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悪役令嬢は最愛の婚約者との婚約破棄を望む【連載】  作者: 水野沙彰
第2部

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オデット・ラマディエだった者4

 泣くだけ泣いたらすっきりした。涙はデトックス効果があると言うのは本当だろう。

 落ち着いたら急にセドリック様の存在を思い出し、私は居たたまれない気持ちになった。


「──あの、お恥ずかしいところをお見せしました」


 恥ずかしさから真っ赤な顔で頭を下げたが、目の前のセドリック様は表情をピクリとも動かさない。


「いや、構わない。……もう良いのか」


 相変わらず冷たい声だが、私はもう、それがただ冷たいだけではないと知ってしまった。噂では冷徹騎士だという話だったが、空を見上げた私をここへ連れてきてくれたセドリック様は、ちっとも冷たくなんてなかった。

 だから、敬語じゃなくても許してあげる。だって、今の私はただのオデットだから。


「セドリック様は──いいえ、何でもありません」


 自分でも何を言いたいのかまとまらない。何を聞きたいのかも分からない。ただ、号泣した後のぐちゃぐちゃであろう顔のまま、見つめることしかできなかった。

 セドリック様はそんな私の側に歩み寄ってきた。地面に座ったままの私の前に膝をつくと、それでも目を離せずにいる私の頬に、肩に担いでいたのが嘘のようにそっと優しく触れる。

 氷の瞳の中に私の夕暮れ色の瞳が映っている。近くで見ると、それは氷ではなく、澄んだ青空のような色にも見えた。


「私の家に嫁に来るか?」


「は?」


 表情があまりに変わらないから、私が聞き間違えたのかと思った。間抜けな声が漏れたけれど、今はそれどころではない。

 セドリック様は何でもない様子で、言葉を続ける。


「私の家はそれなりに大きいし、庭も広い。最低限の社交さえしてくれれば自由にしてくれて構わない。浮気をされるのは困るが、弟がいるから無理に後継を産まなくても良い」


 次々と提示される条件に、私は目を見開いて固まった。求婚されるなんて、初めてだ。こんな人が冗談を言うようには思えないから、本気だろう。

 この男は、今日初めて会話をした私相手に、何を言っているの?


「……セ、セドリック様? あのですね。今何を言っているか、分かってます?」


 おずおずと聞くか、セドリック様は頬から手を離す様子がない。それどころか、反対の手を私の手に重ねてきた。


「貴女を口説いているつもりだが」


 行動は熱心な割に、本当に表情も声音も変わらない人だ。

 それがおかしくて、何だか笑えてきてしまう。心が上向いてきた私は、思わず言い返してしまった。


「それのどこが口説いているのですか? 私にとって良い条件を並べて、顔色ひとつ変えずに淡々と。そもそもセドリック様は、どのような女性が好みなのですか?」


 セドリック様は私に目を逸らさせてくれない。重ねられた手だけが、燃えるように熱い。

 きっとこの後には素敵な言葉が待っている。そう期待してしまうのは、乙女の性だろう。


「私の好みは、大人しく淑やかで賢い女性だが──……それがどうした?」


「私、ひとっつも! 当てはまっておりません!」


 瞬間、現実に引き戻された。明らかに私にかすってもいない。

 ああもう、重ねてる手を握ったりしないで欲しい。勘違いしてその気になってしまうじゃないか。


「そんなに駄目か? 貴女の瞳を見て、夕暮れの空のような暖かさを感じた。陰るのが嫌だと思った。側に置いたら楽しいかもと思ったのだが」


「だからって何故いきなり結婚なのですか?!」


 いきなり本当に口説かれてしまって、私はどうして良いか分からない。自慢でもないけれど、軽い男性以外から口説かれたことはないのだ。免疫なんて、ある訳がない。

 セドリック様は私の問いに当然のように答えた。


「だって、姫と触れ合うためには、結婚でもしないと許されないだろう。……オデット姫は、私では不足か?」


 セドリック様は表情が変わらないから分かり辛いが、これはもしかして、不安になっているのかもしれない。それが、私が言い返したからならば、正直悪い気持ちはしない。


「いいえ、不足はありません。ありませんが──」


「なら良いだろう? 君を愛したいと言っているんだ」


「あ、愛したいって……!」


 急に距離を詰めたセドリック様が、私の耳元で囁いた。息が僅かに首を掠め、流れる黒髪の端が僅かに耳に触れてくすぐったい。


「──駄目か?」


 真っ直ぐ過ぎる言葉は心に突き刺さるようだ。

 囁いてすぐに体勢を戻したセドリック様は、さっきよりも熱のこもった視線で私を見つめる。瞳は冷たい氷のようでもあり、優しく包み込む青空のようでもある。

 孤独過ぎる今の私に、それを突き放すなんて、できなかった。


「いいえ、駄目では……ありません」


 その後王宮に戻ったわたしは、王妃様にこっぴどく叱られた。それでも、今日、ここを逃げ出したことを後悔はしない。だって、セドリック様っていう素敵な騎士様に出会えたんだもの。

ここまでは、短編『悪役令嬢にヒロインを押し付けられた令嬢は冷徹騎士に陥落する』の改稿版になります。

次回更新から未公開部分です。

どうぞよろしくお願いします(*^^*)

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