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悪役令嬢は最愛の婚約者との婚約破棄を望む【連載】  作者: 水野沙彰
第2部

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結婚生活に大切なこと1

 ──ごーん、ごーん。


 王都中に聞こえそうな鐘の音が繰り返し鳴らされる。いつか憧れた純白のドレスに身を包んだ私は、ここ半年の間に必死で学んだ作法を総動員して、列席者の間を歩いていった。

 列席者は国内の貴族達、会場は王都一の教会だ。失敗は許されない。

 私には最も向いていない舞台で、私は今日を乗り切るために精一杯の微笑みを作る。

 微笑みの先にいるのは、初対面の私に求婚した、変わり者の騎士だ。


「──オデット姫」


 ようやく辿り着いた祭壇の前で、セドリック様は私の名前を呼んで手を差し出した。


「セドリック様。……お待たせいたしました」


「ああ、待ちくたびれた」


 小さく笑ったセドリック様の左手に、右手を預ける。二人で神父に向き直ると静かに礼をした。何度も練習させられた儀式だ。失敗するはずない。


「汝はこの者を夫とし、病めるときも健やかなるときも──」


 誓いの言葉は知っている。無邪気にお嫁さんやお姫様に憧れていた頃に、結婚式を見かける度に未来の自分を重ねて夢見ていたから。

 今私がこうして誓うなんて、変な感じだけど。それでも隣にいるのがセドリック様だから、こんなに安心して立っていられる。


「はい、誓います」


 誓いの言葉はすんなりと口から出た。数回しか会っていない人なのに、不思議だ。憧れていた花嫁さんは、ずっと大好きだと思っていた彼と運命的な恋愛をして、愛し愛されて結婚するものだと思っていたのに。


「誓います」


 低い声が耳に残る。

 私の中の何かが、この人が良いと言っている。

 向き合うと薄いヴェールがそっと持ち上げられ、視界が一気に開けた。白を基調とした正装に身を包んだセドリック様が、教会のステンドグラスを背景に立っている。


「……綺麗だ」


 セドリック様の口から、私を褒める言葉が漏れた。

 これまで何度も容姿を褒められてきた私だけど、改めて真面目な顔でこうして言われると恥ずかしくなる。そして、とても嬉しかった。

 私に綺麗だと言ってくれたこの人は、今日、私と結婚する人なのだ。


「ありがとう」


 そっと目を閉じる。

 初めての口付けは檸檬の味ではなく、砂糖菓子のように甘くもなかった。感じたのは唇の柔らかさと、互いの熱だけだ。

 これが口付けなのだと意識するより早く離れていったそれに、名残惜しさすら感じる。

 誓いを示す口付けなのに、もっとと強請りたくなる自分がいた。二週間前に教会で会って以降、私はどこかおかしくなってしまったのだ。

 空ばかり眺めていた窓から探すものはセドリック様になったし、家庭教師から注意される回数も減った。先生には肩の力が抜けて良くなったと言われたが、それはきっと、セドリック様に言われた言葉のせいだ。


『自由に生きて良い。自分を殺して生きる姿は、君には似合わないから』


 セドリック様に言われたあの言葉で、私は多くを諦め、代わりに多くの可能性を手に入れた。そうやって、私達はこれから先、生きて行くのかもしれない。

 そんな結婚生活は、きっと幸せだろう。


「おめでとうございます、侯爵、オデット様!」


「侯爵様ーお幸せにー!」


「お姫さまきれいだねえ」


 教会から一歩出ると、私達の姿を一目見ようとやってきた人達の笑顔が並んでいた。ほんの一瞬の、平民上がりの王族である私のためにこんなに沢山の人が祝福を送ってくれている。それはきっと、この国の王様が頑張っているからなのだろう。私のママにふらっとした浮気男でも、仕事はしっかりやっているらしい。今は王妃様一筋らしいから、元浮気男かな。

 私はセドリック様のエスコートでパレード用の馬車に乗り込んだ。ここから王城までパレードをして、結婚披露宴の会場へと移動する。会場は王城の大広間で、着替えをしてパーティーが始まるらしい。舞踏会の形式で行われる披露宴は明け方まで行われるが、新郎新婦は途中で抜けるのが慣例だということだ。

 それはつまり、──そういうこと、だ。

 困ったことに、私は平民として育ったためにそういうことに無駄に詳しい。世の貴族令嬢のように何も知らないわけではないのだ。

 ちなみに何も知らないと思われていたらしい王妃様からは、『セドリック様に任せておけば大丈夫です。信じて、預けなさい』という大変役に立たないお言葉を頂戴している。

 式が終わって心に余裕ができたからか、パレードの最中も披露宴が始まっても、私の頭の片隅にはずっとそのことがちらついていた。はしたないと思うかもしれないが、仕方ないことだろう。

 だって、私だってこれでも無垢な女の子なのだ。そういうことへの興味も恐怖も、人並みにある。


「ありがとうございます、精進いたします」


「ありがとうございます」


 でも、ある意味これで良かったのかもしれない。

 私はそれが気になっていたお陰で、嫌味な挨拶をする貴族が一切気にならなかった(それどころではなかった)し、結果として挨拶は滞りなく進んだのだから。


「ではここで、代表挨拶としてジョエル王太子殿下からお言葉を頂戴します」


 司会をしているバルニエ宰相の言葉を合図に、私とセドリック様は用意された席に戻り、あちこちで挨拶をしていた貴族達も静まった。

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