おとなとこどもの境界線1
番外編投稿開始します。
ジョエルの妹と、レオンスのお話です。
よろしくお願いします!
「姫が大人になったときにもそう思ってくれていたら、そのときに私から求婚しましょう。それまで、公の場であまり余計なことを言わないように」
わたし、セリーヌ・バルシュミーデがそう言われたのは、まだ九歳の頃だ。
相手は二歳年上のジョエルお兄様のご友人である、レオンス・シュヴァリエ様。私にとっては従兄にあたる。シュヴァリエ公爵家の嫡男で、とても頭が良い人だ。
あのときには子供だったから分からなくて、希望を簡単に言葉にしていた。今となっては、当時のわたしがどれだけ危ないことを言っていたのかわかる。
王弟である叔父様と国王であるお父様は仲が良いが、かつては取り巻きによる代理王位争いもあったらしい。だから、わたしがレオンス様に嫁ぐことで、シュヴァリエ公爵家により王家の血が濃い子供が生まれることを危険視する貴族もいた。
だから、レオンス様がそう言ってわたしの発言を抑えようとした、ことは分かる。
「いったい、いくつになったら大人なのよ!?」
わたしはそう言って、持っていたクッションをソファーに叩き付けた。
最近わたしが悩んでいるのはこれだ。
今、わたしは十六歳。
来週行われる卒業パーティーで、リベルタス学院を卒業する。卒業後は王族の一員として、公務にも参加することになっている。
つまりわたしは、来週には名実共に大人というわけだ。
それなのに、レオンス様の態度は当時から全くと言っていいほど変わらない。
「どんなに頑張っても、年の差なんて変わらないじゃない」
たった二歳、されど二歳だ。
大人にとっては些細な差であっても、若者達には大きな壁である。
「レオンス様はもう十八歳なのだし、時間がないのに……!」
初恋だった。
穏やかで頭が良いところに憧れて、わたしを王女としてではなく、ジョエルお兄様の妹として扱ってくれたことも嬉しかった。
本当は好きな人でもいるのかもしれないと思ったことだって、一度や二度ではない。
でも、レオンス様には婚約者もいないから、まだわたしにもチャンスはあるはず。
そう思いながらずっと待っているけれど、夜会で見かけるレオンス様はいつだって何人もの令嬢達に声をかけられて、わたし以外の女性とダンスを踊っていた。
それでも、もう十八歳なのだ。公爵嫡男に婚約者がいないというのは異例のことで、いつ婚約や結婚の知らせを聞かされるかと気が気じゃない。
「公爵嫡男で、王太子の側近。未来の宰相候補。……人気があるのも当然だわ」
卒業パーティーでは、婚約者か親公認の恋人か、いなければ異性の親族が女性をエスコートする。
来週のパーティーでわたしをエスコートする人は、まだ決まっていない。
「こんなことなら、意地張らないでお兄様に頼めば良かったわ」
言われて、咄嗟に断ってしまった過去のわたしを恨んでしまう。
王女がエスコート無しに卒業パーティーに参加するなど、前代未聞だ。お父様からも呆れられてしまうかもしれない。
わたしはソファーにぽすんと座って、溜息を吐く。
「あーあ」
「セリーヌ様、お行儀が悪いですよ」
わたし付きの侍女であるアニーが、呆れたように小言を言う。
アニーはわたしがレオンス様のことを追いかけていると知っている。
「だって、レオンス様が誘ってくれないんだもん……」
「そんなこと仰って。お会いしてないのですから、誘うこともできないでしょう」
今日までわたしは、レオンス様がわたしを誘ってくれるのを待っていた。
それなのにレオンス様はわたしを誘うどころか、そもそもわたしの前に姿を見せることもない。
「で、でも。あっちはわたしが何処にいるかなんて簡単に調べられるでしょう」
「だからって待ってばかりでは何も変わりません。良いのですか?」
アニーの言うことは全て真実だ。
でも、レオンス様はわたしが大人になったら求婚してくれるって言っていた。わたしからまた好きだって言っても、本当に良いの?
レオンス様が何も言ってくれないのは、わたしがまだ子供だからじゃない?
「──……〜〜っ。ちょっと、庭に出てくるわ!」
「ディナーまでには帰ってきてくださいよー!」
思い切って扉を開けて、外へ出る。
早足で歩くわたしに驚く者はいても、わたしを呼び止める者はいない。それは王女だからというのもあるし、わたしがまだ学生だからというのもある。
でも、ジョエルお兄様が学生のときには、もっと忙しそうにしていたのに。
普段ならば気にならないどうでも良いことも、こんな気持ちのときだからか、妙に気になって仕方ない。
王宮の庭園はいつ見ても綺麗だが、薔薇の庭園迷路の中に入る人は少ない。特に、夕方以降に入る人は稀だ。
うっかり出口が分からなくなったら大変だからだ。
だが、わたしは気にせず迷路の中に入っていった。
むしろ夕方以降の方が、誰もいなくて落ち着く。
王女として生まれてから、いつも周囲に人がいた。それが当然だった。
迷路の中にいる今だって、わたしは本当の意味で一人きりではない。きっとわたしに気付かれないように、護衛がしっかり見張っている。
それを理解していても、一人きりになった気分になれる場所として、わたしはここが好きだった。




