おとなとこどもの境界線2
私のお気に入りの場所は、迷路をしばらく進んだところにある行き止まりだ。入り組んだ道の先にあるため、迷路で迷ってもここに辿り着く人はいないだろうという場所だ。
この行き止まり、最初はただの行き止まりだったのだが、私が地面に直接座って過ごしているうちに、誰かがベンチを置いてくれた。
側には食べられる実がなる木が薔薇に混じってこっそり植えられていて、ここでおやつまで済ませることができる。
「──こういうことには、気が付くのに」
わたしには、これらを用意してくれたのはきっとレオンス様だという確信があった。
お父様とお母様は忙しくて、わたしの自由な時間の過ごし方にはあまりこだわらない。ただ人に迷惑をかけないように、王女らしく振る舞うように、とだけは繰り返し言われているが、それだけだ。
好きなことをしなさい、とも何度も言われてきたが、それで好きなことが見つかったら苦労はしないと思う。
結局、少しでもわたしが楽しめるようにとこうして手配してくれるのはこれまでいつもレオンス様だった。
自分がやったとは、絶対に言わないけれど。
だからわたしは、わたしの『好き』を大切にしてくれるレオンス様がもっと好きになる。
「あーあ。やっぱり素直に言っておけば良かったわ……」
気付いてくれない人相手に、察してほしいなどとぐるぐる迷っていても仕方ないことだったのだ。
だってレオンス様は、私のことを見てくれていても、私がどれだけレオンス様を好きなのかなんて全く分かっていないのだから。
だから好きなら好きと、しっかり言わなければいけなかった。
言い続けないといけなかったのだ。
「食べられる木の実も嬉しいけど……どうせなら、一緒に食べたかったなあ」
私はそう言って、木の実を一つ摘まんで口に入れた。
強い酸味と、柔らかな自然の甘みが口いっぱいに広がる。
恋を甘酸っぱいと表現する詩があったな、なんて、またわたしは関係のないことを考えている。
そうやってごまかし続けて。
どうなりたいのかなんて、わたし自身も全く分かっていない。
溜め息を零したそのとき、焦ったような足音が近くから聞こえた。荒い呼吸音もする。もしかして、誰かが迷路で迷子になってしまったのだろうか。
もう日はほとんど沈んでしまっている。この時間に迷路から出られていないなんて大変だ。
わたしなら道が分かるから、声をかけようか。それとも隠れている護衛に動いてもらおうか──そんなことを考えて立ち上がろうか迷っていると、がさりと音がして、目の前にレオンス様が立っていた。
どうやら迷子ではなかったらしい。
「……っ、探しましたよ」
いつも綺麗に整えられている黒髪が乱れている。
黒い瞳が細められていた。潤んでいるように見えるのは、この夕闇のせいだろうか。それともここまで走ってきたからか。
こんなに慌てているレオンス様を見るのは初めてだ。
わたしは咄嗟に立ち上がった。
「何かありましたか?」
真っ先に思い浮かんだのは、何か問題が起きたのかということだった。
そうでなければ、レオンス様がこんなところに来るはずがない。これまでわたしがここにいるときにレオンス様がやってきたことはないのだ。
二人きりになるのを避けられていることくらい、分かっている。
「何かと言いますと」
「事件とか事故とか──」
「え?」
「はい?」
きょとんとしたレオンス様に、わたしも驚いてしまう。
そういう理由でないのなら、どうしてここにやってきたのか。
「……違うのですか?」
「はい。お部屋に伺ったら姫がここにいると言われましたので。なかなか戻ってこないと侍女がぼやいていましたよ」
アニーだ。ディナーまでには戻るようにと言われていたのに、長居しすぎてしまった。
わたしは目を伏せて苦笑する。
「そうですね。すぐに戻りますわ」
きっとレオンス様は、アニーが困っていたからここまで来てくれたのだろう。忙しいのだろうに、悪いことをしてしまった。
それでも放っておかないあたり、やはり優しい人だ。
「心配かけてしまいました。ごめんなさい」
「私に謝る必要はありません」
「でも、レオンス様のお時間まで頂戴してしまって」
「姫といる時間ですから気になりません」
レオンス様が踵を返して、来た道を戻っていく。
わたしはそれを追いかけながら、今レオンス様が言った言葉の意味を考えていた。
わたしといる時間だから気にならない。それは、一緒にいたいということだろうか。
子供の頃抱いた好意を今でも大切にしているのは、わたしだけだと思っていた。
でももしかして、そうではなかったの?
私は駆け足でレオンス様に追いついて、伸ばした右手でレオンス様の手首を掴んだ。
「レオンス様、待って……!」
どきどきと鼓動が煩い。
わたしは思い切って顔を上げて、すっかり大人の顔になったレオンス様を見上げた。
【お知らせ】
書き下ろし新作が夢中文庫アレッタ様より11月18日(あと少し)に配信開始です!
「カタブツ(?)王弟殿下は、猫になって私の膝でお休み中」
・あらすじ
「ずるいよオリヴィア。君の指使いは、反則だ……」
王宮で『官吏』をしている伯爵令嬢のオリヴィア。その肩書きゆえに婚活がうまくいかず愚痴をこぼしていたある日、カタブツと噂の王弟殿下・エアハルトの目に留まり、補佐官に抜擢された。
エアハルトは睡眠より仕事を取る、超仕事人間。一方で部下を思いやる彼をオリヴィアは支えたいと思うようになり充実した日々を送っていた。
しかし、彼にはある秘密があった。なんと女性に触れると、猫に変身してしまうのだ!それを知ったオリヴィアはふと思いついた。……殿下を猫にして撫でていたら、昼寝をしてくださるのでは!?
——少しずつ絆を深めていくふたりだが、それをよく思わない人もいて……?
よろしくお願いいたします!




