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34. 生き残るための方法

   34



 3人で生き残る方法はあるのだ。

 ――それが、たとえどのようなものだとしても。


 地面に下ろしたサクラの顔を覗き込んで、グレイは言い聞かせた。


「サクラはカミコと一緒に。魔法でうしろのやつらを近づけさせるな」


 通路に入れば、対処する敵は2方向だけになる。


 そして、グレイはある出来事を思い出して、そこに活路を見いだしていた。


「初めてスケルトンと戦ったときのことを覚えてるな。同じ要領でやるんだ」


 サクラが初めて魔法を使ったときのことだ。

 彼女はあの時点では自分ひとりでは倒せなかったスケルトンを、力任せの風の魔法で動けなくした。


 それ自体は失敗におわったのだが、この場面では価値を持つ。


 3方向の通路からやってきた魔物たちは、ひとつにまとまっている。

 あのときと同じように、一度に抑えられればその効果は大きい。


 無論、敵はあのときのスケルトンとは違う。

 多様な力を持つ『ふたつ角』中位から上位の怪物たちだ。


 サクラも当時から大きく力を付けたとはいえ、3方向から合流して10体以上も押し寄せてくる『ふたつ角』を、完全に足どめはできないだろう。


 だから、カミコとのふたり態勢だ。


 サクラが全力で放つ暴風をくぐり抜けてこようとするものがいれば、強力な魔法技能を持つカミコが個別に対処すればいい。


 万が一、それすらも突破されたとしても、カミコであれば並行して近接戦もできる。


 サクラの魔力が尽きるまでという時間制限はあるものの、封じ込めの手段としてこれ以上はない――通路の一方向だけを考えるのであれば、だが。


 当然、残りの一方向は別に対処する必要があった。


「頼めるな、サクラ」

「はい……はい、お兄様。ですが、お兄様はどのように……?」

「俺はあっちだ」


 迷いなくグレイは振り返って、ひとり地面を蹴った。


 恐るべき『みつ角』の怪物に立ち向かう。

 それが、自分のなすべきことだと心に決めて。


   ***


「無茶だ!」


 と、カミコがとめる声が追いかけた。


 当然だった。


 グレイの実力は二階紋の上位相当。

 それが、彼女の見立てなのだから。


 魔物の角の数と、紋章持ちの階級はおおよそ対応している。


 二階紋相当の実力のグレイでは『みつ角』には敵わない。


 自殺行為と言ってもいい。

 だが、そうわかっても、もはや手遅れだった。


 絶望が動き出した。


 突っ込んでいくグレイに気付いて、『みつ角』の魔物アタナトイが奇妙なうめき声をあげたのだ。


「あ、ぉ、あ」


 アタナトイは、その手に持った剣をゆっくりとかまえた。


 肉のあるその体は、スケルトンよりも小柄だ。

 とはいえ、グレイよりは大きい。


 人型ではあるが、人間ではありえない赤銅色の肌をしている。

 長い鋼色のざんばら髪が腰あたりまで伸びていた。


 肉付きは非常に悪く、人間だったら栄養失調だろうというほど細い。

 まるで赤銅色の針金人形だ。


 しかし、たとえばスケルトンであれば、筋肉なんてなくても動くのだ。


 魔物を常識で測ることはできない。


「あ、え、ぉ……っ」


 うめき声が途切れる。

 アタナトイの体も消え去った。


 違う。

 地面を蹴って跳躍したのだ。


 恐るべき勢いで、壁を蹴ってジグザグに跳ぶ。

 まるで銃器の跳弾だ。


 常人であれば、まったく目に映ることさえない速度域で怪人が襲いかかる。


「――ッ!」


 ぎりぎりのところで、グレイはそれに追いすがってみせた。


 振り返り、襲いかかってくる赤銅色の怪人を見据えたのだ。

 だが、そこまでだった。


「グレイ――ッ!」


 カミコが悲鳴をあげた。


 状況を一番よくわかっているのは、この場で最高の実力を持つ彼女だった。


 グレイはよく反応したが、回避ができるタイミングではない。

 かといって、迎撃に動けば『みつ角』の暴力に蹂躙される。


 それは、くつがえしようのない事実だった。



 ――少なくとも、カミコの常識のなかでは、そうだったのだ。



 剣と剣が打ち合ったとは思えない、重い激突音が通路に響いた。

 錆びた剣が吹き飛ばされて、鮮やかな血飛沫があがった。


「え……?」


 疑問の声が、カミコの口からもれた。


 彼女の黄金の瞳が向けられた先。


 襲撃をかけたアタナトイのほうが、弾き飛ばされて宙を舞っている――。


「あ、ぇ、う……?」


 赤銅色の肌の怪人は、なんなく着地した。

 怪我もない。


 ただ、その一方で、この『みつ角』の恐るべき怪人が攻撃を仕掛けておいて、相手を仕留められなかったどころか、逆に吹き飛ばされたこともまた事実だった。


 どこか警戒するように、再び剣をかまえた怪人が見つめる先には、ちっぽけな少年の姿――。


 いいや。違う。

 そこにいる者こそが、邪神の契約者。


 カミコも知らなかった少年の真の姿である。


「……舐めるなよ、怪人」


 グレイは冷えた目で敵を見据えた。


 激突の負荷に堪えかねてこぼれた血液が、剣を握っていた右手の指先に伝う。


 脳を突き刺す激痛が走る。

 全力で回した魔力が傷を癒そうとする違和感がある。


 それらすべてを不要な情報と切り捨てて、目の前の敵を倒すことだけに集中する。


 肉体すらも生きるための道具として割り切る、この感覚。

 思えば、ずいぶんと久しぶりだった。


 いつ以来か。


 そうだ。

 サクラと行動をともにし始めて以来だ。


 本当に、長いこと遠ざかっていたのだと思い――


 だが、それすらもどうでもいい感慨だと切り捨てた。


「俺は、死なない」


 邪神の契約者が活動を開始した。

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