悪役令嬢になりそこねた女2
◇ ◇ ◇
私、オデットは、予定の合間を縫ってほぼ無理矢理押し込まれたお茶会のため、王城の中庭にいた。中庭は季節の花が咲き乱れていて、とても華やかだ。今は薔薇の花が終わりかけだが、綺麗な部分だけが残されていて、それがかえって満開のときよりも美しいのだと、王妃様が言っていた。
ちなみに私は王妃様から、『リュシエンヌ様の姿をよく見て、正しい淑女としてのあり方を学びなさい』と言われた。リュシエンヌ様が完璧なのは学生の頃から充分分かっているから今更だし、そもそも真似できるならとっくにそうしている。
「オデット様、お久しぶりでございますわ」
リュシエンヌ様が軽くドレスの裾を持ち上げて、ふわりと微笑んだ。その髪は艶やかで、ほつれひとつなく美しく整えられている。ドレスは羽のように軽く揺れ、女性らしさの象徴のようだ。そしてその微笑みの、隙の無いこと! これを参考にしたところで、私が上手くできるわけないじゃない。
「リュシエンヌ様、何しに来たんですか?」
私は冷たくそう言った。会うのは卒業パーティー以来で、非常に気まずい。しかしリュシエンヌ様は私の非礼なんて全く気にも留めずに、手に持っていた紙袋を差し出した。
「何って、話を聞きに来たに決まっているわ。はい、お土産」
「こ……これは、オランジューヌのアップルパイ……!?」
受け取ってみると、香ばしい香りがする。中を覗くと、知っている菓子屋のロゴマークがあった。これは、私がよく買いに行っていた店だ。包みを開けて出てきたのは、たまにしか買えなかった数量限定のアップルパイ。本当に人気で、早朝から並んでも買えないこともあるという代物だ。
「そうよ。貴女、好きだったでしょう」
聞き慣れた声に顔を上げると、数年間一緒に暮らしたお姉様がいた。地味な顔と服でいつも目立たない印象だった、かつての義理の姉、本当のラマディエ男爵令嬢、レア様だ。今日も相変わらず真面目そうに髪を束ね、歳のわりに落ち着いた服を着ている。
「お姉様……」
「もう貴女のお姉様じゃないわ、オデット様」
呼びかけは、あまりにばっさりと切り捨てられた。
正直、一緒に暮らしていた間、私はレア様を姉だと思ったことはなかった。それなのに今こうして距離を置かれて言葉に詰まってしまったのは、本当は味方でいて欲しかったってこと? 今更気付いても、もう遅い事実を突きつけられて、私は俯いてしまった。視界に入るのは、大きなアップルパイ。ああ、こんなもやもや、今すぐこれを食べれば忘れられそう。
「──とにかく座りましょう? アップルパイはまだ食べちゃ駄目よ」
リュシエンヌ様が私の手からひょいとアップルパイを取り上げた。
「あ……っ」
「ふふ。きちんと毒味されてから並べてもらえるように、侍女に頼みましょうね」
リュシエンヌ様はそう言って、私に座るよう促す。私はそれに従って、支度されているテーブルを囲む椅子に腰掛けた。私の住んでいる場所でのお茶会なのに、何だか、リュシエンヌ様が取り仕切っているようだ。
「毒味なんて」
リュシエンヌ様がアップルパイを古参の侍女に渡す。それを見ながら呟いた私の前で、レア様が溜息を吐いた。
侍女が紅茶を注ぐ。リュシエンヌ様が、ふふふと優雅に口元を隠して笑った。
「貴女、もう少し王女だって自覚をお持ちになってはいかが?」
「いや、そうは言っても」
「それに、逃げる方法考えるよりもさっさと覚えちゃった方が早いじゃない」
視線を泳がせていると、リュシエンヌ様はさらりと私にとっての大きな爆弾を落とした。
「どうしてそれを……!」
誰にも話していないはずなのに、何故知られているのか。どきどきと煩い心臓を押さえながら聞くと、リュシエンヌ様はあっさりと答えた。
「私、これでも貴女の未来の義姉なのよ」
「げ」
つまり、ジョエル殿下の婚約者で、王妃様に認められている、かつあのときの女神の娘だということだ。それは、私の素行は全て筒抜けであるという意味で。心当たりしかない私は、顔を歪めることしかできない。
「──……オデット、弁えなさい」
レア様が私を呼び捨てにしたことで、私は叱られたのに安心してしまった。なんだか自分の居場所がどこにもないような気がして、ずっと落ち着かなかったのだ。
「良いのよ、レア。それに、呼び方が戻っているわ」
リュシエンヌ様に指摘されて、レア様ははっと口を押さえている。私は慌てて口を挟む。
「お、お姉様……じゃなくて、レア様が良ければ、私は呼び捨てが良いです」
「オデット……」
お姉様と呼ぶのは諦めるから、その代わり、どうかこの広過ぎる王城で独りの私を、呼び捨てしてくれる仲のままでいて欲しかった。そんなものに縋らないとどうしようもないくらい、追い詰められていたのだ。
お姉様──レア様は困ったように眉を下げて、それから構わないというように頷いてくれた。
「そんなことより、本題を話しましょう」
「本題?」
私の心のことなんて全く構わないというように、リュシエンヌ様は、こんなに綺麗な笑顔を見たら男なら放って置かないというような、素敵過ぎる笑顔を私に向けた。
「カステル侯爵に求婚されたのよね。ねえ、どうやって知り合ってすぐに婚約することになったの? 詳しく教えてくれるかしら」




