SIDE∞-22 切札
〈太陽の翼〉最上層――制御室。
テオフラストゥス・ド・ジュノーは部屋の中央に設置された箱庭――〈陽神俯瞰〉本体の手前に転移した。
リモートコントローラーである懐中時計を放り投げ、銃弾に貫かれた左肩を右手で押さえ、右足を引きずりながら〈陽神俯瞰〉の筐体に歩み寄る。
「やぁーってくれましたねあのガキども! この天才を敵に回すことの真の恐ろしさというものを教えてあげましょう!」
テオフラストゥスはパネルを操作すると、箱庭の中に〈太陽の翼〉の立体図が表示された。その立体図のあちこちに光点が明滅している。光点は色わけされており、赤く光っているものが侵入者。青く光っているものが残存する量産合成幻獣で、金色に光っているのが自分だ。
白のドッペルゲンガーと緑のフェニフは反応がない。フェニフの奴も敵にやられてしまったようだ。情けない。
主力も全滅したと思いきや――
「おやおやおや? この黒い光点……ヴァドラはまだ生きているのかね? これは天才の私でも意外や意外」
少々暴走するきらいがあったヴァドラは真っ先に討たれると思っていただけに、テオフラストゥッスは愉快そうに唇を歪めた。
「奴の近くに何人かいるが、残念ながらもう出番はないのだよ!」
テオフラストゥスは全ての赤い光点をロックし、続いてある一点をポイントする。
〈太陽の翼〉最下層――ダストシュートの行きつく先、ゴミ処理場である。
「フフハッハ! 全員纏めてスクラップになりなさぁい!」
狂ったように嗤い、テオフラストゥスは〈陽神俯瞰〉の転送機能を発動させる。
その寸前――
真下から突き上げて来た白い光線が、〈陽神俯瞰〉を中央から容赦なく貫いた。
「ファッ!?」
衝撃で弾き飛ばされるテオフラストゥス。〈陽神俯瞰〉は魔力の光に呑み込まれ、跡形もなく消滅してしまった。
今の今まで〈陽神俯瞰〉があった場所に穿たれた大穴から、竜翼を背中に生やした金髪少女が飛び出してくる。彼女の手に掴まって一人の少年も引っ張り上げられた。
「はい貫通しました。どうやらここが制御室っぽいですよ紘也くん」
「穏便にやれとは言わんが、今のでこの要塞が墜落したらどうしてくれるんだ?」
「あれ? 最初から墜落目的じゃあなかったっけ?」
「手順の問題な」
ウロボロスとその契約者――秋幡辰久の息子だ。
「……ウロボロス、マスターだけ運ぶなんてずるいです」
続いて赤い竜翼の少女が、青い和服の幼女と眼鏡の少女にしがみつかれて上ってくる。ウェルシュ・ドラゴンとヤマタノオロチ、それと朝倉真奈だ。
《己ら! また吾を置いて行こうとしたな!》
「は? 山田は雑魚なんですから別にこっちに来なくていいじゃあないですか。かがりんたちと一緒にライナの妹を探してればよかったんです」
「……山田だけ落としますか?」
《ぐぬぬ。人間の雄から魔力さえもらえれば己らなど……》
なにやら勝手に揉めているようだが、要するに先程まで固まっていた連中が二手に分かれたということだろう。制御室を占拠するチームと、ライナ――確かフェニフの片割れだったエルフの名前だ――の妹の探索チームに。
フェニフは倒されたと思ったが、どういう理屈か分離してしまったらしい。となるとフェニックスはどこに行ったのか? もう一つのチームか、それとも消滅してしまったか。
どうでもいいか。
「……あの、敵の錬金術師の人がいるみたいなんですけど」
朝倉真奈がこちらに気づいた。
〈陽神俯瞰〉で一網打尽にしてしまう作戦は失敗したが……仕方ない。
「よぉーくぞここまで来ましたねぇ! いかにも、ここがこの天! 才! にしか動かせない制御室なのだよ! それがどぉーいう意味になるか凡人たちにわかるかね? つまり、ここに私がいれば〈太陽の翼〉は完全に制御下におけるのだよ! 私のね!」
奥に設置されている台座まで這い寄っていたテオフラストゥスは、その制御盤に並べられたキーボードを片手でタイピングする。
と、壁や天井や床が変形し、重火器の形となって侵入者に弾丸の嵐を叩き込んだ。
「……無駄です」
ウェルシュ・ドラゴンが片手を振るう。すると真紅の炎が渦状に吹き荒れ、全員の周囲に結界となって展開した。
弾丸は全て〈守護の炎〉に阻まれて焼滅する。炎の結界の内側からウロボロスが魔力弾を放って〈太陽の翼〉の防衛システムを片っ端から破壊していった。
「ですよねぇー! このくらいでくたばる連中だったらこんなところまで到達できませんからねぇー!」
無論、テオフラストゥスにとっては想定内だ。さらに制御盤のキーボードを叩き、制御室の隠し部屋に格納されていたそれらを投入する。
「こいつらは……ッ」
「……あの羽があった部屋で戦った……」
自動錬金人形。それも二体。
これは〈太陽の翼〉に元々備わっていた防衛機械の兵隊を、テオフラストゥスが錬金術で改造を施したものだ。自分自身を媒体に、様々な鉱物や姿形に錬成する兵器。
即座に耐熱性の高い物質へと変化した自動錬金人形は、腕をハンマーに変形させて侵入者どもに振り下ろす。
いくらウェルシュ・ドラゴンの〈守護の炎〉といえど一堪りもないはずだ。
「山田、魔力をくれてやる。もう一度頼む!」
《フン! 今度は余分に魔力をくれるのだろうな!》
秋幡紘也がヤマタノオロチに魔力を流す。幼女の姿だったヤマタノオロチが妖艶な美女へと変化する。
《吾の〝霊威〟は水気を繰る》
ヤマタノオロチの周囲に青い輝きが集中する。それらは大量の水となり、ヤマタノオロチの周囲で凄まじい渦を巻く。
そして――
《水気は万物を葬る断絶の刃とならん!》
とてつもない速度で回転する水の竜巻が二体のゴーレムを呑み込んだ。微塵に切り裂かれて崩れ落ちるゴーレムだったが――
「それがどうした!」
テオフラストゥスがキーボードを叩く。錬成陣がゴーレムの瓦礫を包むように展開し、あっという間に元の状態へと再生させた。
「なっ!? あの時より再生が速い!?」
「当ぉー然でぇーす! 自動でも破壊されれば再構成されるが、錬金術師の私が手動で行えばこの程度一瞬なのだよチミィ!」
この場合は核を破壊されようが関係ない。核自体もテオフラストゥスが再錬成すれば済む話なのだ。
無限に蘇生するゴーレムに凡人が対処できるはずが――
「それがどうしました?」
瞬間、自動錬金人形たちの動きが止まった。
いつの間にか接近していたウロボロスが、二体のゴーレムの肩に手を置いていたのだ。
「あんたが何度でもゴーレムを錬成できるってんでしたら、二度と錬成できない物体に変えてしまえばいいんです」
「なっ!?」
ゴーレムが、ウロボロスの触れている部分から黄金色に変色を始めた。いや、あれは金そのものに錬成されているのだ。
馬鹿な。
ありえない。
「黄金は賢者の石相当の媒体がないと錬成できないはずッ! この天才の私ですら、連盟から拝借した過去の叡智の魔剣を使わなければ成し得なかった秘術でぇーすよ!」
金以外から金を錬成することも、金から他の物質を錬成することも、テオフラストゥスには彼の魔剣――『ミダス王の人差し指』がなければできない。
それをウロボロスは……。
「そうか、ウロボロスか。この私としたことが、自分が天才過ぎて逆に忘れていたよ。貴様の存在自体が賢者の石クラスの錬金媒体でぇーしたねぇ!」
「ハン! 天才が聞いて呆れますね! もう開き直って馬鹿を名乗ったらどうですか?」
「お断りしまぁーす! 生憎と私は天才ですからぁー、ゴーレムが黄金像になったからと言って手が出せないわけではないのだよ!」
キーボードを操作する。金の錬成ができなくても加工は――変成はできる。黄金ゴーレムの全身がボコりと隆起し、剣山となってウロボロスへと突き刺さる。
だが、それらはウロボロスを貫くことなどできず、ボロボロに砕け折れてしまった。
「金であたしの鱗を貫けると思ったんですか? やっぱり馬鹿ですよ」
ウロボロスはポーズを取るようにパチンと指を鳴らす。
「今度はあたしが利用してあげます」
黄金化したゴーレムが崩れ、次の瞬間には無数の砲台となってテオフラストゥスに砲身を向けていた。
黄金の弾幕がテオフラストゥスを襲う。咄嗟に制御盤を操作して壁を作ったが、全ての砲弾を堪えることはできず爆散した。
吹き飛んだテオフラストゥスは、なんとか意識を保って無事だった制御盤の下へと戻る。
「錬金術勝負で、人間がウロボロスに勝てると思わないことです」
「ぐっ……おのれぇ」
勝ち誇った顔のウロボロスにテオフラストゥスは歯噛みする。幻獣とはいえ、自分より各上の錬金術師がいるなど認められるものか。
「ウロがまともに錬金術やってるの初めて見たな。いやこれがまともかどうか知らんけど」
「……わたしは専門外ですが、とても高度な術だということはわかります」
「いつもは妙な道具を作ってくる程度なのにな」
秋幡紘也たちは巻き込まれないように後ろへ下がっている。誰もがもう決着はついたというような安堵した表情をしていた。
テオフラストゥスはまだ切り札を出していないというのに。
「ククク、相手が賢者の石ならば、こちらも賢者の石を使うまで」
キーボードを打つ。すぐ傍の床が開き、そこからドッペルゲンガーが拉致してきた錬金術師の少年が現れる。テオフラストゥスに賢者の石の在処を伝えた、人丑九段とか名乗った野良幻獣の話では賢者の石はこの少年錬金術師の体内に保存されているという。未だに意識は戻っていないが、摘出するには何ら問題はない。
「……ん? いや、待ちたまえ、これは……まさかッ!」
『はいはーい!』
その時、少女の声が脳内に直接響き、目の前に羽の生えた小人が現れた。
『ここで! 麓のとある錬金術師と中継が繋がっておりまーす!』
パチンと小人が指を弾く。すると目の前に小さな魔方陣が浮かび上がり、仄かに翡翠色の光を放ち始めた。
『やーやー、錬金術師の同胞よ』
魔方陣の光が収縮し、ある人物のバストアップの映像が映し出された。それはどうでもいいのだが、その映っている人物がどうでもよくなかった。
「……!? き、貴様!?」
それは、今足元に転げている少年と瓜二つの容姿をしていた。
『言いたいことは山ほどあるが、君と違ってこの俺は忙しい身なんでね。簡単にまとめさせてもらうぞ』
映像の少年はぐぐっと身を乗り出し、右目を見せつけるように見開いてこう言った。
『ぶゎぁーか』
プツンと音がして魔方陣が消え去る。しかしテオフラストゥスはそんなことには目もくれず、足元に横たわっているそれを調べる。
「これは……ホムンクルスぅッ!?」
あまりに精巧すぎて今まで気付かなかった。しかし実際に目で見て触れて調べてみれば、脈はあるが呼吸はほとんどしておらず、そのくせ瞳孔などから生体反応が確認できる。
騙された。
だが、まだ悲観するほどではない。
これほど精巧なホムンクルスだ。核として賢者の石でも使っていなければ説明がつかない。使われている賢者の石を抽出すればウロボロスと互角以上に渡り合え――
「ないぃぃぃぃぃッ!? 何故だぁぁぁぁぁッ!?」
これほど精巧な肉体を保持しているのに、賢者の石がどこにも使われていない。あとでより詳しく調べてみればわかるが、恐らくこれでは植物状態のまま自立行動など到底できはしない。不完全な代物だ。
偽物。
騙された。
敵の撃退を優先したりせず、もっと早く調べておくべきだった。
「どうしたんですか? その人形でなにかするんじゃあなかったんですかぁ?」
騙した側のウロボロスが嘲笑うようにニヤァと唇を歪める。大変腹立たしい表情だが、テオフラストゥスはここで怒りに我を忘れるほど愚かではなかった。
切り札はまだある。
それが最後の切り札になってしまうが、もう切らない手は残されていない。
「ク、ククク、フハハハハハハハハハハハハハハッ!」
「……ついに狂いましたか?」
高らかに哄笑するテオフラストゥスにウロボロスが眉を顰める。だがテオフラストゥスは狂ってなどいない。寧ろ平常運転で狂っているからこの程度は狂った内に入らない。
「よくも、よぉーくも私をここまで追い詰めてくれましたねぇーッ! こればかりは研究途中で実践投入はしたくなかったのだが、天才の私ならテストなど不要でしょう!」
白衣の懐から五本の注射器を取り出す。注射器の中にはそれぞれ別々の色をした液体が入っていた。
これは幻獣の魔力を圧縮し液状化した物体。フェニックス、エルフ、ヴァンパイア、ヒュドラ、そしてドッペルゲンガー。
それらを――
「ちょっと人間やめることになりまぁーすが、まあ、研究が継続できるならそれもいいでしょう!」
テオフラストゥスは、自分の首に突き刺し注入した。
途端、テオフラストゥスの魔力が内側から弾けるように高まった。左肩と右太腿の傷が一瞬で塞がり、皮膚が黒く変色し、体もどうにか人間体を保ってはいるものの数倍の大きさに膨れ上がった。
牙が生え、角が生え、炎の翼が生える。
痛みはない。寧ろ力が漲ってくる。
「追い詰められて巨大化変身とか、死亡フラグもいいとこですけどね」
などと言っているウロボロスだが、表情からは少し余裕がなくなっていた。後ろの秋幡紘也たちも焦りの様子を見せている。
そんな彼らに、テオフラストゥスは頬まで避けた口をニィと歪めた。
「さあ、今から貴様らは私のモルモットになってもらいますよぉ!」




