おとなとこどもの境界線5
大変お待たせいたしました。
そして訪れた卒業パーティーの日。
卒業式を終え、着替えのために一度王城に帰ったわたしは、アニーによって丁寧に着替えをしてもらった。
レオンス様が手配したドレスは、柔らかな桜色のドレスだった。それだけでは子供らしい雰囲気になってしまいそうなのだが、胸元や裾部分、そして印象的な薔薇の飾りに、黒いレースが使われている。
その繊細な黒がなんとなくレオンス様の黒のように感じられて、妙に落ち着かなかった。
今日はアニーに頼んで、髪を緩く巻いてもらった。
ハーフアップで可愛らしく纏めたいところを、あえて下ろす。代わりに前髪を編み込んでもらったから、大人っぽい仕上がりになったのではないかと思う。
「これなら子供っぽくないわよね?」
「子供っぽいかどうかを気にされるのが一番子供っぽいですよ」
「アニーは、本当のことを言わないで」
拗ねた声で言うと、アニーが口元に手を当てて笑った。
やっぱりわたしを揶揄っていたのだ。
「良いではないですか。レオンス様がお選びになったのですから、素敵ですよ」
「そうね……」
このドレスを見たわたしは、私にレオンス様が浸食しているかのようにも思った。
ほんの少しも嫌ではない。
ただ、わたしがレオンス様を好きすぎるだけ。
「──お待たせしてしまっているわ。行きましょう」
私は自室の扉を開けて、サロンに向かう。
そこでは落ち着かない様子のレオンス様が、ジョエルお兄様と話しながらわたしを待っていた。
先にわたしに話しかけてきたのはお兄様だ。
「お、着替えてきたか。なかなか可愛いんじゃん? なあ、レオンス」
妹を可愛がる所作で私の頭を撫でながら、お兄様が言う。わたしはお兄様の手を思い切り掴んで、ぺいっと頭から引き剥がした。
「わたしだって、もう立派なレディなんですからね! それに、レオンス様のお誘いをわざと伝えなかったでしょう」
「ごめんごめん」
「お兄様……謝って許されるなら騎士団はいりませんのよ」
「セリーヌは難しい言葉を知ってるなあ」
ジョエルお兄様が、懲りずにまたわたしの頭を撫でてくる。
わたしはそれをひょいと避けて、レオンス様に向き直った。
「──お兄様のことはどうでも良いのです。その……似合って、おりますでしょうか」
定番の質問なのに緊張してしまうのは、相手がレオンス様だからだ。
どうせ返事だって、決まっているようなものなのに。
「綺麗です。このまま邸に連れ帰ってしまいたいくらいに」
「え?」
わたしは驚いて、上品に見えるように伏し目がちにしていた顔を上げた。
そこにいたレオンス様は、目尻を赤くして分かりやすく狼狽えている。その動揺が私のためだと思うと、どうしようもなく嬉しくて、同時に照れくさかった。
しかしレオンス様は、すぐに表情を取り繕ってしまう。
「言ったままです。ほら、行きましょう。姫」
パーティーに向かう馬車の中。向かい合って座っているのに、王城に着くまでわたしは何も言えなかった。
こんなことは初めてだ。
いつもレオンス様といると話しすぎてしまうくらいなのに、どうしてか今日は何を話して良いか分からない。
レオンス様の雰囲気が少しいつもと違うからなのか、わたしが緊張しているのか。
だって思い返せば、レオンス様は卒業パーティーの日に求婚するつもりと言っていたのだ。緊張するに決まっている。
やがて馬車が王城に着き、エスコートをされて降りる。
どうしようもないくらい緊張していたわたしは、思いきり足を躓いてしまった。
「きゃ……っ」
「大丈夫ですか!?」
パーティーのために高いヒールを選んでいたことが災いした。
うっかり軽く捻ってしまったようで、しっかり立つと左足に痛みが走る。
「ええ……大丈夫です。行きましょう」
それでもわたしは、微笑みを作った。
王女として、そうしなければいけないと知っていたからだ。
「……姫は、本当に強がりですね」
しかしレオンス様には通じない。
レオンス様がわたしを横抱きにして、大広間とは違う方向に歩き始める。突然抱き抱えられたわたしは困惑するしかない。
「な、なんですの」
「足を挫いたのでしょう? 治療を」
「大丈夫よ。行かないと──」
「気にしないでください。遅れて良いようにどうにかしますから」
レオンス様はそう言うと、側にいた使用人の一人を捕まえて何事かを伝えていた。きっと、怪我をして遅刻するとかそういうことだろう。
「──さて、行きましょうか」
レオンス様に言われて、医務室に行く。
医師に湿布を貼ってもらって、ハイヒールは脱いだ。貸してもらったのは底の低い靴だ。
ドレスの裾が少し地面に擦ってしまう。
ここに来るまでに、髪型も崩れている。今日の支度は全て台無しだ。
「治療してもらいましたか?」
「ええ、お気遣いありがとうございます……」
貸してもらった靴はヒールがなく、レオンス様との身長差も開いてしまう。
無意識に俯いてしまったわたしに、レオンス様が苦笑した。
「そのような顔をしていると、まるて子供のころのようですね」
「また子供扱い──」
私が頬を膨らますと、レオンス様が笑った。




