35. みつ角
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グレイは果敢に前に出た。
カミコから借りている剣は吹き飛ばされてしまった。
だが、三階紋に昇格したいまの自分であれば、戦う手段はある。
「剣よ!」
具現化の魔法。
魔力を回してかたちを為し、手のなかに柄の感触と確かな重量を得る。
さらには、そこに『弱体化と衰弱』の魔法のイメージの拡張――敵の攻撃を減衰させる闇色の魔法をまとわせた。
「おおおっ!」
アタナトイの長身に斬り掛かった。
当然のように、赤銅色の怪人はこれを剣で防いだ。
だが、足は止まった。
意識はこちらに向いている。
「よし! こっちだ!」
自分に意識が向いている間は、カミコたちが背後から攻撃を受けることはない。
このために、自分はアタナトイを敵に選んだのだった。
4体程度の『ふたつ角』と、1体の『みつ角』であれば後者のほうが強い。
だが、この場面での最悪の展開は乱戦に持ち込まれることだ。
乱戦になれば殺される。
それを避けるために、自分が果たさなければならない役割は『足どめ』だ。
自分の体がひとつしかない以上、複数体を足留めすることはできないが、1体であれば可能だ。
あとは、敵の強度にこちらが追い付けるかどうか。
おぞましい雄叫びをあげて、アタナトイが襲い掛かってくる。
「あ! あ! あぁあ!」
見た目はともかくとして、その戦い方はグレイに近い。
基本的に魔法は使わず、近接戦闘に優れた『みつ角』の一撃は、分厚い城壁でさえ打ち抜くだろう。
まともに打ち合い続ければ、さすがにもたない。
「くそっ。声が気持ち悪いんだよ……!」
気迫で負ければ、そのまま押しきられてしまう。
悪態をついたグレイは、獣のごとく低く身を下げて、袈裟斬りの攻撃を回避した。
次の瞬間、バネのように跳ね上がって、反撃。
逆袈裟に斬り上げる。
しかし、入ったと思ったその一撃は、恐ろしいまでの反射で避けられて、赤銅色の肌をわずかに裂くにとどまった。
「お! あ!」
再びの反撃は避けられない。
剣で受ける。
「ぐ……っ!?」
手に伝わる嫌な感触。
打ち合っていた剣が、へし折れた。
だが、かまわない。
「――ッ! 剣よ!」
新たな剣を即座に生成し、打ちかかった。
具現化の魔法もまた、対象との相性が大きく成果を左右する。
特に、永続的な固定化までしようとすれば、相性は重要だ。
しかし、こちらの世界に転生してからずっと剣を使い続けてきたというのに、自分が魔法で具現化した剣はあまり長くかたちを保ち続けることができなかった。
もう手足の一部とも思えるくらいに親しんでいるのに。
これはもう、根本的に剣というものに――あるいは、武器自体に――相性が良くないのだろう。
だから、逆に考えた。
どうせ長く保たないのなら、最初から持続時間は切り捨てる。
その代わりに、強度と生成速度に魔力を全振りする。
使い捨ての剣として扱うのだ。
壊れれば、また作り直せばいい。
肉体も同じことだ。
「がああああっ!」
絶望に負けぬように吼える。
三階紋になったことで肉体強度も上がっているのだが、出力にはまだ追い付いていない。
全力の出力に、自分の体は耐えられない。
関節も、骨も、腱も、肉も。
負荷に耐えきれずに、激痛をまき散らしながら、きしみ、歪み、ひび割れていく。
これを紋章持ちの超人的な回復力で修復する。
壊れたはしから治していく。
治ったはしから壊れていく。
痛みとともに繰り返す。
本来であれば、邪神の使徒としての戦い方は短期決戦を想定している。
しかし、『みつ角』のアタナトイは、全力を振り絞ったこちらよりなお強かった。
リーチは向こうのほうがあり、速度も腕力も向こうのほうが上だ。
さらには、与えた傷がすごい勢いで修復していっていた。
気付いて、グレイは奥歯を噛んだ。
「こいつ……俺と、同タイプの……!」
アタナトイは、変則的な意味での耐久力に優れた魔物なのだった。
奇しくも、それは邪神の使徒グレイの戦い方に似ていた。
上位互換、とも見えるほどに。
「がぁ……ぐっ」
グレイは苦鳴を噛み殺す。
全力で戦っているだけで、自滅する。
せめてダメージを蓄積させられないのであれば、すべてを上回られている相手に勝ち目はない。
よって、ここで終わりだと――……そう考えるとしたら、しかし、それは間違いだ。
「あ、え……あ?」
苛烈な攻撃を与え続けるアタナトイも、気付いたのかもしれなかった。
腕力も、速度も、回復力でさえ上回っているのに、目の前の相手が倒れない。
その異常に。
「あ、う……?」
どれだけやり合ったか。
意思らしきものを感じられない怪人だが、戦闘に関する機械的な判断力は保有しているようだ。
アタナトイは攻撃を中断すると、長身をひるがえして距離を取った。
警戒するようにこちらをうかがう怪人に対して、グレイは威嚇するように笑いかけた。
「どうした。この程度じゃ、俺は死なないぞ」
そう。
死なない。
壊れるが、崩れない。
痛むが、生き続ける。
不利だろうがなんだろうが、死ななければ負けではない。
上位互換?
すべてが上回られている?
馬鹿を言え。
他のなにで負けようと、誰にも負けないものが自分にはある。
生きることに対する意志力。
生きのびるための資質だ。
三階紋に到達したことで、元から異常だった生命力はさらに飛躍的な伸びを見せていた。
ほとんどそれは、独自の魔法に近い。
ずたずたになった体だが、戦闘に支障はない。
痛みも苦しみも、生きるための抗いをとめる理由にはなりえない。
血塗れの剣を握りしめて、グレイは宣言する。
「どれだけだって、戦い続けてやるよ」
もはやそれは、死霊系統の魔物である不死兵を相手にして、むしろ自分こそが生きた死人ででもあるかのように。
そのさまは、赤銅色の肌の怪人の目にどう映ったのか。
「あ、え……あ、あ! あ! あぁあ!」
アタナトイは、長身を前傾にして駆け出した。
目の前の敵を殺しつくすために。
どれだけ殺しづらい相手であろうとも、肉体をミンチにしてしまえば殺し尽くせる。
ただ、時間がかかるだけのこと。
と、考えたのかどうかわからないが、その行動は正しい。
――この場にいたのが彼らふたりだけであったなら、だが。
「りゃあぁあ――ッ!」
瞬間、アタナトイの長身の真ん中に、横合いから強烈な蹴りが叩き込まれたのだ。
しなやかな少女の、少女のものとは思えないほど恐ろしい威力を込めた脚だった。
べきべきと破壊の音を立てて、足裏が脇腹にめりこむ。
ついには怪人の長身はくの字になって吹き飛んだ。
「……待たせたね」
大きく跳躍して蹴りを放ち、振り向いたのはカミコだった。
どうやら敵を全滅してきたようだ。
まあ、あれだけ時間があれば当然だろう。
あくまでカミコがああも焦ったのは、乱戦でグレイやサクラを守り切れないことを察したからだ。
十分な時間さえ与えられれば、彼女は『ふたつ角』の集団程度にやられない。
アタナトイは、無理攻めをしてでも自分を潰すべきだったのだ。
これは、カミコが敵を全滅させるまで格上のアタナトイを抑えきれるかという戦いだったのだから。
「俺の勝ちだ」
アタナトイが剣を振りかぶって駆けてきた。
さすが回復力が高い魔物だけあって、思い切り蹴り飛ばされたのに、その動きにダメージは見られない。
しかし、それだけではカミコには敵わないし、いまは3人がかりで対処できる。
赤銅色の肌の怪人が倒れるまでに、そう時間はかからなかった。
◆久しぶりの『邪神の契約者』モード回。
三階紋になって基礎能力が上がっているので、このモードも以前より当然強くなっています。




