オデット・ラマディエだった者5
「セドリックくんが、婚約を打診してきたんだけど!? 何したのオデットちゃん!」
王様が私の部屋に駆け込んできたのは、それから二時間後だった。謁見用の豪華な服を着ていて、見るからに偉い人だって分かる。やっぱりこの人が私のパパだなんて、まだ思えない。確かに、見た目はなんとなく似ているところもあるのかもしれないけれど、だって、この国で一番偉い人でしょ?
そんな人とママが恋仲だったなんて、そんなの──ママほどの美人ならあり得るのかもしれないけれど、やっぱり信じられない。
ちなみにその時点で、まだ王妃様の説教は続いていた。二時間も話し続けていて、疲れないのかな。
「セドリックって……あの、カステル侯爵家のですか?」
王妃様が説教を忘れて、王様に確認する。王様は頷いて、二人で何かを話し始めた。
理由はどうあれ、とにかく私はちょっとした地獄から解放された。王妃様は厳しい人だから、説教されてるときはきちんとした姿勢で椅子に浅く座ってないと怒られるんだよね。まあ話は右から左に流してるけど、身体は辛い。
やっと訪れた自由を満喫するため、立ち上がって、両手を組んでうんと伸びをする。窓際に寄って空を見ると、もう赤く染まってきていた。
「ちょっと、オデットちゃん。話聞いてる?」
「え?」
呼ばれて振り返ると、王様は困った顔で私を見ていた。ちなみに話は何も聞いていない。
王妃様が溜息を吐く。
「貴方、この子にそんなに優しく言っても無駄ですよ。──オデット、セドリック・カステル様が貴女との婚約を陛下に打診されたそうです。心当たりは、ございますね?」
婚約を打診、という言葉に驚いた。最初に王様が言った言葉は、聞き間違いではなかったらしい。
しかし、心当たりはあるけれど、素直に話したらまた叱られるだろう。だって、逃げるのを助けてもらって、初対面の人の前で泣いて、しまいに近くまで送ってもらっているのだから。
今の私にできるのは、とにかくぼかして伝えてこの場を乗り切ることくらいだ。
「さっき、外で会いましたけど……」
「何かお話したのですか?」
王妃様が突っ込んでくる。
泳ぎそうになる視線をぐっと堪える。それでも目は見られなくて、王妃様の首飾りを凝視した。高そうなルビーだ。あれ一個で一生暮らせるんじゃないの? じゃなくて。
「困っていたところを助けてもらいました」
「どうやらそのときに、侯爵は貴女を見初めたようです」
「うそっ、本当に求婚しにきたの!?」
あの場限りの冗談かと思った。だって駄目じゃないとは言ったけれど、受け入れてはいないし。セドリック様は『愛したい』と言っていたけれど、『愛している』とは言っていない。
今更気付いたが、あの言葉は本気だったということだ。
王女に求婚するなんて、随分思い切ったことをしたものだ。
「『本当に』、ですか……」
「あっ」
まずい。王妃様がじとりと私を見る。
私とセドリック様が何を話したのか気になっているんだろう。でも、話すつもりはない。もう説教はこりごりだ。
「良いでしょう、詳しくは聞きません。ですが、陛下に打診したということは、相手には相応の覚悟があると言うことです。良く考えなさい」
「はい」
大人しく返事をすると、王妃様は諦めたように私を一瞥した。
「では、私達はもう行きますから。──調べなければいけないこともありますし、ね」
「ありがとうございます……」
言い返したい。言い返したいけれど、ここは我慢。それに、流石の私も、今は一人で考え事がしたかった。
「うわ、本当に王様のところに行ったんだ……そっかー」
氷の瞳の、近衛騎士。ものすごく頭が良いらしい。それが、あんな風に近くにいて、私を慰めて──
思い出すとつい頬が赤くなる。これだから、顔が良い男は駄目だ。それだけで多少の失礼は許されるんだから。
「侯爵様かぁ。格好良かったなー」
ちなみにオデットは知らないが、セドリック・カステル侯爵は、二つ名が付くほどの実力者で、多くの戦功を上げている。その戦略は繊細かつ大胆、それでいて敵の裏をかく。そんなセドリックを欲しがる国や身内に引き入れたい貴族は多かった。
しかし、国としてもそんな騎士を外にやってしまうわけには行かないため、どうにかして繋ぎ止める必要があった。
そんなときのオデットへの求婚はまさに渡りに船、非常に都合が良かったのだ。
次の日には縁談がまとまり、王女の婚約としては異例なことに、一週間後には最低限の身内のみで婚約式が執り行われた。これは、オデットの教育が思うように進んでいないからである。
そんな事情を知らないオデットは、なんと、この縁談をきっかけに心を入れ替えていた。
「見てなさいよ、セドリック様。お淑やかで、大人しくて、賢い女性──なって、見返して差し上げますわ!」
私がセドリックさまに嫁ぐまで、あと半年らしい。
果たして教育は間に合うのかと家庭教師達は顔を青くしているが、セドリック様はきっと言った通りに大きな家と広い庭で、私を待っていてくれるはずだ。なら、頑張らないわけにはいかない。だって、結婚するのに理想と違うからって思われたら、パパみたいに浮気するかもしれない。
ならば私は──
「なってやろうじゃないの! 最高の淑女ってやつに!」
私は握った右手を掲げ、左手を腰に当てた。窓から外を見ると気合いが入る。
私は淑女にあるまじき格好で、後宮の空に向かって大きな声で覚悟を叫ぶのだった。




