表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢は最愛の婚約者との婚約破棄を望む【連載】  作者: 水野沙彰
第2部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

62/76

会えない時間が育てるもの2

 それから更に二週間が経った。

 セドリック様は、まだ会いに来ない。


「──……何あれ」


 私は、移動中の馬車のカーテンの隙間から外の様子を窺っていた。大人達は明るい太陽の下でお喋りに興じ、子供達は何がそんなに楽しいのか、笑い声を上げて走り回っている。しかし彼等は皆、私が乗る馬車を見ると足を止め、笑顔で手を振ったり、頭を下げたりしてくる。

 そんな私にとっては見慣れた──しかし今となってはとても羨ましい光景に、違和感があった。勿論、頭を下げられる側になったことだけじゃない。

 季節は秋なのに、町中に花が溢れているのだ。多くの家や店が玄関先に花を飾っており、花売りの数も普段より多いように見える。花冠を乗せた子供もいる。その花のどれもが、赤、ピンク、黄色、白等の、可愛らしく明るい色だった。


「オデット様の降嫁を祝う花装飾ですわよ」


 向かいの席に座っているリュシエンヌ様が、窓の外を覗いて言う。


「ああ、俺達のときが懐かしいな。あのときも、町中が花だらけだったから」


 その隣にいるジョエル殿下も、リュシエンヌ様の視線を追って外を見た。

 今日は、ジョエル殿下とリュシエンヌ様と一緒に、王都で最も大きい教会が運営している孤児院に視察に向かっている。王城から孤児院まではそう遠くはないのだけれど、あえて遠回りをするのは、民衆へのパフォーマンスの一環らしい。つまり、『皆を気にしていますよ』『これから孤児院に行きますよ』と、アピールしているのだ。なんとも馬鹿馬鹿しい。

 更に馬鹿馬鹿しいのは、同行者がこの二人だということだ。

 リュシエンヌ様とジョエル殿下は、四か月ほど前に挙式をしたばかりの新婚夫婦だ。ちなみに私は、最低限の礼儀もできていないということで参列させてもらえなかった。対外的には体調不良ということにしていたらしい。

 王太子とその妃として結婚式前から多忙にしていたらしいこの夫婦は、結婚して家を同じにした途端、互いへの好意が爆発したようだ。学生時代にはあんなにぎくしゃくしていたのが嘘のように、互いへの好意を隠すことがなくなった。

 馬車に乗り込むときから繋いだままの手が、二人の間にある。自然と寄り添い合う身体は間に一寸の隙間もなく、それはもう、どれだけ普段からくっついているかなど、聞かなくても分かってしまう。

 正直、こんなことならまだ王妃様と一緒に行った方がましだったかもしれない。あの人は厳しいし口煩いけれど、こんな思いはしなくて済んだはずだ。


「もう。また殿下はそんなことを仰って。まだ半年も経っておりませんわ」


 リュシエンヌ様が自由な方の手で口元を隠して笑う。ジョエル殿下が、そんなリュシエンヌ様の頬を指でつついた。


「リュシー、殿下じゃないだろう?」


 うわ。いつの間に愛称で呼ぶようになったの。

 というか、リュシエンヌ様もそんなに顔を赤くして、完全に恋する乙女ですけど!


「ジョ……ジョエル様」


「うん。良い子だ」


 ジョエル殿下が、リュシエンヌ様の頭を撫でる。


「あ……っ」


 リュシエンヌ様は思わず漏れてしまったように吐息を溢した。

 ジョエル殿下がそれを見て楽しそうに笑い、今度はリュシエンヌ様がお返しと言うように軽く肩を小突く。


「帰りたい……」


 私は二人に気付かれないように下を向いて、溜息と共に小さな小さな声で心の叫びを吐き出した。二人で勝手にやっててくれ。なんなら私だけで孤児院でもどこでも行ってくるから。そんなことを考えてしまう。

 そもそも今日は、リュシエンヌ様とジョエル殿下二人での視察の予定だった。私が一緒に行くことになったのは、今日教わる予定の家庭教師の先生が風邪を引いてしまったからだ。急遽自由な一日ができたと喜ぶ私に、王妃様は無慈悲にも『リュシエンヌちゃん達に同行して、振る舞いを学んできなさい』と言ったのだ。

 当然私に拒否権はない。私付きの侍女達も公務がなく飾り甲斐のない姫が孤児院に行くということで気合いが入り、あっという間に支度が整えられてしまった。

 薄い水色の生地の上品なワンピースドレスは装飾が少なく清楚な印象で、軽く二つに結ばれた髪形ともよく似合っている。まさに品行方正な王女様の、孤児院訪問に相応しい装いだ。

 町の華やかな様子は、私の結婚を祝ってのものだと、リュシエンヌ様は言っていた。

 しかし、婚約式から一度も会っていない人に嫁いで、私はやっていけるのだろうか。仲睦まじいリュシエンヌ様とジョエル殿下は鬱陶しいが、正直羨ましい。私には、自分がセドリック様とこんな風にいちゃいちゃしているところは想像できない。


「オデット様は、視察は初めてかしら?」


 ジョエル殿下との会話を終えたらしいリュシエンヌ様が、私に話しかけてくる。当然だが、ジョエル殿下と手を繋いだまま。


「はい」


「そんなに心配しなくても大丈夫よ。子供達は可愛いし、職員の方も皆優しいわ」


 私は首を傾げた。そんなに不安そうな顔をしていただろうか。心当たりがない。

 しかしリュシエンヌ様は、微笑んで言葉を続ける。


「それに、私とジョエル様もいるもの。ね? だから、そんなに心細げな顔をなさらないで」


 心細げ? 私が?

 私は咄嗟に右手で自分の頬に触れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ