エピローグ
「オデット、ここにいたのか」
「セドリック様」
午後の穏やかな日差しの中、私は木漏れ日に目を細めた。
ここはカステル侯爵邸の裏庭だ。裏庭といっても、前庭ではないというだけで立派な庭園だ。そう、立派過ぎるくらいに立派な庭園なのだ。
貴族の邸の庭園といえば、花壇が並んでいて、噴水があって、ベンチがある。平らな土地に、そういったものが整然と並んでいるイメージだった私にとっては、この庭園は想像の斜め上に立派だった。
屋敷の外からは見えないようにしっかりとした垣根が巡らされている庭園には、ふかふかの芝生があり、クローバーの花が咲いている。中央には大きな木があって、それは天然のパラソルだ。
花壇もあるが、邪魔なものではない。離れたところにある小さな池には名前の知らない魚が泳いでいて、たまに小さな水音を立てる。
「そんなにこの庭が気に入ったのなら、作らせたかいがあった」
セドリック様はそう言って、私の隣に腰を下ろした。私はよいしょと上半身を持ち上げて、思いっきり伸びをする。
「本当に、素晴らしいお庭だと思うの。この庭のために結婚したって言ってもいいくらい……!」
ふああと欠伸をすると、セドリック様は笑って私の頭を撫でてくれた。どちらかといえば妻を可愛がるというよりは日向ぼっこをしている猫を愛でるようなその手つきに、私は思わず目を細める。それから、セドリック様の太ももの上に頭を乗せて横になった。
「そうそう、あのね! 今週末にリュシエンヌ様のサロンに招待されてるんだけど、セドリック様、来られる?」
「予定はないが……何だ? 突然。サロンっていったら、普通は女性だけの集まりなんじゃ」
セドリック様が私を撫でる手を止める。私はそれを咎めるように、セドリック様の手首を掴んで自分の頭に沿って動かした。すぐにセドリック様が気付いて、また撫でるのを再開してくれる。
「それが、若い夫婦ばっかり集めるんだって言うの。ほら、私友達少ないし、この機会に、って」
「自分で言うか?」
セドリック様が苦笑した。私は小さく頬を膨らませる。
「良いじゃない。それで、どう?」
「行くよ。オデット一人で行かせられないからな」
「本当? ありがとう!」
私は両手を伸ばして、セドリック様のお腹に抱きついた。
最低限の社交さえしてくれたら良いと言われていたけれど、私はちゃんと人並みに頑張るつもりだった。それが、セドリック様の役に立つことに繋がるから。
「あのね。私、ちゃんと、セドリック様のこと大好きよ」
最初は、なんてめちゃくちゃな人だろうと思った。
王女の逃亡に手を貸す騎士なんて、本来ならとんでもないことだ。
「はいはい。知ってる知ってる」
それでも、セドリック様は、私を私として見てくれた。
あのときの私にとって、あの大きな手がどれほどの救いになったことか。
単純で馬鹿だった私の後悔は、反省として活かしていこう。
こんなに素敵な鳥籠に居続けるために、もっと賢くならなくちゃいけないから。
「──奥様、マナーの先生がいらっしゃいましたよ!」
私付きの侍女の声が聞こえる。
「あ、行かなくちゃ」
私は立ち上がって、ドレスについた草を手で軽く叩いて払っていく。セドリック様も立ち上がって、私の髪についていた葉っぱを取ってくれた。
「しかし、結婚した後も家庭教師をつけるなんて、本当に良かったのか?」
家庭教師をつけてほしいと頼んだのは私だ。
正直、結婚式の時点で私のマナーと知識はかなり付け焼き刃だった自覚があった。だからこそ、このまま終わらせるのは癪だった。
「うん。カステル侯爵の妻として、セドリック様につり合うくらいには頑張るつもりだから」
義務でなくなって初めて、その大切さを思い知った。
これから先、私はセドリック様の妻として見られるのだ。私はどう思われても良いけど、セドリック様が陰口の対象になるのは嫌だった。
だからまた、私は決意する。
「なってやろうじゃないの! 最高の淑女ってやつに!」
私は握った右手を掲げ、左手を腰に当てた。青空の下だからこそ、余計に気合いが入る。
私は淑女にあるまじき格好で、広い空に向かって大きな声で覚悟を叫んだ。
「いや、それは無理だと思う……」
セドリック様が斜め後ろで呟く声が聞こえたけれど、聞かなかったことにする。
このお話は、これでおしまい。
どうしようもない私の人生は、これから先も続いていく。
めでたしめでたしかって? うーん、どうかなあ。
だって少なくともこの後の授業で、私は今日もたくさん注意を受けるに決まってるからね!
これにて完結です。
最後までお付き合いいただきありがとうございました!
☆2022年11月14日から番外編を連載開始しました。
不定期更新になりますが、よろしくお願いします!!!




