§6.4 告白
樹の声が、少し震えた。
結衣は、樹の言葉をじっと聞いていた。さっきまでの混乱が少しずつ収まり、冷静に現実と向き合おうとしていた。
「樹さん……」
結衣は、静かに口を開いた。目には涙が滲んでいる。
「私、樹さんと過ごした時間も、とても大切でした」
結衣の声は、さっきまでとは違って落ち着いていたが、感情で震えていた。
「でも、やっぱり准教授と学生という現実は……」
言葉を選びながら結衣は続けた。涙が一筋、頬を伝う。
「簡単には変えられないことだと思います」
樹は結衣の言葉を静かに聞いていた。
「それでも……」
結衣は涙を拭いながら続けた。
「樹さんが、私を一人の人間として見てくれていたこと、それは本当に嬉しかったです」
樹の表情が、少し和らいだ。
「結衣さん……」
「だから、これからどうするかは……ちゃんと考えたいと思います」
結衣は涙を拭いながら、真っ直ぐに樹を見つめた。
樹は少し考え込むような表情を見せた。
「結衣さん、僕は……」
樹は言葉を選びながら口を開いた。
「最初は、これは『Misattribution of arousal』かもしれないと思ってた」
「みすあとり……びゅーしょん……?」
「ああ、日本語だと『吊り橋効果』って呼ばれてる現象。特殊な状況での興奮を恋愛感情と勘違いすること」
樹は自分の気持ちを整理するように話した。
「研究協力とか、あの夜のこととか……特殊な状況で、お互いを必要としただけかもしれないって」
「でも、違うんだ」
樹は結衣の目を見つめながら続けた。
「君といると、本当に自然でいられる。15歳からずっと感じたことのない、普通の安らぎがあるんだ」
樹の声に、深い感情がこもっていた。
「それは、特殊な状況とか関係ない。君が君だから感じることなんだ」
結衣は、樹の真剣な眼差しに胸が熱くなった。
「私も、樹さんには、不思議と何でも話せちゃったんです。初めて会った時から、全然気を遣わなくていい人だなって……」
結衣は顔を上げ、樹を見つめる。涙で潤んだ目が、照明を反射してキラキラと光っている。
「准教授だったなんて……今でも信じられない」
そう言って、結衣は涙混じりに小さく笑った。
「威厳がないとは、よく言われる」
樹はそう言って、少し照れたように笑った。
「結衣さんの前では、特に……」
樹はそう言って、結衣の目を見つめた。
「結衣さん、僕は君のことが好きだ」
樹はついに、自分の気持ちをはっきりと口にした。
「准教授とか学生とか、そんなの関係ない。僕は結衣さんと一緒にいたい」
息をのむ結衣。心臓が激しく鼓動している。
「樹くん……」
自然と、いつもの呼び方が口から出た。
新たな涙が、結衣の目に滲んできた。
「私も……私も樹くんのことが……」
結衣は声を震わせながら、必死に言葉を探した。
「好きです」
その言葉を聞いた瞬間、樹の顔からすべての緊張が解け、深い安堵と、子供のような無邪気な喜びが広がった。
次回「§6.5 確かな絆」
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