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百無語  作者: 山大&夙多史
14/50

SIDE100-06 応戦

「キメラ」

 ハクロが空を見上げながら呟く。

「正確にはキマイラ。獅子の頭に山羊の体、毒蛇の尾を持ち口から炎を吐く。テュポーンとエキドナの娘という、血統書付きの化物だが、地域によっては聖獣として扱われることもある。ちなみに生物用語のキメラは、いろいろな動物が組み合わさっているこいつからきている」

 それは、何だかよく分からないモノの群れだった。

 色んな生き物や妖怪の体の部分部分を無理やりくっつけたような異様な姿。何となく鵺に似ていなくもないけど、かなり無茶苦茶なくっつき方をしているようにも見えた。

 何よりも、空飛んでるし。

 鵺は空飛べないし。

 ハクロが持っていた資料(もう捨てちゃったけど)に書いてあったキメラって、つまりはこれのことなのかな?

 そのキメラの気配に一番早く気付いたのは、きっと、この面子の中で最も鼻の利く私だったと思う。

 一瞬遅れて、戦場慣れしているハクロと、ドラゴンの二人も気づいてたと思う。あとはハクロのセリフに順々にそれに気付き、上空を見上げた。

「そら、来るぞ」

 その一言に、全員がハッとして身構える中、

「――短機関銃、コード【TSM‐200‐B】」

 やはりと言おうか流石と言おうか、真っ先に動いたのはユタカだった。

 私を守るように背中の後ろに押しやりながら、彼は両手に力を収束させる。そしてその力が、言霊に呼応するように具体的なカタチとなっていった。

 黒光りする重厚な金属。ユタカが最も得意とする得物。近代兵器の粋、銃火器である。

 具現化した二丁の機関銃を両手に構え、空から舞い降りてくるその集団に銃口を向ける。

 そして。


 ――ズガガガガガガガガガガッ!!


 引き金を引くと同時に、日常生活ではまず耳にすることのない爆音のごとき銃声が周囲の山々に木霊する。遅れて、硝煙の焦げ臭い匂いが鼻を衝く。

「オゥ! トンプソンサブマシンガンを両手撃ちとか、ひょろっとした見かけによらずパネェことしますねユーフェンバッハくん!」

「ウロ、何興奮してんだ?」

「紘也くん! ご存じ、ないのですか!? あれこそ、禁酒時代の某国でギャング・警察に愛用され、今なお全世界で使用されている、フルオートマシンガン、トンプソンサブマシンガンですよ!」

「普通知らねえよ。何でそんなに詳しいんだよ。お前ミリオタだったのか?」

「え? そりゃあ、潤沢な知識を誇るこのウロボロスさんが開発と製造に関わっ……なんでもありませんよ?」

 あのウロボロスって言う女の子も、結構謎だよね。

 というか、ユタカの新しいあだ名はユーフェンバッハで決まりなのかな?

 だけど、そんな弾幕にもかかわらず、何体かのキメラが負傷しながら着陸を果たし、使い物にならなくなった翼を捥ぎ取る勢いで駆けてくる。

「来た来た来た来た!」

 それを、梓が嬉々として両の手に持った抜身の太刀で斬り伏せていく。

「ひゃっはーっ!!」

「……………………」

 よほど鬱憤が溜まっていたのか、いつもより興奮気味だった。

「何なの、あの戦い方……」

 カガリが顔を顰めて呟くのが銃声に混じって聞こえた。

「型も何もあったもんじゃない……ただ闇雲に刀を振り回してるだけ。めちゃくちゃだわ。なのに……」

 なのに。

 その後の言葉は続かない。

 けど、何を言いたいかは分かる。

 武器を持った戦い、というか、戦闘自体が私の専門外もいいところだけど、梓の戦い方は逸脱している。ただ目の前の敵を斬り伏せ、太刀を投擲し、時には四肢を使って殴り、蹴り飛ばす。

 無茶苦茶なのだ。

 私の目から見ても、隙はいくらでもある。というか隙しかない。

 なのに、強い。

 言うなれば、アズサの隙を突く前に、すでに仕留められているのだ。自身の隙すらも、相手の隙を作るための道具にしているかのような。

「あ……!」

 マナが声を上げる。

 敵わないと悟ったのか、ユタカの弾幕を潜り抜けてきた二体が、アズサを素通りしてこちらに向かって来たのだ。

 狙いは……一番力のなさそうな私と、魔力はあるけど戦えないヒロヤ。

「おおっと! そうはさせませんよ! 紘也くんにチョッカイ出す輩は、あたしが! このあたしがギッタンギッタンのバッキングチョグチョにしてやりますよ!」

「いいえ、ウェルシュが跡形もなく〝拒絶〟します。ウロボロスはむしろ邪魔なので消えてください」

「あぁん!? 何かほざきましたかこの腐れ火竜!」

「お前ら喧嘩してないで前見――!?」


 ドッカン!!


 そんな擬音がピッタリな勢いで、こちらに迫ってきていた一体が吹き飛んだ。そしてそのまま、もう一体を巻き込むようにして頂上広場の反対側の木に叩き付けられ、そのまま動かなくなった。

「大丈夫か、白狐の嬢ちゃん。秋幡の小僧」

「あ、ああ……」

「ありがと、ハクロ」

 無造作に左足を持ち上げ、最初に一体を蹴り飛ばしたままの姿勢でハクロが声をかけてきた。え……今の、蹴りの威力じゃないよね……?

 後ろで「ウガーッ! 龍殺しクソ野郎に手柄を持って行かれました! 我が蛇生……じゃなかった、ドラゴン生最大の屈辱です!」「……やはりあの龍殺しから〝拒絶〟するべきでした」と、ウロボロスとウェルシュが騒いでいる中、ハクロが面倒臭そうに溜息を吐く。

「鬱陶しいな。まだまだ湧いてくるし……ここは一つ、リミッターを外してやるか……」

 上空を見上げ、次々と得体のしれないソレが降ってくるのを確認すると、ハクロはやれやれと首を振った。何やら物騒なことを企んでいく気がするんだけど……。

「嬢ちゃん。それにボケ火竜。手ぇ貸せ」

「え……? は、はい」

「いやです」

「……………………」

 マナは素直に頷いたのに、ウェルシュは即答で拒否した。

「龍殺しに命令される筋合いはありません。ウェルシュに命令していいのはマスターだけです。龍殺しの命令なんて耳に入れるだけで腐ってしまいそうなので口を開かないでください。あとウェルシュはボケてません」

「……………………」

 イッラア、とハクロが見た事のないにこやかな笑みを浮かべる。

 そしてそのまま、ヒロヤに一言。

「秋幡の小僧。この石頭に命じろ。対物対魔、どっちでもいいから障壁を張れ」

「なにをする気か知らんが、ウェルシュ、やってくれ」

「理由がありません」

「これからちょっとデカい衝撃が来るからそれに備える。そう伝えろ」

「俺らも巻き込むほどの衝撃が来るんだと」

「ウェルシュはそれくらい平気です。マスターもウェルシュが守ります」

「他の連中が危ないんだよ阿呆。そう罵ってやれ」

「……だとさ」

 どんどん青筋が浮かび上がっていくヒロヤ。似たような問答があと何回か行われた後、ついに堪忍袋の緒が切れた。

 ゴツン。

 殴られた。

「ウェルシュ! いいから言われた通りに〈守護の炎〉で壁作れ! これ以上変な伝言ゲームに巻き込むな!」

「……了解です」

 若干涙目になりつつ、脳天にタンコブをこしらえたウェルシュが私たちの前方に赤い炎の障壁を張った。そしてその内側に、重なるようにマナの魔法陣が浮かび上がる。

「さて、あの愚妹も避難させないとな。おーい! 梓!」

「クスクスっ……! クスクスクスクスっ……!!」

 嗤ってた。

 スッゴイいい笑顔で……。

「……もみじ。連れて来い」

「了解しました」

 命じられるまま、障壁をすり抜けてアズサの所に駆け寄るモミジ。

 できるなら、あの状態のアズサには近寄りたくないんだけど……って、うわ! すごい! モミジ、あっさりと刀を振り回すアズサの背後に回り込んだ! そしてそのまま両手を掴んで、引きずるようにこっちに持ってきた!

「……なによ兄貴。良い所だったのに」

「はいはい梓さん、こちらで大人しくしていてくださいね」

 ぶー、と口を尖らすアズサ。

 いや、可愛らしい仕草だけど、霧散しきっていない返り血が結構残ってて、なかなかに凄惨な光景になってるんだけど……。

 ハクロが実ににこやかに笑う。

「ちょっとユウのリミッター外すから離れてろ」

「へ?」

 ハクロの言葉に青ざめるアズサ。

 ちょっと待って……ハクロ、ユタカの何を外すって!?

「おーい! ユウ!」

 聞き返す間もなく、唯一障壁の外で戦い続けるユタカに声をかける。

「俺の気のせいかもしれねえけどよ! こいつら、白狐の嬢ちゃんを狙ってねえか!?」

「……………………」

 ピタッと銃声が止む。

「は。はは。あは、ははは……」

 笑いながら、両手の機関銃を消すユタカ。

 目が、戦っている時の梓のそれとそっくりだった。

 そして。


「テメエらその薄汚い体で僕のビャクちゃんに触れるな! いや違う触れるだけじゃない視界に入れるな同じ地面に立つな同じ空気を吸うな僕のビャクちゃんとなにかで繋がってること自体万死に値するからとりあえず塵芥も残らず全ての苦痛という苦痛を与えた上で消し飛ばしてやるからそこ動くんじゃねぇえええええええええっっっ!!」


 ユタカが、今まであまり見たこともない鬼の形相になって絶叫した。あれだけキレているユタカを見るのは、あの悪魔との一戦以来じゃないかな。私のために怒ってくれたんだけど……いつものユタカじゃない。

 いつものユタカじゃないけど、私のために怒ってくれた。

 私のために……。

 それは……うん、嬉しい。えへへ。

「ウロ、お前あの爆弾使ってないよな?」

「紘也くん、人間ってやつはちょっとした言葉が激変する爆弾になるものなんです」

 ヒロヤとウロボロスが後ろでよくわからないこと言ってる。爆弾ってなんのことだろ?


「――――――――」


 私にも聞き取れないくらいの早口で、ユタカが何やら言霊を紡いだ。

「ちょっとクソ兄貴!! あんた何してくれてんのよ!? なんつーモン目覚めさせてくれちゃってんの!」

「はっはっは! 相変わらず愛されてんな白狐の嬢ちゃん!」

「何笑ってんのよ! ホント最悪ね!」

 アズサの悲鳴。

 ユタカの両手に、それは本当に人間が持てる得物なの? と聞きたくなるような巨大な銃? が姿を現した。そしてそれだけに留まらず、ユタカの周囲に八つの、もはや銃とは呼べない、大砲のような物体が出現した。

 そしてそれぞれに、数千発分の弾丸が収まっていると思しき帯状の物が設置されていた。

「よーし! 全員! 耳塞げ!」

『『『もう塞いでる!』』』

 障壁の内側の面々が、両手で耳を覆いながら叫び返す。そしてそれぞれがハクロに対し文句を言おうとした瞬間。


「Fire」


 銃声なんて生温い。

 もはや爆音。

 耳を塞いでいても、障壁を二重に張っていても、その衝撃は凄まじかった。

「あーあーあー、こりゃ、もうあたしの出番はなしかな?」

 障壁の内側で手持ち無沙汰になり、上空を見つめるアズサ。

 あっという間に、ユタカの放った弾幕により飛来して来ていたよく分からないソレは次々と墜落していく。もう力尽きて自分の形状を維持できないのか、体の隅からボロボロと霧散していく。

「ふむ……」

 ハクロが、近くに落ちてきたソレに近付き爪先でつつく。その場所からまた霧散が始まる。

「頭は五つ首のジャッカルみてえだが、体つきはロバっぽいな。翼は……腐ってるな……こりゃ姑獲鳥か?」

 何だこりゃ、と、ハクロは次々と気持ち悪い力尽きたキメラの群れが降ってくる中、呑気にソレを観察し続ける。

 でも、確かに気になるは気になる。

 遠目で見た感じ、複数の異なる動物や妖怪の体の部品が、ごく自然な感じにつながっているのだ。癒着していると言ってもいい。

「ところで葛木は参戦しないのか? さっきから大人しいけど」

「必要ないのよ」

 と、後ろから声が聞こえてきた。

 ヒロヤとカガリだった。

「そもそも妖魔が空飛んでて刀が当たらないし、私たち葛木の陰陽剣士は遠距離攻撃もできるにはできるけど、得意じゃない。対して、八百刀流『穂波』は遠距離殲滅特化の流派だから、相手が集団なら向こうに任せた方がよっぽど効率的よ」

「まあ実際にこうやって目の当たりにするとな……。でも意外と認めるところは認めるんだな」

「……そう言うつもりじゃないわ。それに……」

 カガリが口を噤む。そしてチラッとアズサとユタカの方を見て、続く轟音で聞こえていないと判断したのかさらに続ける。

 ……私にはばっちり聞こえてるんだけどねー。

「例え空を飛ぶ術があったとしても、『穂波』に背中なんか預けられないわ。あんな弾幕の中にわざわざ飛び込む? 前に出た瞬間に蜂の巣になるのがオチよ」

 む。

 ばっちり聞こえるのも、いいことばかりじゃないか。何かカガリはアズサを目の敵にしてるけど、ユタカにもそれほどいい感情を持ってはいないようだ。

 ユタカは、まあ、今はあんなだけど、あれでちゃんと狙って撃ってるのに……。

「ふう……はあ……」

 バツンバツンと、ユタカの持つ二丁の銃(?)から異音が聞こえる。どうやら左右合わせて数千発はあった弾丸を撃ち尽くしたようで、周囲にはおびただしい数の金色に光る空の薬莢が転がっていた。

 一通りキメラの群れは一掃し終えたらしく、空には件の巨大な城が浮かんでいるだけだ。

 一掃というか、むしろ殲滅だった気もする。

「……ビャクちゃん、無事?」

「あ、うん」

 具現化していた銃器を一度消し、ユタカがこちらにやって来た。

「大丈夫だった? 何か、変なこととかされてない?」

「うん、大丈夫、大丈夫だから」

 肩を叩いて私の無事を確かめる。ハクロに唆されたと言っても、私のためにあれだけ怒ってくれたんだよね……。ちょっとだけビックリしたけど。

「本当に大丈夫?」

「本当に本当だよ」

 本当に、変な所で心配性なんだから……。

「なんなら、触って確かめてもいいくらいだよ?」

「そう? じゃあ腕は?」

「ん」

 すべすべ。

「ほっぺは?」

「ん」

 ふにふに。

「髪は?」

「ん」

 さらさら。

 どこもちゃんと毎日お手入れしてるから全く大丈夫。特に今日はユタカとお出かけの予定だったから、いつもより念入りだったんだよね。

 それでも心配なのか、ユタカの触診は続く。

「耳は?」

「……ん」

 フニフニ。だけど、ちょっとくすぐったい。

「尻尾は?」

「……ぅん」

 モフモフ。かなりくすぐったいんだけど……。

「首」

「……んんっ!?」

 ちょ! そこだめ!

 ユタカの指が私の首筋をそっと撫でる。ちょっと待って! そこ、本当にダメ!

「いつまでやっとんじゃい!!」

「ぎゃべら!?」

 しかし次の瞬間、ユタカが珍妙な悲鳴を上げて飛んでった。

 見れば、アズサが女の子としてソレどうなのか? と首を捻らざるを得ないほど足を大胆に掲げていた。どうやら豪快にも蹴り飛ばしたらしく、少し離れた所にユタカが転がっていた。

「……なるほど、ああしてもよかったのか。一応人間だから遠慮してたけど」

「ひ、紘也くん紘也くん、ユーフェンバッハくんが幻獣だったら一体なにやらかしてたんですか?」

 後ろからやっぱりよく分からないヒロヤとウロボロスの遣り取りが聞こえてきた。

「ユタカ!? 大丈夫!?」

「あー、うん。平気平気」

 ケロッとした表情で起き上がってくるユタカ。

「お前何で平気なんだよ!? 人間だよな!?」

 呆れ半分驚き半分な顔のヒロヤに、ユタカは「もう慣れましたから」と何でもないように答えた。それはそれでどうかと思うけど……。

「ありがと、ユタカ……」

「ん」

 服に付いた土を払うユタカに近付き、硝煙の香りの残るその胸板に私は額を押し当てた。

 一通り確認して気が済んだのか、今度は私の背中をポンポンと優しく叩きながら視線を梓の方に移して訊ねる。

「梓、今ので何体やったかな」

「え? いや、数えてないけど、だいたい八十くらいじゃない?」

「正確には八十四な」

 キメラの残骸を調べていたハクロが戻ってくる。

「羽黒、何か分かりましたか?」

「ま、新しい情報は特にないな」ガリガリと黒髪を掻くハクロ。「錬金術は専門外だから詳しくは知らんが、少なくともアレは間違いなく敵さんのお手製だろうな」

「その心は?」

「体のパーツが無茶苦茶すぎるんだよ。これはあくまで予想だが、錬金術で無理やりくっつけてったところじゃないか?」

「なるほど。つまり、敵が錬金術師であると特定できたわけですか」

「もうとっくに分かってたけどな。名前は……なんて言ったっけ?」

「テオフラストゥス・ド・ジュノー……です、羽黒さん」

 マナがこっそりとハクロに耳打ちする。

 さすがマナ、よく覚えてる。

「おお、それそれ。その何とかジュノーが、あの空中要塞に引き篭ってるってことは判明したんだが、少し気になることがある」

 チラッとユタカとアズサの二人に視線をやる。そして軽薄な笑みを浮かべてこう尋ねた。

「今、ユウは八十四体のキメラを一掃したわけだが、アレが先遣隊だと仮定して、お前らはどう思う」

「「少なすぎる」」

 二人の声が重なる。

 即答だった。

 えっと……八十四体のキメラの群れって、少ないのかな……?

「あの資料には詳しい数までは書いていませんでしたが、それでも先遣隊に八十四は少なすぎます」

「ね。向こうもバカじゃないんだし、この街にあたしら八百刀流がいることは分かってるはずよ。たかだか八十ちょっとの敵くらい、一掃されることは予想していておかしくないわ」

 どうやら、八百刀流基準で八四体の合成幻獣キメラは少ない方に分類されるらしい。

「んじゃ、次は嬢ちゃん」

 二人の答えに満足げに頷き、今度はマナを指名するハクロ。

「は、はい……!? わ、わたしですか……?」

「おう。嬢ちゃん、お前ならどう見る? 敵さんが戦力不足を承知で八十四体の先遣隊を放ってきた。その次は、どうする? どうするのが効率的だ?」

「えっと……八十四体が多いか少ないかは分かりませんが……」

 まあ、反応には困るよね。

「その、八十四体の敵って言うのは、無視できない数だとは思うんです。ですから、ユッくんと梓ちゃんが対処に当たるのは当然で……そうすると、その先遣隊に意識が集中して……あ!」

 呟いて考えを巡らせていたマナがハッとなって顔を上げる。それをハクロは楽しそうに眺めていた。

「陽動作戦ですか……?」

「正解」

 笑ってマナを褒めるハクロ。それを背後で、アズサが面白くなさそうに見ていた。

「さて」

 不意に、ハクロが芝居掛かった口調で視線を明後日に向け、声をかける。

 私たちも倣ってハクロの視線を追う。しかし、そこには何もない。普通に、木が生い茂っているだけだった。

 何かの気配どころか匂いもしない。

「どうやって姿形どころか気配まで完璧に消してるのか不思議だったんだが、この因果律の根本からねじ曲がったような、妙な感覚には覚えがあるな」

 ハクロが足元に転がっていた小石を一つ掴みあげ、ゆっくりとした構えで投擲の姿勢をとる。

 そして。

 ユタカの銃弾よろしく、次の瞬間には豪速で何もない空間に飛んで行った。

 石は何もないはずの空間を貫き。

 途中で不自然に失速して地面に落ちた。

 その異様な光景に、私は一瞬だけビックリした。しかし次の瞬間には、それが当たり前の光景であったかのように思えて、その思考に再び愕然とした。

 何、この変な感覚……?

「やっぱり〈理想郷(ユートピア)〉か……。おいおい、あのオッサン、賢者クラスのエルフがいるなんて聞いてねえぞ」

 フッと、空間が歪む。

 さっきまで何もなかったはずの空間が、あたかも蜃気楼の如く揺れ動く。

 同時に流れ出る、目視できるほどのおどろおどろしい黒い気配。

「もっとも、世界の因果から隔離するはずの〈理想郷(ユートピア)〉をもってしても微かに漏れる殺気を放ってる、そこの兄ちゃんの方がよっぽどヤバいんだけどな」

 歪んだ空間が少しずつ収束していく。

 そして。

 いつのまにか、そこには一人の美丈夫と美女が立っていた。

「こりゃ、追加料金を徴収しないとな」

 言って、ハクロは軽薄な笑みを顔面に貼りつけた。

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