴みにされた。

「中辛ですね」

「フィーちゃんは中辛と」

「ええっ!?」

 無理やり中辛派閥へと連行されるフィー。

「いやいやいや、だからフィーは」

「「中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ中辛ガ好キ」」

「ハイ、ふぃーハ中辛ガ好キデス」

「洗脳すんな!?」


【辛口派】

 瀧宮羽黒 秋幡紘也 諫早孝一 山田 ホムラ様。


【中辛派】

 ウロボロス 瀧宮梓 白銀もみじ 葛木香雅里 フィー←IN。


【甘口派】

 鷺島愛沙 朝倉真奈 ウェルシュ ビャク 穂波裕。


 どうしてこうなった?

「いやぁ、五対五対五ですかぁ。これじゃあ人数で決着はつけれませんねー」

「待てクソ蛇。お前らのは明らかにアウトだろ。あとユウも本来は辛口派だろうが!」

「ビャクちゃんが甘口が好きなのなら、僕は喜んで辛口を捨てる。実際ここ最近ずっと甘口食べててけっこう好きになった」

「ユタカ」

「ビャクちゃん」

「変なことで見詰め合うなそこのバカップル!?」

 あの二人を一緒にしておくと周囲の目に大変悪い桃色結界を張ってしまうから困る。あの結界はたぶん紘也の〈結界破り〉でも破壊できないだろう。

「こうなったら別の物で決着をつけましょう! 例えば世界の幻獣TCGとか!」

「カレー関係なくなったぞ」

 もう引き分けでいい気がするのに……と紘也が肩を落としてると、梓と穂波の目がキラリンと光ったような気がした。

「世界の幻獣TCG……ね」

「なるほど、そういうことならデッキ取ってくるよ」

「デュエリストいた!?」

 まさか月波市にまであの謎カードゲームが普及しているとは、世界は狭いのだと紘也は思った。


        ∞


「よっしゃ来たぁーッ!! あたしの切り札『ウロボロス』を召還します!! これで紘也くんは次のターンに総攻撃でジ・エンドです!!」

「次のターンが回ってきたらいいな。魔術カード『蔓延する瘴気』をプレイ。俺のフィールドにいるゾンビを三体生贄に捧げ、闇属性以外の全ての幻獣からその攻撃力の合算分耐久力を減少させる。これでお前のフィールドには『ウロボロス』しか残らない」

「ホワッツ!? いや、まだです。まだ『ウロボロス』がいれば逆転できます!」

「『送還術の起動円』――手札に戻れ。」

「どっかで見た展開!?」

「魔力は使い切り、幻獣もいなくなったお前に守る手段はない。『ドラゴン・ゾンビ』二体でアタック」

「ぎゃーす!?」

 ウロボロスのライフがゼロになり、手札をばら撒いて仰向けに倒れた。

「ウロちゃんよっわ!? てか紘也さんは水闇混合のコントロールか……えげつないデッキ使うわね。性格が出てるわ」


         ∞


「『ドライアド』からの魔力ブースト。『ドラゴニュート』を召還!」

「……そんな、速すぎます孝一様。まだ三ターン目です」

「速さが命さ、ウェルシュ。そして『ドラゴニュート』は召還したターンでも攻撃に参加できる。速攻!」

「くっ、『ドラゴン・パピー』でガードします」

「『煮え滾る溶岩』を発動! 『ドラゴン・パピー』に致死量のダメージ!」

「うううぅ……」

 孝一の展開速度についていけず、ウェルシュはあたふたしつつあっという間にライフを削り取られた。

「ウェルシュさんも弱い!? 孝一さんは火風のビートダウン。僕のデッキとちょっと似てるけど、五ターン目には決着ついてるとか速っ!?」


        ∞


「フィーは魔術カード『シルフの怒り』を使います。ハクロの幻獣全部に風属性のダメージです」

「あ、悪ぃ。そのダメージ量じゃ全然足りねえぞ」

「え?」

「『光の聖堂』『ゲオルギウスの城壁』『栄光の讃美歌』『不死化』『暗黒竜の領域』『ヴァンパイア・ブラッド』エトセトラエトセトラ。まあ平たく言うと、ステータスアップ系と保護系の持続魔術を大量配置してるから俺の幻獣は死なねえの」

「卑怯です!?」

「じゃあ俺のターンな。『魔剣バルムンク』を設置して総攻撃。あ、一匹でもくらったらオーバーキルだから」

「ぎゃあああああああああああああああああああッ!?」

 無理やり中辛派閥として戦わされていたフィーは、羽黒の最悪な笑顔の前に儚く散っていった。

「クソ兄貴は自陣を強化しまくる光闇のフォートレス……なんで光属性使ってんのよ似合わないでしょ!?」

「山田さんは僕の直接火力(バーン)デッキで秒殺したけど、あの三人は簡単にはいかないね」

「アタシたちで争ってる場合じゃないわね」

「うん、ここは手を組んで辛口派を止めよう」

 猛威を振るう辛口派閥の三人に甘口派閥と中辛派閥が同盟を結んだ。ちなみに秒殺された山田は焔御前の隣でヤケ酒している。

「アタシの手数押し(ウィニー)デッキはたぶん紘也さんに強い。ユーちゃんは孝一さんを」

「ビートダウンは出鼻を挫けば立て直しが難しいからね。了解」

「さっきからアズサとユタカがなに言ってるのか全然わかんない!?」

「大丈夫です。私もわかりません」

「まったくなにが面白いのかしら?」

 トレーディングカードゲームがさっぱり理解できない組の白、もみじ、香雅里は白い目で観戦しているだけだった。

 そして――

「マナちゃん見て、これ可愛い」

「……こっちもなかなか可愛いですよ」

 コレクター組の愛沙と朝倉は対戦など眼中になく、ウロが大量に出したカードを漁ってテンションを上げていた。


        ∞

 

 結論から言うと、辛口派閥の圧勝だった。

 幻獣たちは幻獣のくせにこのカードゲームは激雑魚だったため、実質戦力になる人数にも差があった。その点を突いて復帰制を取り入れたものの、ウロやウェルシュが何度リベンジしようと白星を挙げることは叶わなかったのだ。

「まだです! まだ負けてません! 次はモンバロで勝負です!」

 と頑として負けを認めないウロたちが社務所の方へと移動していったが、流石にこれ以上は付き合いきれない紘也である。モンバロ――大乱戦・モンスターバトルロイアルは孝一とついでに山田に任せてバーベキューへと戻っていた。

「って、何だこの縁日」

 社から外に出てみたら、境内がやけににぎやかになっていた。

 さっきまではなかったはずの屋台が立ち並び、腕や首筋から派手な入れ墨が見えている人相の悪いおっさんたちが、じゅうじゅうと煙を上げる鉄板でお好み焼きやらタコ焼きやら焼きそばやらを販売している。それを目当てに集まったのか、下は幼稚園から上は高校生くらいまでの幅広い年齢層の子供たちとその保護者が溢れていた。

「騒ぎを聞きつけたテキ屋連中が集まってきて勝手に始めたんだ。ま、止める理由もねえし、知らん仲でもないから放置してるが」

 と、縁側に腰かけて缶ビールをあおっていた羽黒が状況説明をする。

 それにしても急ごしらえの縁日なのに人が集まっている。ほとんどは知らない顔だが、昨日見た五人組の姿も見受けられた。

「そういえばエルフの姉妹がいないけど、どうなったんだ?」

「あいつらは病院だ。姉の方が合成させられてたからな。なにかしら後遺症がないか検査させてる。妹はその付き添いだな」

 幻獣が普通に病院に通える都市ってどうなのかと思ったが、それがこの街の特色だったことを思い出す。幻獣、妖魔、妖怪。それら人ならざる者たちが遥か昔から人間と普通に共存している都市。世界にはそういう場所は他にもいくつかあると聞く。

 世界は広いようで狭く、狭いようで広い。

 知らないことが途方もない数あれば、ひょんな縁に出くわすことだってある。

 縁と言えば――

「確かあんたは親父の知り合いだったよな?」

「不本意ながら、な」

 世界魔術師連盟の大魔術師たる秋幡辰久が誰と知り合いでも不思議はない。が、疑問はある。一体なにがどうなって瀧宮羽黒のような術者と縁が結ばれるのか。

「どういう知り合いなんだ?」

「……言いたくねえ」

 羽黒は非常に苦い顔をして紘也から目を逸らした。どうやら余程素晴らしい思い出のようである。是非とも根掘り葉掘り聞き出したい……ところだが、殴られそうなのでやめておこう。紘也が羽黒に殴られたらウロ辺りがブチ切れて戦争勃発待ったなし。最終的に焔御前に制裁されるところまで見えた。

「息子に忠告する意味はねえと思うが、あのおっさんに関わると碌なことがねえから気をつけろよ?」

「そんなもん物心ついた頃には悟ってたよ」

「だろうな」

 今回の件だって大元を辿れば父親の影がチラホラしていた。それでいて自分で解決に来ないのだから質が悪い。大魔術師の立場が動きにくいのはわかる。それでもどうにかならなかったのだろうか?

 紘也と羽黒は同時に溜息を吐く。

「カンガルーの肉食うか? いい具合に焼けたぞ」

「だからなんでそんな肉まであんだよ!?」

 食べてみたら牛肉と鶏肉を足して二で割ったような味だった。

 帰る前に珍しいものに出会えた、とでも思えばいいのだろうか?

「帰る……無事に帰れたんだな、俺たち」

「なにを今さら。夢でも見てる気分か?」

「いや……」

 天空要塞に乗り込んで、ほとんど戦争のような戦いを乗り越えて、誰一人として欠けていない。今ここで当たり前のように飯を食べて馬鹿騒ぎしているけれど、それが一体どれほどの奇跡なのか。

「なんだ? しんみりした雰囲気作って話を締めるつもりか?」

「あんたはなにを言ってんだ?」

 この男も時々ウロみたいな意味不明な言動をする。

「俺みたいな一般人があんな戦いの後に怪我一つ負わず生き残ってんだぞ? 八櫛谷やあの『島』でのことだってそうだ。冷静に考えたらヤバい」

「お前こそなに言ってんだ?」

 自分だけならいい。だが、今回の戦いでも愛沙や孝一を巻き込んでしまった。こればっかりは無視できない案件だ。

 これは、やはり本格的にどうにかする必要が――


「にょわあああああああああん負けたぁああああああああああああああ!? 紘也くん紘也くん傷心のあたしをぐちゃぐちゃに慰めてくださぁい♪」


 どん! と。

 神社の御社から飛び出してきたウロが胸を押しつけるように紘也の背中へタックルをかましてきた。

 何事かと思ったが、すぐに社務所の方からテンションマックスの歓声が上がったため嫌でも理解してしまった。

《なあああああ! 延々と続くお手玉状態!》

「て言うか真奈ちゃん強すぎない!? 山田ちゃんのしょぼさを差し引いても! 手の動きが見えない!」

「その前にまさかのアケコン勢かよ!」

「戦わなければ……寮では生き残れない」

《ええい! もう一戦!》

 なるほど、どうやらモンバロでフルボッコにあったらしい。しかも思わぬ伏兵もいたようだ。

 それはそれとして――

「なんだウロ? 喧嘩売ってんならチョキ値で買うぞ?」

「チョキ値!?」

 額に青筋を浮かべた紘也が睨むと、ウロは光の速さで背中から離れるのだった。

「ウロボロスをビビらせる人間が一般人かよ……」

「ああ? いたんですか『龍殺し』。黒すぎて影かと思いました」

「視界に俺を入れる度にメンチ切んなクソ蛇が!」

 額を付き合わせて火花を散らす二人に、紘也は今ここで思い悩んでいることが大変馬鹿らしく思えてきた。

 そしてついでに、そういえば言ってない言葉があったことを思い出す。

「羽黒さん」

「あ? なんだ?」

 彼が月波市組の代表のようなものだ。だったら最初に告げるのが筋だろう。

「今回はいろいろ助かった。もしあんたが蒼谷市に来た時は、街でも案内してやるよ」

「ハッ! あのおっさんをこの世に生み落としやがった街なんて誰が行くか」

 そう言われると反論できない紘也だった。


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