SIDE∞-16 脱獄
「お願い! ここから出るのなら、私も連れて行って!」
昨夜。孝一と愛沙が白を牢から解放した直後のこと――
別の牢に捕らわれていたボロ布を纏った赤髪の少女が、尖った耳をピンと立てて必死に訴えてきた。
「えっと、あなたは?」
愛沙が訊くと、少女は凛とした、だがどこか無理やり強がっているような表情になって口を開く。
「私はレイナ・ミラ・フォレストルージュ。見ての通り、エルフよ。そこの狐さんと同じように、あの錬金術師に捕まっているの」
カチャリと手錠を鳴らして立ち上がった少女は、まだ幼い。見た目だけで言えば十代前半のように思えた。
だが、その姿を見て白がなにかを思い出したようにハッとした。
「あ、あなた、あのフェニフってエルフとそっくり……」
「「フェニフ?」」
孝一と愛沙はフェニフに出会っていないため疑問符を浮かべるが、そうではない白は警戒するように一歩身を引いた。
「フェニフは――ライナ・リオ・フォレストルージュは、私のお姉ちゃんよ」
レイナは悲しそうに目を伏せ、真実を告げる。
「警戒しないでとは言えないけど、お姉ちゃんは私が捕まってるせいで仕方なく錬金術師に従っているの。私の身代わりにフェニックスと合成されて……合成幻獣になってまで私を守ってくれているわ。それだけはわかってほしい」
その言葉には孝一たちを騙そうと考えているニュアンスはなく、とても真摯で真っ直ぐで、そして自分に対する強い責任が含まれていた。
嘘ではない。
フェニフを知らない孝一や愛沙でも、それは感じ取れた。
「君はここを出て、そのお姉さんを助けたいってことでいいか?」
孝一の質問にレイナはコクリと頷く。
「ええ、だけど私一人じゃ無理」
「オレたちと組めばできると?」
「無理でしょうね。魔術師でもないただの人間二人は論外だし、狐さんもここに捕まるくらいだし」
「ううぅ……」
言外に力不足と言われた白ががくりと項垂れていた。
「だけど、仲間がいるんでしょ? この〈太陽の翼〉を襲撃できるだけの力を持った仲間が。私はそこに賭けてるの。あなたたちの仲間と合流するまでなら、私の力だけでもなんとかなると思うわ」
孝一たちを利用して紘也たちを味方につけ、姉を救う。レイナの計画はそういうことだ。『利用する』は言い方が悪いが、孝一たちにとっても悪い話ではない。
「オーケー。そういうことなら頼もしい仲間は多い方がいい」
孝一は白の時と同じように牢を抉じ開け、レイナの手錠を外す。一度やったことなので今度は考える必要もなく一瞬だった。
「魔術のかかった拘束具をあっさり……あなた、本当にただの人間?」
「ああ、ただの手癖が悪い人間さ」
疑わしげに見詰めてくるレイナを白の時と同じように孝一ははぐらかした。レイナはまだ怪訝な顔をしていたが、それ以上の追求はせず拘束されていた手を調子を見るようにグーパーした。
そこに愛沙が太陽のような笑顔を向ける。
「私は鷺嶋愛沙だよぅ。よろしくねぇ、レイナちゃん」
「あ、うん、よろしく……」
緊張感の欠片もない愛沙にたじろぐレイナ。
「オレは諫早孝一だ。よろしくな」
「私は穂波白」
白だけまだ警戒しているようだったが、自己紹介もそこそこに四人は牢屋の出口まで移動した。
孝一が扉を少し開き、外の様子を探る。すると一体の合成幻獣が廊下の向こうを横切るのが見えた。
「……ここから出ると合成幻獣が徘徊する魔境だが、さて、どうやって紘也たちと合流するか」
「その前にずっと気になっていたんだけど」
小声で話す孝一に、同じく小声でレイナが言う。
「静か過ぎるわ。襲撃があった時は戦いの音が牢屋にまで響いていたのに」
「う~ん、今は休戦してるのかなぁ?」
「少し調べてみる必要があるみたいね」
レイナは手振りで孝一たちを下がらせると、呪文らしき言葉を唱えた。
すると、レイナの足下に緋色の魔法陣が展開。魔法陣の輝きが無数のアゲハチョウのような形を取ると、ヒラヒラと壁を擦り抜けて飛び去って行った。
「探知の魔術?」
「エルフの斥候兵が使う隠密性の高い探知魔術よ。普通のありふれた探知と比べて時間はかかるけど、これならあの錬金術師にだってバレないわ」
白の疑問にレイナは淡々と答えた。下手な魔術を使って逆探知されるのはまずい。孝一たちはまだ敵に見つかるわけにはいかないのだ。
しばらくそうして待っていると――ピクリ。レイナの尖った耳が微かに動いた。
「……困ったわね。今、この要塞内にコウイチたちの仲間はいないわ」
「「「え?」」」
三人のキョトンとした声が揃う。レイナがなにを言ったのか理解するまで数秒かかった。
「やられたのか、それとも撤退したのか……」
「ゆ、ユタカが負けるわけない!」
「騒がないでよ。でもどうしよう……あなたたちの仲間がいないんじゃ、迂闊にここを出るわけにも……」
思案するように親指の爪を噛むレイナ。孝一は神妙な顔で腕を組む。
「少し様子を見よう。確かに、今出て行くのは危なそうだ。紘也たちが撤退したのだとすれば、またすぐに体勢を立て直して攻めて来るはずだからな」
∞
孝一の読み通りだった。
明け方、牢屋の外から凄まじい爆撃音が響いたのだ。
「来た!」
既にアゲハチョウの探知魔術を展開していたレイナがカッを赤い目を見開く。
「二手に分かれてるみたい。どっちも距離はそう変わらないけど、人数は片方の、派手に破壊している方が多いわ」
「行こう」
孝一が先導して牢屋を出ようとした時だった。
扉が開かれ、ドワーフのようなずんぐりとした人型合成幻獣が中に入ってきた。定期的な見回りの合成幻獣だ。待機している間、孝一と愛沙は一番奥の牢に隠れてやり過ごしていたのだが、タイミングが悪過ぎる。
隠れている暇はない。
合成幻獣が孝一たちに気づいた。
「コウイチ、伏せて!」
レイナが叫び、孝一は反射的に身を屈める。
瞬間、緋色の雷撃が迸り、ドワーフのような合成幻獣を弾き飛ばした。レイナが攻撃魔術を使ったのだ。
爆煙が湧く。
その中からずんぐりとした人影が立ち上がった。
「嘘、効いてない……」
「わ、私も戦う!」
愕然とするレイナの隣で白が戦闘態勢を取った。だが――
「ぐごぉ……っ」
煙の中の人影は奇妙な悲鳴を上げると――ドサリ。呆気なく倒れ伏した。
「え? え?」
「ええぇ?」
なにが起こったのかわからず顔を見合わせる白とレイナ。けれど立ち止まっている暇はない。魔術を使ってしまった以上、敵にバレてしまったと考えるべきだ。
「走れ! 合成幻獣が群れで襲ってくるぞ!」
「ほら、二人とも急いで!」
愛沙に手を引かれたことで白とレイナは正気づいた。レイナが先頭を走る孝一を睨む。
「あなた、さっきなにをしたの?」
「オレ? オレはなにもしてないぞ。か弱い一般ピーポーが合成幻獣を倒すなんてムリムリ。アレを倒したのはレイナだろ?」
「しらばっくれて」
むっとレイナは頬を膨らました。だが状況を冷静に理解している彼女は、すぐに表情を改める。
「……まあいいわ。今はそういうことにしてあげる」
レイナは後ろを振り向いた。そこには無数の多種雑多な合成幻獣がわらわらと自分たちを追ってきている。
「ひやぁあっ!? いっぱい来てるぅ!?」
「落ち着け、愛沙。足はオレたちの方が速い!」
「あーもう! 全然減らない!」
「ユタカぁあっ!?」
レイナが振り返り様に雷撃を放つ。白も狐火で援護する。
だが、合成幻獣の数は減るどころか増えている。
このままでは紘也たちと合流する前に追いつかれてしまうだろう。なんとかしなければならないが、なんとかする前に最悪の事態が発生した。
「うわっ」
「……ひっ」
「うそっ」
「そんな、前からもだなんて」
合成幻獣の大群に孝一たちは挟まれてしまったのだ。他に逃げ道のない一本の通路。片方を一点突破するにしても、数が多過ぎる。
――どうする?
孝一は周囲を見回し、それに気づいた。
壁に備えつけられた、丁度人間一人が通れるほどの大きさの穴に。
「こっちだ。どこに繋がってるか知らないが、ここしかない!」
「ちょっと、それダストシュートじゃない!?」
レイナが驚愕して叫ぶが、逃げ道が他にないのは確かである。
「愛沙、ビャク、レイナは先に行け。オレは最後でいい」
「そんな、コウくん!」
「くっ、いいから行って!」
レイナが愛沙とビャクを無理矢理ダストシュートに押し込んだ。まずは愛沙が、続いて白が滑り落ちていく。
「コウイチ、あなたも早――ッ!?」
二人を押し込んで振り返ったレイナは目を丸くした。
今の今まで蠢いていた合成幻獣の群れが、数秒目を放した隙に死屍累々の山と化していたのだ。
死骸の中心には、両手にサバイバルナイフを握った諫早孝一の姿が。
「な、何者なの……?」
「チッ、まだ湧くのか。レイナ、お前も早く入れ!」
次から次へと虫のように集まってくる合成幻獣に舌打ちし、孝一は固まっているレイナを押し込む形でダストシュートに飛び込んだ。
そして、途中でお尻がつっかえていた愛沙たちとぶつかり、四人がもみくちゃになりながらダストシュートの底へと落ちていくのだった。




