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悪役令嬢は最愛の婚約者との婚約破棄を望む【連載】  作者: 水野沙彰
番外編

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おとなとこどもの境界線3

「何ですか?」


 振り返ったレオンス様は、何にも気付いていない。いや、理解していないような顔をしている。

 どこまで本気かは分からない。

 それでもわたしは、その涼しげな表情に腹が立った。

 自分から、わたしが大人になってもレオンス様を好きでいたら求婚してくれると言ったのに。

 わたしのことなんて全然異性として見ていないように、振る舞い続けてきたのに。

 どうして今更、そんなことを言うの。


 私はレオンス様に詰め寄って、至近距離で相変わらず知的に整っている顔を睨むように見上げた。

 レオンス様が驚いたように半歩下がる。

 目が泳いでいた。

 わたしは逃げることを許さないという気持ちを込めて、思いっきりレオンス様の右手を掴んだ。


「何ですか、じゃないですわ。ご自分の言葉の意味、わかってますの?」


 わたしといる時間だから、気にならないと言ったのだ。

 あのいつも忙しそうにしているレオンス様が。

 それが、わたしにとってどれだけ大きな言葉か。


「言葉の意味……ええ。勿論です、姫」


 レオンス様の目が、ようやくわたしを見た。

 自分から追い詰めたくせに、こうして追われると途端に逃げたくなってしまう。

 どうしよう、と思ったときには、レオンス様は口を開いていた。


「だって、私が姫を好いていることなど、とっくにご存じでいらっしゃるでしょう」


 わたしは、頭が真っ白になった。


「な……な、な」


 レオンス様が、わたしを、好き!?


「何か問題でも……もしや、他に好きな男ができてしまったのですか?」


 レオンス様の瞳がきらりと光った気がして、せっかく嬉しい言葉を聞いたはずなのに、わたしは咄嗟に逃げ腰になる。

 その小さな変化を見逃さなかったレオンス様が、わたしの手をぐっと握り返してきた。


「……はい?」


「もしそうでしたら、ドレスが無駄になってしまいます。王女様ともあろう方が、高価な衣服を無駄にされるとは」


「ドレスって何のですか!?」


「当然、卒業パーティーのドレスですよ?」


「え?」


 卒業パーティーの。

 それは、わたしがレオンス様に誘われないのにお兄様からの誘いも断って、どうしようかと途方に暮れかけていたものだ。

 何を言っているのかと驚いているのは私の方なのに、何故かレオンス様が傷付いたような顔をしている。


「陛下から聞いていらっしゃらないのですか?」


「──……何をですか?」


 何も聞いていない。

 そもそもお父様との会話でレオンス様が出てくることはほとんどなくて、最近ではジョエルお兄様にせがんでレオンス様の話を聞いていたのだ。

 レオンス様がそのまま走り出そうとして、わたしの右手を掴んでいた腕がつんと伸びる。そこでようやく手を繋いでいたことを思い出したらしい。


「ちょーーっと待っていてください。……ではなくてですね。お部屋までお送りさせていただきます。後ほど、改めてお伺いいたしますから」


 踏み込んだ足を戻して、エスコートの形に手を繋ぎ直される。

 わたしは、後で来ると言うレオンス様の話が待ちきれなくて、自室に戻った後、アニーが整えてくれていた寝台に服のまま飛び込み転がった。

 すぐに叱られてしまったが、少し落ち着くことはできたので、良かったと思う。





 すっかりディナーの時間をすっぽかしてしまったわたしは、自室に運んでもらって一人で食事をした。

 食べ終わって入浴をすすめるアニーに、レオンス様が来るまで待って、と言って、そわそわと落ち着き無く扉を見つめていた。

 だから、扉が外からノックされたとき、わたしはアニーよりも先にドアノブに飛びついた。


「──っ、姫?」


 扉を開けたわたしの姿を見たレオンス様が目を丸くしている。そこにいるのはアニーだと思っていたのだろう。

 そもそも王女の部屋なのだから、本来先に来訪者の名前を聞いてから扉を開けるべきだ。

 でも今は、そんなことはどうでも良い。


「レオンス様、お待ちしておりました! 中へどうぞ!」


 わたしが前のめりに言うと、レオンス様は慌てたように両手と首を振った。


「いいえ、結構です。入りません。入りませんから」


 あまりに勢い良く否定するものだから、わたしは少し嫌な気持ちになる。


「どうしてですか? そんなにお急ぎで……──」


「違います。こんな夜に、独身の令嬢の部屋に入るわけにはいかないでしょう」


 レオンス様が、ちらりと室内に目を向けかけてすぐに戻す。

 その頬が僅かに赤くなっていることに気付いてわたしもちらりと振り返ると、中にいたアニーがわたしの夜着を両手に抱えて歩いていた。


「──……そ、そうですわね」


 レオンス様に、夜着を見られてしまった。着ていたわけではないけれど、恥ずかしい。

 いたたまれなくて俯いたわたしの目の前から、突然レオンス様が消えた。

 慌てて顔を上げると、レオンス様は赤くなった顔のまま、扉の横に置かれていた箱の山を持ち上げている。


「何ですか? それ」


「ドレスです」


「ドレス?」


「卒業パーティーのエスコート、私が務めさせていただくことになりました」


 レオンス様は大きさの違う箱の山を抱えて、アニーを呼んで、それらを預けた。

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