15. 第二層到達
15
「……雰囲気が変わったな」
変化はいっそ、あからさまというべきものだった。
足を踏み入れた第二層は、まず光量が違っていた。
第三層は暗かった。
壁は崩れて、朽ちていた。
まるで忘れ去られた牢獄のように。
ここは違う。
イメージとしては、城塞だろうか。
石組みの通路はいかにも堅牢だ。
古びてはいるが、それすらもどこか誇らしい。
歩きながら観察しながら、ふとグレイは思う。
……気に入らない、と。
「なんだ、これ」
自分の感覚に、少しとまどった。
ただ、この雰囲気が好きではないのは確かなことで。
とにかく、気に入らない。
とはいえ、だからといってどうということはないのだが。
やるべきことをやるだけだ。
「……戦闘だ」
精霊が緑の光を散らしながら飛び、グレイは油断なく身構えた。
通路の角から姿を現したのは、大柄な骸骨だった。
スケルトンだ。
ただし、その手には骨の槍と盾を装備している。
「スケルトン・ソルジャー……!」
ただのスケルトンが一般人であれば、スケルトン・ソルジャーは訓練を受けた兵士だ。
身体能力はすべてにおいて上回り、加えて、素手ではなく武器で攻撃してくる。
位階としても『ひとつ角』の上位とあって、スケルトンとの能力差は歴然だ。
けれど、踏み込むことをためらいはしなかった。
駆け出したのは、同時だった。
距離が詰まり、壁のような巨体が迫った。
「おおおっ!」
気合とともに薙ぎ払った剣が、骨の槍と激突する。
スケルトンをはるかに上回る膂力は、もはやただの人間ではどれだけ鍛えても辿り着けない領域にある。
これが『ひとつ角』の上位。
確かに、強い。
だが、所詮は『ひとつ角』だ。
「おおおおおおお!」
膂力と魔力を振り絞る。
押し切る。
激突の結果、体勢を崩したのは、スケルトン・ソルジャーのほうだった。
「……ぎっ」
同時に、右腕が壊れた激痛がグレイの視界を焼いた。
しかし、肉体運用にはまったく遅延はない。
くるりと回って、勢いのまま二撃目を放った。
「まだまだっ!」
時間とともに完成しつつある、邪神の契約者グレイの戦い方。
スケルトン・ソルジャーの骨の体は、無印のモノよりも格段に強靱になっているが、自分の体さえ破壊しつつ放たれる二階紋の一撃には耐えられない。
さらには、錆びた剣には魔力が乗っていた。
最近になって実用レベルに達した強化の魔法だった。
強化の魔法は単純な構造の強化というよりは、概念的なものだ。
対象によって効果は異なり、この場合は『敵対者を破壊する』という機能を強化してある。
「おおおおお!」
威力を増した一撃は、見事に骨の二の腕を打ち砕いていた。
たたみかける。
剣を持ち替えたグレイは、恐れることなくスケルトン・ソルジャーに飛びかかっていった。
***
それから、スケルトン・ソルジャーとの戦いを何度か繰り返した。
今日の目的は第二階層の環境に慣れること。
そして、敵と戦えるかどうかの小手調べだ。
結果は上々。
その手ごたえに確信する。
自分はこの階層でも十分に戦えるのだと。
「……しかし、どうにも気に喰わないのは変わらないな」
この階層そのものの話だった。
戦いに影響を及ぼすようなものではないのだが、どうにも引っ掛かる。
精神に爪を引っ掻けられているようだ。
奇妙な話ではあった。
戦うときの環境としては、視界も良ければ足場ももろくない第二層のほうが、第三層より好ましいはずなのに……。
紋章の刻まれた左腕が、妙にうずく感じがする。
そうして、歩き回っている最中のことだった。
「……これは」
ある程度の面積のある空間に行き当たった。
ここまでの無骨な通路とは少しおもむきが異なり、壁面も床もなめらかにみがきあげられている。
照明も配置に美観を考慮しているふうが感じられた。
祭室のたぐいだろうか。
中央には台座のようなものがあり、一片3メートルほどの立方体が鎮座していた。
「なんだあれ……石碑か?」
立方体の石碑はどうやら大岩から切り出したもののようで、四面に壁画が描かれていた。
彫刻をほどこしたうえに、塗料で色を付けている。
もっとも、色のほうは褪せてしまってあまり残っていない。
描かれているのは、どうやら戦いの一幕のようだった。
その一部に、妙に目を引かれた。
三つ叉の槍を持つ女だった。
正確には、壁画は女と戦っているもうひとつの陣営がメインに描かれていたのだが、目を引いたのは女のほうだった。
年月を経ても不思議と褪せていない黄金の瞳。
ひょっとして、と直感した。
ただ、もっと近づかないと、詳細は見て取れない。
自然と部屋に足を踏み入れる。
そこで、壁画に文字らしきものが刻まれているのに気付いた。
「あれは……」
ホムンクルスとして植えつけられた知識のなかには、一応、文字に関してのものがあったのだが、それでは読めなかった。
ただ、どこかで覚えがある気もした。
「なにかに似てる?」
少し考えてみて、思い出した。
「……そうだ。『封印の鬼』と行き遭った通路の」
あのときに通路に描かれていた文字と、雰囲気が似ていた。
あれは、正規ルートを守る『封印の鬼』がどこかに行ってしまうのを防ぐための魔法の文字だった。
だとすれば、ここは……?
疑問に行き着いたのと、変化が起きたのが同時だった。
「……なんだ?」
魔力の気配。
霧のようなものが部屋のなかに生まれていた。
目を凝らしたところで、乾いた足音が聞こえた。
そうして、グレイはぎょっとした。
霧のなかから、スケルトン・ソルジャーの巨体が現れたからだ。
「うわっ!?」
慌てて剣をかまえた。
精霊からの警告はなかった。
ということは、本当に……この場で、あの魔物は生み出されたということだ。
いや。悠長に考えている暇はない。
「これくらいなら……!」
即座に斬りかかった。
生み出された直後ではあったが、スケルトン・ソルジャーの戦闘力は普通となにも変わらなかった。
赤ん坊のように弱いことはないらしい。
逆にいえば、普通より強いわけでもない。
これならやれる。
強烈な槍撃を荒々しく弾き飛ばして、手足を一本ずつ砕いた。
だが、たたみかけようとしたところで部屋に変化が生まれた。
「……げ」
思わず声がもれた。
また別の位置に、霧が生まれていたからだ。
なにが起こるのかは、簡単に推測ができた。
まずい。
組み立てていた戦略はすべて破棄。
無理矢理、骸骨の頭を殴り倒した。
「……ぐっ」
振り回された槍の穂先が、ほおを大きくえぐり抜いた。
衝撃で頭が揺れる。
それでも、どうにか打ち付けた剣が骸骨の頭を砕いた。
そのときには、霧から新しいスケルトン・ソルジャーが姿を現していた。
「やっぱり……そういう仕組みかよ!」
こちらが倒すスピードより、あちらが湧くスピードのほうが速い。
このまま戦っていてはじり貧だ。
「そうと決まれば……!」
撤退だ。
スケルトン・ソルジャーがこちらに踏み出す前には、グレイはその場を離脱していた。
全速力で部屋を出る。
この判断は正しかった。
追いかけてきたのは、最後に生み出された1体だけだったからだ。
「なるほど。そういう仕組みか」
部屋から出れば、それ以上は湧かないらしい。
相手が1体なら問題ない。
返り討ちにする。
「……こういうこともあるわけだ」
魔石を拾い上げて、つぶやいた。
見たこともない仕掛けを知ることができた。
これもまたひとつの成果だった。
撤退は問題ではない。
知るべきことを知ることが大事なのだから。
焦る必要はない。
グレイは振り返って、通路を見据えた。
その先にある部屋と、観察しきれなかった壁画を思い出す。
「いずれまた……」
そのときは攻略してやると心に誓い、いまは探索を続けた。




