SIDE100-23 終末
どむっ。
どむっ。
どむっ。
ずざざざざざざざざざざっ。
どんっ。
ウロボロスに顔面を殴り飛ばされた錬金術師は床を三回ほど大きくバウンドし、吹っ飛ばされた時と変わらない速度で十メートルほど床を滑り、壁に激突するまで止まらなかった。アレは痛い。
「ま、同情はしないけど」
どうやら完全に気を失っているらしく、遠目からだが、痙攣すらせず微動だにしない錬金術師の姿が見える。
「あー、やっと終わるのかこの仕事……」
「おーい」
上からの声に顔を上げる。
見ると、フォレストルージュ姉妹が操る赤く光る魔方陣に乗ったユーちゃん一行が、エレベーターのように降りてきた。ちゃんと孝一さんと愛沙さんの一般人コンビもいる。
「紘也! お前また無茶しやがって」
「心配したよぅ」
「げ、見てたのか……」
今回一番無理をしてくれた紘也さんの元に二人が駆け寄る。詰め寄る二人にあれこれ言い訳をしているようだが、あんな危険なことをしたんだから当分拘束されるだろうなー。
「ホント無茶してくれるなよ?」
「悪い悪い」
「紘也くん、あたしの活躍も見てましたか!?」
「あー見てた見てたスゴイスゴイ」
「感想がおざなり! でもいいんです、最後に紘也くんがあつ~いキッスをあたしにブチュッとしてくれれば(ドスっ)ゼロフレームサミング久々にキタアアアアア!!」
「もうあんな無茶はよっぽどのことがない限りしないさ」
「そもそもよっぽどの事態にならないでほしいなぁ」
あたしの目でも追えない速度で紘也さんはウロボロスの目を突き刺し、孝一さんたちとの会話に何事もなかったかのように戻った。噂には聞いていたが、足元でゴロゴロと悶絶するウロボロスを見ていると背筋が冷える。
「よ」
「お疲れ」
レイナたちを連れたユーちゃんも合流。こっちは別に心配事もなく普段通りだから大した状況確認もいらん。ビャクちゃんが「二度と離れない!」と言わんばかりにユーちゃんにコアラの如くしがみ付いているが、これはもうツッコミ放棄でいいでしょ。
「みんな無事みたいね」
「ええ……」
レイナに支えられながら、ライナもこっちにやって来る。真奈ちゃんのおかげである程度魔力が回復したとは言え、流石に限界なのだろう。ライナの足取りは未だに覚束ない。
と、辺りをきょろきょろと見渡していたかがりんが目に入った。
「どしたのよ」
「ねえ、瀧宮羽黒と白銀もみじはどこに行ったの?」
「え? ……あ」
すっかり忘れてた。
クソ兄貴はともかく、もみじ先輩に何かあったら――いや、あのヒトに何かできる存在がこの世にいるのかね? 一応あの二人はヴァドラを殲滅に行ったウロボロスの後を追ったはずだけど。
どぉん!
不意に壁が吹き飛んだ。
すわ、まだキメラが残っていたのかと身構えたが、吹き飛んだ壁の穴から出てきたのは、長身の黒ずくめの胡散臭い男だった。
「死ねやキメラごらぁぁぁぁぁあああああっ!」
「何でだよ!?」
割と本気で叩き付けた太刀を手の甲で弾きながら黒ずくめ胡散臭い男、もとい、兄貴は辺りを見渡す。無事な箇所が一か所もない制御室だった部屋と、孝一さんと愛沙さん一般人コンビも表に出てきて紘也さんと話しているのを見て、間抜けな声を上げた。
「あ、もう終わった?」
「とっくに終わったっつーの」
「そう! あんたがちんたらしてるあいだにこのあたしが! このザ・ドラゴン的存在であるこのウロボロスさんがズビズビズギャーン! って感じでまるっと解決しちゃいましたよ!」
兄貴の登場に、紘也さんの足元で悶え苦しんでいたはずのウロボロスが瞬時に復活してこっちにやって来た。
「お前のどこがザ・ドラゴンだよ。ドラゴンの一般イメージはむしろウェルシュ・ドラゴンの方のデザインだろ」
「はん! あんな腐れ火竜の方が一般的とか心外ですね!」
後ろから「ウェルシュは腐ってません」というセリフと共に投げつけられた火球をペンと弾き飛ばし、ウロボロスが声高らかに笑う。
「全員集合のラストバトルに遅刻とか超だっせーですねぇ、プークスクス! 野糞でもしてたんですかぁ?」
「うっせえ、お前の討ち漏らしを片付けに行ってて遅れたんだろーが」
「ホワッツ?」
「あのヴァドラ、しっかり生きてたじゃねーか。雑な仕事しやがってこの駄蛇」
「はあ!? あのねっとり吸血蛇野郎はあたしがズババババッて吹っ飛ばして消滅したはずです! 幻覚でも見てたんじゃあないですか?」
「あーそうだな、お前が言うならその通りなんだろう。……お前の中では、な」
「シャーッ!!」
面倒になったのかあしらい方がテキトーになってきた兄貴。それにかける労力を無駄と判断したのか、ウロボロスはさっきからずっと壁の穴の近くでニコニコとほほ笑んでいる白い女性を指さした。
「ていうか、誰ですかコイツ。なんかかなりヤバ気な魔力ですけど」
「ついに耄碌したか蛇ババア」
「いっぺん死ねやゴラァ!!」
「誰がどう見ても白銀もみじだろうが。魔力で分かれ」
「いや、誰がどう見てももみじ先輩ではないわ」
この状態のもみじ先輩を外見だけで見抜ける人ってあんまりいないと思う。魔力も跳ね上がってて同一人物だとは判断しにくいし。
「え、えー……覚醒して白くなるとか、何その格好いい設定……」
「あら、ありがとうございます」
ウロボロスが羨まし気に近付き、ジロジロと不躾に観察する。あの状態のもみじ先輩に近付くとか、かなり豪胆だな。着ていた黒いワンピースが白く変色するレベルの魔力を漂わせているヒトにホイホイ寄っていくとか、あたしからすれば無防備すぎる。
「んで」
兄貴が改めて辺りを見渡す。
「錬金術師はどこだ」
「「あ」」
あたしとウロボロスの声が重なる。
そう言えばぶっ飛ばした後放置してたような……。
「そ、そっちの方で伸びて――いない!?」
「おい、縛ってなかったのかよ」
さっきまで失神してた辺りに視線を向けるも、既にボロボロの錬金術師の姿はなかった。他の面々も気付いたらしく、慌てて周囲を探す。
「ふぁーふぁっふぁっふぁ!」
……探すまでもなく、すぐに見つかった。
「ひさはら、よくおおのふぁたひをほへにひへふへはな!」
「あ? 何て?」
とっとと逃げりゃいいものを、完全にキメラ化が解ける前に顔面陥没級のダメージを受けたために鼻と全ての歯がへし折られた程度で済んだらしい錬金術師は、操作パネル(だった物)まで体を引きずり、声高らかに勝ち誇っていた(多分)。
「ひたまえ!」
歯がないためフガフガと何言ってるか分からないが、錬金術師は操作パネル(全壊)に魔力を込めた手を叩きつけた。
バチン! と強烈な光が発せられ、見るも無残な状態だった操作パネルがある程度何であったか分かる程度に修復された。しかもご丁寧に、赤いランプのような目に痛い光を発しながらビービーとた警報が鳴り始めている。
「へんひのうひなはれたひしゅすだおうあ、ふぁあひいははんへーない! ほのほーりふーふくはほうは! はへはら、ふぁたひがへんはいはから!」
「だから、何つってんだかわかんねーよ」
「……最後のだけは何となく通じてしまった自分が悲しいわ……」
ライナが酷く落ち込んだ顔をしていたので、「私が天才だから!」とでも言ったに違いない。
「ふぁたひのやほーはほんさひたが、おほはひくふかまふひも、ひはまらをふはふははえすひもはい! ほのほろほろの〈はひゅーは〉ほひっひょひほっはひしんひひへふへる!」
「な! そんなことやらせますか!」
「え、何、ウロボロス。あいつが何て言ってるか分かるの?」
「発音と、あと追い詰められた悪役のセオリーで何となく察しはつきますよ。かがりんは分かりませんか?」
「分かんないわよ。あとかがりん言うな」
「で、何て言ってるのよ」
「この〈太陽の翼〉ごとあたしたちを爆破しようってんですよ!」
「え」
あー。
そりゃーヤバいかもね。
「ほのひほのほーはいをふははへへいるへねるひーがひっひにはふはひたら……ほーはるははかるはね!?」
「くっ……確かにこんな大質量の物体無理やり浮かばせてるエネルギー、全部爆発したら流石のウロボロスさんも無傷じゃ済まないかもですね」
「だから何で通じてんだお前は」
紘也さんが暢気にツッコミを入れ、止まらない警報と赤ランプにウロボロスは焦りを隠しきれず口早に状況を整理する。
「何でそんな冷静なんですか! あたしはともかく、紘也くんたちが爆発に巻き込まれたら即死ですよ!? いざとなったらあたしが人化を解いて脱出――は、流石にまずいですね。仕方がありません、背に腹は代えられません! そこの腐れ火竜! あんた人化を解いて山田と龍殺し以外全員背中に乗せて脱出しなさい!」
「ウロボロスの指示に従うのはハラワタ煮えくり返るほど嫌ですが、仕方ありません。マスターたちを救ってウェルシュがハッピーエンド迎えます」
「はっ、そんなことさせませんよ! 全力で邪魔します!」
「どっちですか」
「つーか、おいそこの駄蛇とボケ火竜」
《何しれっと吾らを爆発に巻き込もうとしておる!》
「お前らって時々山田が死んだら俺も道連れになる設定忘れるよな?」
「ていうかこんなことしてる場合じゃないんですよ!!」
「もうほほい!」
何やら勝ち誇ったように錬金術師が両手を掲げる。それと同時に鳴り続けていた警報の音量が最高潮になり、フロア全体が赤い照明で照らされ――ぷつん、と情けない音と共に元に戻った。
「……………………」
「……………………」
「「ホワッツ?」」
いみじくも、錬金術師とウロボロスの声がシンクロした。
「……確かに」
フロアに少女の声が響く。
「この空中要塞に蓄えられていたエネルギーを全て爆発に用いたら、わたしたちはタダじゃ済まなかったでしょうね。……でも、それはこの要塞があなたの制御下におかれていたら、の話です」
そう言って、彼女――真奈ちゃんは、手の平を錬金術師に見せた。
正確には、その手の平に乗っているソレを。
「ほ、ほれは……!」
「魔導具〈天使の羽根〉……この要塞のエネルギー貯蔵を含む全機能を司る、核のような存在」
一見すると純白の鳥の羽根のように見えるが、実際は膨大な魔力と知識を秘めた精密な魔導具だ。あのあからさまに怪しい部屋に保管されていた時、所有者は目の前の錬金術師ということになっていたが――今現在、所有者はこの魔術師の少女の名前で上書きされている。
「は、はへほへをほまへが……!?」
「こーんな大事なものをワニと人形だけに守らせておくなんて不用心じゃない?」
真奈ちゃんの横に並び、あたしは満面の笑みを浮かべて錬金術師と対峙する。
「ひったい、ほーやっへ!? ほれはひさはらほんひんにはふはえるほのでは!」
「んー、あたしら凡人に扱えるものじゃない、かな? ウロちゃーん、合ってるー?」
「ええ、合ってますけど、なんでそんな大事な物を真奈ちゃんが持ってるんですか!? あたしも聞いてませんよ!」
「てめーが単独先行しやがるから伝える暇がなかったんだろーが」
兄貴もいつも通りの軽薄な笑みを浮かべながらこっちに来た。
「今からお前の台詞の続きを当ててやろう。『その魔導具を制御できるのはこの天才たる私だけのはずだ』――どうだ? 当たってたら拍手喝采」
「……っ!」
顔を真っ赤にし、折れた歯が口内に突き刺さるのも厭わず噛み締めて怒りを露にする錬金術師。けどそれも、次のユーちゃんの言葉で絶句の表情へと変わった。
「月波市民限定のSNSコミュニティに画像流したら、一時間で詳しい解説付きのレス来たよ。画像から魔力回路とか制御法とかびっくりするくらい精密に割り出してくれた有志が八人ほど」
「……………………」
開いた口が塞がらないとはこのことか。
セリフはきまったのに、ビャクちゃんがしがみ付いててビジュアル最低だけど。
「……ユッくんやライナさんの魔力を回復できたのはこの魔導具のおかげ。愛沙さんの黄金化を短時間で解除できたのも、この魔導具のフォローがあったから。……でもこの魔導具、少なからず所有者の精神に影響を与えてる感覚があるから、さっさと捨てたい」
卵が先か鶏が先かって議論になるけれど、案外この錬金術師、この羽根を手に入れたからこんな大それた計画を実行に移したんじゃなかろうか。元々狂人めいてたのに、羽根のせいで知識の代償として狂気の進行に拍車がかかった、とか。
まあどっちにせよ同じことだけど。
でも一つ言えることがある。
「SNSで割と正確な情報が集まったことと言い、羽の影響をあっさり受けてたかもしれないことと言い、あんた――実はさほど天才でもなかったんじゃない?」
「……っ」
愕然と目を見開き、その場に膝をつく錬金術師。なにやらブツブツと呟いているが、あの口では魔術構成もままならないだろうし、今度こそ放置でも構わないだろうけど、一応踏んじばっておくか。
「さて、嬢ちゃん」
「は、はい……!」
ユーちゃんたちからパーカーの紐とかを回収して錬金術師を後ろ手に縛っていると、真奈ちゃんが兄貴に呼ばれ、緊張の面持ちで応える。
「最後の仕上げだ。……頼んだぜ」
「……はい!」
真奈ちゃんが頷き、手の平に乗せた魔導具に魔力を込めながらルーンを唱える。
SNSの有志……というか、月波市在住のその筋の専門家集団の情報を信じていないわけではないが、万が一暴走した時のために全員が身構える。
「――魔導具〈天使の羽根〉よ 主君朝倉真奈の名を以て命ず 秘めたる力をあるべき場所に還し 消滅せよ ――」
瞬間、純白の羽根から金色に輝く膨大な魔力の奔流が溢れ出た。
「うっ……!」
そのあまりにも強い光量に思わず顔を両腕で庇いながら、何とか薄目で様子を見る。
巨大な魔力は四つ足の巨獣のように声高らかに咆哮し、天井に空いた穴から天へと駆け出す。そしてクルリと宙を舞い、花火のように弾け飛んで地上に向かって降り注いだ。
パァンっ!
それと同時に真奈ちゃんの手の平の羽根も破裂した。
その姿を形成していた魔力も根こそぎ持っていかれたのか、所有者たる真奈ちゃんの命令によるものなのか、あたしたちに一切の余韻も与えず一瞬で霧散した。
「……ん?」
と、その時ウロボロスが何かに気付いたように辺りを見渡した。
足元……というか、フロア全体、もっと言えば要塞全体が揺れて脆くなった壁や床が崩れて行く。
「って! ちょーっと待ちなさいよ! 今ここでエネルギー溜めてた魔導具解放したら要塞堕ちるじゃあないですか!」
「最初からその予定だったろう」
「このクソ龍殺し! 紘也くんたち巻き込んで墜落したら危ねえじゃねぇーですか!! 馬鹿なんですか!? こんな所にいられるか! あたしは紘也くんと愛沙ちゃんを連れて外に出ますよ! 地上に降りるだけなら二人乗りギリ行けます!」
「ちょっと待て、俺は!?」
孝一さんの悲痛な叫びを無視し、ウロボロスは紘也さんと愛沙さんを抱えて翼を展開し飛び立とうとする。しかしそれを兄貴が襟首をつかんで待ったをかけた。
「そう慌てんな」
「ぐえっ」
シャツの襟が首を絞め、蛙のような声を出すウロボロス。……蛇なのに蛙とはこれ如何に。
「何しやがんですか!」
「落ち着け。……もうそろそろだ」
ちょいちょいと手招きし、兄貴が全員を一か所に集める。皆が怪訝な顔しながらも大人しく従う。あたしもユーちゃんと協力して虚脱中の錬金術師を引っ立てて兄貴の元に寄った。
その間も、要塞全体の崩落は止まらず足元が傾き始めている。
「さて、お立会い」
兄貴が両手を構え、手を打つ姿勢をとる。
「三、二、一……零」
パンッと手を叩く。
目の前に綺麗な朝日が現れた。
「お、おお……!?」
「何じゃこりゃ!?」
突然ゴウと強い風に晒され、バランスを崩す。その時足元が見えた……見えてしまった。
雄大な自然と巨大な学園、その向こうには動き始めた街並みと人々の姿。
下界に朝の月波市の光景が広がっていた。
「どこよここ!?」
そこは月波市のはるか上空――先程まであたしたちがいた要塞と何一つ変わらない高度に突如放り出されていた。
「おち、おち、おち……!?」
「くくっ。生身で空を飛んだことのない者にはいささか刺激的過ぎたかの?」
背後から聞きなれた声がした。
振り返ると、空中で崩壊を始めている浮遊要塞を背景に、金髪と獣の耳、炎のように揺らめく九つの尾を持つ長身の美女が胡坐をかいていた。
「ほ、ホムラ様」
「うむ」
目を細めて楽しそうに笑う土地神の姿を見て、あたしたちはようやく落ち着きを取り戻す。これ、神の……というか、狐の神通力で転移し、浮遊しているのか。
「姉様!」
ユーちゃんにしがみ付いたままビャクちゃんが嬉しそうな声を上げた。
「もう体は大丈夫なの?」
「ああ、御主らのおかげじゃ」
言いながら、ホムラ様はどこからともなく瓢箪を取り出し、直接口をつけてラッパ飲みを始める。
「……っぷは! この通り、今日も今日とて酒が美味い!」
「すっかり本調子のようで何より」
「くく」
兄貴の嫌味も笑ってスルーし、ホムラ様は紘也さんと真奈ちゃんを自分の近くまで引き寄せた。
「最後は御主の一手のようじゃったな。そして儂が復活できたのは御主のおかげか。……このホムラ、心より感謝するぞ」
「い、いえ……」
「なんか、照れるな」
ホムラ様が大きな手で二人の頭を撫でる。この歳で撫でられる気恥ずかしさもあってか視線を漂わせているが、あの二人何気にすごいことになってる自覚あるのかな。神様に頭撫でられるとか、今年一年無病息災よ。
「って! 何しれっと紘也くん撫で繰り回してますかこの女狐! 土地神だか何だか知りませんがあんま調子ぶっこいてると狐うどんにして喰い殺しますよ!?」
「うるさいのう」
「オボボボボボボボボボボっ!?」
ホムラ様がピンと指を弾くと、ウロボロスがその場で三百六十度全方向に高速回転を始めた。見た目は美少女なのに大股広げて残念な悲鳴を上げ続けているその姿は正視に堪えない。
「そ、それよりホムラ様! アレをどうにかしないと!」
「アレ?」
「あのまま落下したら悲惨なことに、な……あれ?」
あたしが半壊した空中要塞を指さすも、何か違和感。
よくよく見れば、全体的にボロボロで傾いて、無数の破片が空中に放り出されているが――そこで一時停止ボタンでも押したように、全てがその場に留まっていた。要塞本体はもちろん、細々とした破片も一つ残らず微動だにしていない。
「あれが神通力……?」
誰かが呆然と呟く。
あの膨大な質量を片手間で受け止めてるの……?
「くく……かかっ」
「……はっ」
ホムラ様と兄貴が我慢できずに噴き出した、
「安心せい、梓。御主の兄君は儂の復活まで計算済みであの要塞を落としたんじゃよ」
「じゃなきゃあのタイミングで墜落させねーよ」
「……そう言うことはあらかじめ言いなさいよ」
ウロボロスじゃないけど、こんな計画だったなんて聞いてない。
「とは言え、いつまでもあのままというわけにもいかんじゃろう」
そう言うと、ホムラ様はピンと指を弾いた。
すると、
ごうっ!
と、大きな音を立てて要塞が金色の炎に包まれた。
朝日がもう一つ昇ったような明るさと暖かみがあたしたちの所にまで届く。
ただ燃えているわけではない。一切の無駄なく、欠片一つ霧散させることなく、要塞を魔力として分解し吸収している。
かなり規模が違うけど、アレ、もしかしてビャクちゃんも扱う狐火か……。
「いいのかよ、ホムラ。神様が自分から行動しちゃダメなんじゃねーの」
「何を言うとておる羽黒」
ホムラ様が笑う。
「儂の庭に邪魔な塵が紛れ込んだでな、ちょいと狐火で焼いておるだけじゃ」
「……左様で」
苦笑を浮かべ、大人しく燃え盛る空中要塞の見学を始める兄貴。
あたしたちもそれに倣って要塞に視線を移す。
外壁が、研究施設が、生き残っていた悪しき研究成果が、一切の区別なく金色の狐火に焦がされ、消滅していく。
朝日が完全に昇り、全てが焼失するまで、あたしたちは無言でその様子を眺めていた。




