悪役令嬢になりそこねた女3
「なっ、何でそんなこと……!」
私は咄嗟に言い返したけれど、リュシエンヌ様はにこにこと話を続ける。
「何でって、そんなの、面白……いいえ、素敵な話だからに決まっているじゃない。私、貴女には悪いことをしたと思っているのよ。まさか流行の略奪ものじゃなくて、伝統的な姫嫁もののヒロインだったなんて……! 誤解していて、本当にごめんなさい。大丈夫。私、姫嫁ものも大好きよ!」
「何の話!?」
「カステル侯爵のところにオデットが嫁ぐってお話のことよ」
レア様が当然のように補足する。姫嫁……って、姫の私が嫁ぐから、ってことかしら。
「え、ええ……?」
「ふふふ。どうせここでの話は私達しか知りませんわ。だから話してくださいな。オデット様も、誰にもお話しできなくて退屈でしたでしょう? ほら、アップルパイをどうぞ」
リュシエンヌ様はそう言って、アップルパイを私に勧めた。侍女の手に渡っていたはずのパイはいつの間にか綺麗に切り分けられて、皿の上に置かれている。前は手で持って食べていたそれには、ちょこんと上品に小さいフォークが添えられていた。
リュシエンヌ様が侍女からティーポットを受け取り、人払いをする。だから、ここは王城で、私の家のはず……じゃなくて、問題は私の指示じゃなくてリュシエンヌ様の指示に皆が従っていることなんだろう。
まあ、今の私にそんなことはできないし、快適だからどうでも良いか。
「──分かりました! なにからお話ししたらよろしいですか?」
私は自棄になって、右手のレースの手袋を外して、思いっきりアップルパイを掴んだ。ばくり、と齧り付くと、口の中いっぱいに甘い香りが広がる。シナモンが鼻を抜けていくのが心地良かった。
ああ、幸せ……!
他に誰もいないのなら、このくらい問題ないでしょう。挑むような気持ちで二人を見ると、レア様は目を丸くして驚いていて、リュシエンヌ様は吹き出した口を扇で優雅に隠して笑っていた。
「そうね、それじゃあ、二人の出会いから──」
結論から言えば、私は二人に話ができて良かったと思った。これまで一人でうだうだと悩んでいて、誰にも話さずにいたのだ。それは、この場所に自分の味方がいないと無意識に知っていたからであり、同時に、こんな荒唐無稽なこと、誰が信じてくれるのかと思っていたからでもある。
だって、私だって、物語みたいだなって思うんだもの。
それに、自分が物語の主人公だと勘違いしたことで、一度大き過ぎる失敗をしているのだ。ジョエル殿下とリュシエンヌ様の間に割り込もうなんて、今思うとあまりに無茶だ。だって、どう見ても相思相愛のだだ甘なカップルなんだもの。
だから都合のいい状況を簡単に受け入れて調子に乗るのは、もう止めようと思っていた。私だって、馬鹿なりに学習はするのだ。
それでも暇さえあればセドリック様のことを考えちゃうし、空を見ればあの瞳を思い出しちゃう。こんなにうじうじしているのは、私らしくないのに。
リュシエンヌ様とレア様はそんな私の気持ちを知ってか知らずか、きらきらとした目をしていた。
「最っ高……!! カステル侯爵にそんな一面がおありだったなんて、私、存じ上げませんでしたわ。意外とロマンチストでしたのね」
「本当に、素敵でした……」
レア様に至っては、夢見る瞳という表現が正しいだろう。
不意にリュシエンヌ様が、テーブルにばんと両手をついて立ち上がった。
「オデット様、貴女、本当に最高の逸材ですわね!」
勢いに押されて、私はうっと息を呑む。それでも迫力に負けるのは悔しくて、思い切って両手をついてぐっと身を乗り出した。
「逸材って何ですか!?」
しかし私のような小娘が生まれつきの貴族、それも王太子の婚約者としての教育を受けた令嬢に太刀打ちできるはずもなく、リュシエンヌ様は怯む気配を見せない。それどころか、両手を頬に当てて満足げだ。なんか悔しい。
「それはもう、恋愛小説の、ですわっ! ああ……この感動を共有したいわ。私が執筆して出版すれば良いのかしら」
「止めてください」
今にもペンを取ってしまいそうなリュシエンヌ様を、私は真顔で制止する。まだ恋になるかも分からないのに、恋愛小説にされては堪らない。
「あら。じゃあ、レアに書いてもらいましょうか? レアは私よりずっとお話しを書くのが上手よ」
「えええ?」
わたしはぽかんと口を開けて首を傾げた。
「あら、オデット様はまだご存知でなかったのかしら」
レア様はリュシエンヌ様の視線に、自信なさげに微笑んでいた。
「そんな、お話しするようなことでもないので……」
「何のことですか?」
私は思い切って聞いてみた。聞く相手は、勿論レア様だ。なんとなく、まだ、リュシエンヌ様はちょっと怖い。
そんな私に、レア様はあっさりととんでもないことを暴露した。
「あのね……私、今度恋愛小説を出版してもらうことになったの」
第1部の騎士団長令息の名前を、アルノーに変更しました。
名前かぶりに気付いていませんでした……!ご指摘ありがとうございます。
混乱させて申し訳ございません。
どうぞ、引き続きよろしくお願いします。




