第4章 夜明けの残像/§4.1 研究室の夜
結衣は樹の腕に掴まりながら、ふらふらとタクシーに乗り込んだ。
タクシーの中、結衣は樹の肩にもたれかかっていた。
「んん……樹くんのにおい……」
「結衣さん、もうすぐ着くから」
「樹くん……今日、本当に楽しかった……」
結衣はそう呟きながら、樹のシャツの袖をぎゅっと握った。窓の外を流れる夜景を見ながら、樹は思った。
(研究室のソファで休ませて、落ち着いたら送っていこう)
「樹くん……」
「ん?」
「また……一緒に……」
そこまで言って、結衣は静かな寝息を立て始めた。樹は優しく微笑みながら、そっと結衣の頭を支えた。
大学の門が見えてきた。
***
タクシーが大学の正門前に到着した。夜も更けて人通りは途絶え、キャンパスは静寂に包まれている。
「結衣さん、着いたよ」
「ん……」
樹は結衣を支えながら、慎重にタクシーから降ろした。数歩歩いたところで、結衣は立ち止まった。
「あ……」
「どうした?」
「靴……痛い……」
酔っているせいか遠慮なく、その場でパンプスを脱いでしまった。街灯の明かりで見ると、かかとと小指の付け根が赤くなっていた。
「はぁ……」
「結構歩いたもんね……痛かったでしょ」
「うん……でも、樹くんと一緒だったから……」
酔いに乗せた彼女の素直な言葉に、樹の心臓が小さく跳ねた。結衣は裸足で歩こうとしてよろめく。
「危ないな……よし」
樹は結衣の前でしゃがみ込んだ。
「おんぶするから、乗って」
「え……いいの?」
「このまま裸足で歩かせるわけにいかないし」
結衣は素直に樹の背中に乗った。軽い体重と柔らかな感触、甘い香りが樹を包む。
「樹くん……ありがと……」
耳元で囁かれて、樹の顔が赤くなった。
「靴、持ってくね」
樹は片手でパンプスを拾い、もう片方の手で結衣をしっかり支えながら歩き始めた。
「樹くん……あったかい……」
結衣は樹の首に腕を回して、すっかり安心しきっている。
研究棟の入り口で、樹はIDカードを読み取り機にかざした。ピッという電子音が響き、重いガラス扉が静かに開く。
エレベーターの中、結衣は樹の背中でうとうとしていた。
「結衣さん、もうちょっとだから」
「ん……樹くん、いい匂い……」
酔った結衣の無防備な言葉に、樹は耳まで赤くなった。
三階に着くと、樹は廊下を慎重に進んだ。結衣を背負ったまま、研究室のドアを開ける。薄暗い室内に、コンピューターや機材のLEDがぽつぽつと光っている。
「着いたよ」
樹は結衣をそっとソファに降ろした。結衣はまだふわふわした様子で、ソファに座ったまま樹を見上げる。
「樹くん……今日、本当に楽しかった……」
そう言って、にこりと笑った。その無垢な笑顔に、樹は一瞬息を呑んだ。
(やっぱり……かわいい)
心の中でそう思いながら、樹は冷蔵庫から水のペットボトルを取り出した。
次回「§4.2 制御不能」
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