§5.2 明かされた素顔
数日後の土曜日、洋子は結衣の部屋で紅茶を飲みながら話していた。
「で、その後樹くんとは?」
「うん、大学で会って普通に話したよ」
結衣が幸せそうに話すのを見て、洋子は少し安心した。
(実は結衣のデートの日……)
・・・
あれは、結衣がデートに出かけた金曜日の夕方。洋子は心配のあまり、駅前の物陰からこっそりと二人を見守っていた。
(ごめん結衣、心配で……)
白いブラウスとネイビーのスカート姿の結衣が、緊張した様子で立っている。やがて、一人の男性の元へ駆け寄っていった。
角度的に顔ははっきり見えないが、ラフなTシャツとジーンズ姿。思っていたより若い……むしろ年下に見えるくらいだ。
結衣が恥ずかしそうに俯く姿、二人が自然に歩き始める様子。結衣の表情が、みるみる明るくなっていく。
(あの子、あんな顔もできるんだ……)
洋子は小さく微笑んだ。これ以上は野暮だ。帰ろう。
・・・
「ねえ、洋子? 聞いてる?」
「あ、ごめん。それで?」
結衣は楽しそうに樹と会った時の話を続けた。洋子は相槌を打ちながらも、気になることがあった。
(でも、樹くんって本当に何者なんだろう……聞いてる限り悪い人ではなさそうだけど……)
理工学部に「樹」という苗字の学生は、洋子が調べた限り存在しなかった。
***
後日、洋子は理工学部の友人に会った。
「ねえ、樹って苗字の先輩知ってる?」
「五木? 樹? 聞いたことないなあ」
「理工学部でしょ? バイオインフォマティクスってのをやってるらしいんだけど」
友人は首をかしげた。
「樹って苗字、珍しいから覚えてると思うけど……知らない」
洋子は他の学生にも聞いてみたが、やはり「樹」という苗字の学生は見当たらなかった。
(やっぱりいない……まさか偽名?)
「もしかして名前が樹とか?」
「それも聞いたことないよ。でも……」
友人が何か思い出したような顔をした。
「水瀬樹准教授なら知ってるけど、違うよね?」
「水瀬准教授? あの?」
洋子は驚いた。
「そう、22歳で准教授になった天才。でも学生じゃないし……」
「ちょっと待って、その人の写真ある?」
友人がスマホで検索し、その画面を洋子に見せる。そこに映し出された顔写真を見て、洋子は息をのんだ。
次回「§5.3 崩れる世界」
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