§6.6 二人の未来(エピローグ)
あの告白から、一ヶ月。
七夕飾りが街から消え、本格的な夏の訪れを感じる7月中旬の夕方、結衣は見慣れた研究室のソファに座っていた。
「今日は遅くなりそう?」
「うん、もう少しかかるかな」
「じゃあ、私も残る」
結衣はそう言いながらも、少し不安そうな表情を見せた。
「どうかした?」
樹が手を止めて振り返る。
「あのね……私たちの関係、大学的に大丈夫なのかなって」
結衣は心配そうに続けた。
「准教授と学生が付き合うって……問題にならない? 洋子に聞いたら『学部も違うし樹先生なんてその辺歩いてる院生より若いんだから別に気にしなくてもいいんじゃない?』って……」
樹は優しく微笑んだ。
「そうだね、年齢は関係ないとして実際学部が違うし、僕は結衣さんの単位評価に一切関わらない。指導教員でもないし、医学部の授業も担当してない」
「そうなんだ……」
「それに、大学の規定も確認したよ。『直接の指導関係にない限り、問題なし』って」
真面目な顔で、樹が付け加える。
「でも、結衣さんが気にするなら、公表は卒業後でもいい」
「ううん、隠したくない。堂々と付き合いたい」
結衣の言葉に、樹は嬉しそうに頷いた。
***
それからしばらく経って、結衣があくびをした。
「眠くなってきた……」
「ソファで少し寝る?」
「うん……あ、そうだ」
立ち上がった結衣が、クローゼットを開ける。
「この前置いていったスウェット、使う時が来たね」
「ふふ、早速使うことになったか」
スウェット姿でソファに横になった結衣は、思い切ったように口を開いた。
「ねえ、樹くん」
「ん?」
「前に私が研究協力で答えた内容、覚えてる?」
樹の頬が少し赤くなった。
「……忘れるわけないじゃないか」
「あの時は『研究のため』だったけど……」
結衣も顔を赤らめながら続けた。
「今度は『私たちのため』に、教え合うのもいいかなって」
気持ちを察した樹は隣に座って自分の手を結衣の手に重ねる。
「僕、初めてなんだけど」
「私も」
二人は見つめ合って、そっと笑った。
「じゃあ……」
少し真面目な顔をしながらも、口元に笑みを浮かべて樹が言った。
「男女の興奮状態について、医学的にはなんて言うか教えて」
顔が真っ赤になる結衣。でも、あの時とは違う。今は樹への愛情があるから。
「……分かりました。じゃあ、まずは……性的な興奮状態は、性欲亢進状態、性喚起状態、あるいは性器充血状態などと、医学的には呼ばれます」
結衣は、真面目な顔でそう答えた。しかし、その耳は真っ赤に染まっている。
「もっと分かりやすい言葉で言うと……」
結衣は樹の目を見つめながら、頬を染めて続けた。
「……ムラムラするとか、ドキドキするとか、そういう……」
「今、結衣さんはどう?」
樹の問いかけに、恥ずかしそうに、結衣が俯く。
「……ドキドキしてる」
「僕も」
そう言って、樹は結衣の手をそっと握った。
窓の外では、夏の夜が静かに更けていく。
研究室の中では、二人だけの時間が優しく流れていた。
最終回じゃないぞよ もうちっとだけ続くんじゃ
次回「前日譚 「神のみぞ知る」/§0.1 若き探究者」
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