SIDE∞-17 再会
「フェニフの妹……?」
レイナが意識を取り戻してから白が彼女を紹介すると、穂波は怪訝そうに眉を顰めた。
「正確には、フェニフという合成幻獣のベースとなったエルフが私のお姉ちゃんよ」
「……」
補足したレイナに穂波は警戒するような視線を向ける。敵の陣地の中でいきなり味方が増えたと言われても信じられないのは当然だろう。
「言われてみれば顔がそっくりなのです! 髪の色が違いますけども!」
フィーが彼女の周りを観察するように飛び回る。
「お姉ちゃんも合成幻獣になる前は私と同じ赤い髪だったわ」
「赤髪のエルフって見たことないです!」
「まあ……エルフ族の中でも、フォレストルージュは火の魔術に精通した異端の一族だもの。だからこそフェニックスとの相性はよかったみたいだけど」
幻獣界でのことでも思い出したのか、レイナの表情に少し影が落ちた。
「ユタカ、この子は敵じゃないよ」
「……ビャクちゃんがそう言うなら」
悪臭に鼻を摘まみながら言う白に、穂波はひとまずはといった様子で警戒をやめた。その代わりに今度は疑惑と呆れを含んだ視線を一緒に落ちてきた一般人二人に向ける。
「で、あなたたちは紘也さんのご友人ですよね? もしかしたら〈太陽の翼〉に迷い込んだ可能性があるって聞いてはいましたけど……本当になんで一般人がこんなところにいるんですか?」
「オレは諫早孝一だ」
「わたしは鷺嶋愛沙だよぅ」
「うん、自己紹介してほしいわけじゃないからね? それに一応最初に会った時にしたからね?」
この床一面に転がるモザイクがかかりそうな合成幻獣の死体を前にしても全く動じていない二人のメンタルには驚嘆するも、あの秋幡紘也やウロボロスの友人ということでなんとなく納得できてしまう穂波である。
「かくかくしかじか、これこれこういうわけでオレたちは今に至る」
「なるほど……いやわかんないから!? かくかくしかじかとか言われて理解できるのってエスパーだから!?」
結局、穂波は孝一たち本人からではなく白から事情を聞くのだった。
「かくかくしかじか、これこれこういうことだよ、ユタカ」
「なるほどそんなことが……大変だったねビャクちゃん」
「なんでビャクちゃんだったら通じるのかな!?」
フィーが叫びながら穂波の周りを飛び回るが、全く意に介さず話を続ける。
「ビャクちゃんを助けてくれたことにはお礼を言いますけど……ていうか、よく無事でしたね?」
「運がよかったからな」
「運の問題ですか?」
「じゃなかったらこんなオレみたいな虚弱貧弱無知無能な一般市民代表がここまで生き残ってないって」
「はあ……」
胡散臭い物体を見る目で孝一を眺める穂波。「その割には妙に血生臭い気が……」と呟くが、ケロリと笑う孝一からは特に何かを感じず、まあそういうこともあるかと納得することにした。
「運がよかったから、二人はこんなところで再会できたんだよぅ」
ニコニコしながら愛沙が言うと、穂波と白は顔を見合わせ――
「ううん、アイサ、これは必然だよ」
「そうだね、ビャクちゃん。僕たちはもう離れ離れにはならない」
「二人なら、どんな困難だって乗り越えて見せるんだから!」
「今ここで再会するきっかけを作ってくれたあのクソ蛇は誉めて遣わす」
「手の平返った!?」
なんかフィーが愕然とした様子で穂波を見ていた。そんなフィーの声など聞こえていないのか、穂波と白は運命が云々とか言い始めて二人の世界に突入する。合成幻獣のミンチ死体が転がる中で、そこだけがピンク色に輝いて見えた。
レイナが深く溜息をついた。
「どうでもいいけど、ここからどうやって脱出するつもりなの?」
脱出できなければ感動の再会も無意味である。待っていればそのうち助けがくるかもしれないが、こんな場所に長居はできない。
孝一は上を見る。
「あそこに穴が開いてるのは?」
「ああ、アレは僕が開けたんだけど……」
「出られないの?」
小首を傾げるビャクに、穂波は残念そうに首を振る。
「出たら地上に真っ逆様なんだよね……フィーちゃん、この人数を上まで運べる?」
「超無理!」
「ですよねー」
風の精霊の力を持ってしてもこの人数は流石に無理だった。
「しょうがない。オレ一人なら壁を登っていけそうだけど、助けが来るまで待とう」
「いや、そうも言ってられないんですよ。早くしないとまた――」
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
「あっ」
「げっ」
地鳴りのような音と振動に、穂波とフィーが顔を青くして天井を見上げた。赤熱するミキサー状の巨大刃がゴリゴリと蠕動しながら降下してくる。
「うわあああああああやっぱり来ちゃった!?」
「ユタカなにあれ!? ねえなにあれ!?」
「ひええええええええええええっ!?」
「……私たちも下のミンチの仲間入りね」
「恐いこと言うな! まだなんとかなるはず!」
「ユックンさん早く壁!? もう一回壁壊して!?」
「お、おう――擲弾銃、コード【M79GL‐1‐B】」
穂波が具現させたグレネードランチャーでドカンドカンと壁を爆破するが、熱刃はもうすぐそこまで来ている。
「ダメだ!? 間に合わない!?」
孝一は近くにいた愛沙とレイナを押し倒す。無意味だとわかっているが、二人を庇うように自分の体を覆い被せる。
と、そこで急に熱刃が停止した。
「……なんだ?」
「止まった……?」
駆動音が止み、静寂が訪れてから孝一と穂波が起き上がってミキサーを見上げた。もう赤熱もしておらず、どうやら完全に停止しているようだ。
『いやいや危なかった危なかった。この天! 才! としたことが、貴重な合成幻獣の素材をもうちょっとでぐっちょぐちょのミンチにしてしまうところだったとは!』
唐突に、先程のミキサーよりもやかましい声が降ってきた。
『牢にいないから探してみれば、まさかダストシュートに入っていたとは凡愚の考えることはたまぁ~に理解できないから面白いね! だーがしかーし! 脱走とはいただけないなぁ! 妙なネズミも混じってるようだし、ちょーっとオシオキが必要そうでぇーすねぇー!』
やたらとテンションの高い声に皆が唖然とする中、一人、レイナだけが憎々しい表情で呟いた。
「……テオフラストゥス・ド・ジュノー」
「なっ!?」
「えっ!?」
今回の討伐目標である名前に穂波と白がぎょっとする。
『ん? んん? だーれですか今私を『天才』って言ったの? そのとぉーり! 私が彼の天才錬金術師テオフラストゥス・ド・ジュノーでござーいまぁーす!』
「ウザっ」「ウザい」「ウゼー」「ウザいのです!」
レイナ、穂波、孝一、フィーが見事に四段活用した。
「あの、わたしたちここから出たいのですけど、助けてもらえませんか?」
「なに言ってんだ愛沙!?」
マイペースに訊ねる愛沙に孝一が叫ぶ。
『もぉおおおおちろんでぇーすよぉー! 天才に希うのは平凡なる者として当然! 貴重な素材でぇーすからねぇー! まあ、人間はいらないけども、ここで細切れにするよりもっとすんばらしい活用法があるんだなこれが。くっくっく』
テオフラストゥスが嫌らしく嗤うと、孝一たち全員の足下に光の円陣が展開された。
「転移!? みんな気をつけて!? どこに飛ばされるかわからないわ!?」
レイナが叫んだ直後、孝一たちは一人ずつ姿が消えていき、やがて合成幻獣の死体だけがゴミ捨て場に残された。




