表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
片思いのキス~恋した冒険者ギルド受付嬢の告白  作者: かずまさこうき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/14

第11話 内省と決意

 ロイドがギルドを飛び出していった後、私はしばらくその場に座り込んでいた。床に散らばった依頼書が、まるで私の心の乱れを映しているかのようだ。

 熱を帯びた頬を両手で覆い、私は深く息を吐き出した。なぜ、あんなことをしてしまったのだろう。一体、何が私を突き動かしたのか。


 頭の中で、キスの瞬間のことが何度も繰り返される。彼の驚いた顔、唇に残る柔らかな感触、そして、逃げるように去っていった彼の背中。恥ずかしさ、後悔、そして、どうしようもない自己嫌悪が、私の心を激しく揺さぶる。


 私は受付嬢だ。それも、最古参のベテラン。冷静で、常に公平な対応を心がけ、『冒険者に恋をしてはいけない』という不文律を、誰よりも強く自分に課してきたはずなのに。

 あのモーリスの死以来、私は自分の感情に蓋をして生きてきたはずなのに。


「ルーシャさん、大丈夫?」


 背後から、心配そうなセシリアの声が聞こえた。休憩を終えて戻ってきたのだろう。私は慌てて立ち上がり、床の依頼書を拾い集めるふりをした。こんな醜態を、後輩に見られるわけにはいかない。


「ええ、大丈夫よ。ちょっと脚立からバランスを崩してしまって」


 震える声で、なんとか言い訳をひねり出す。セシリアは不審そうな顔をしていたが、それ以上は何も言わなかった。

 私がまともに顔を合わせられなかったせいもあるだろう。彼女の視線が、やけに突き刺さるように感じられた。


 その日の残りの業務は、まるで地獄だった。ロイドの顔が脳裏から離れず、彼のあの表情が私を苦しめる。


 彼は、私のことをどう思っているだろう?

 気持ち悪いと感じただろうか?

 変な女だと、軽蔑しただろうか?


 その思いが頭を巡るたび、胸に鉛が詰まったような重苦しさに襲われる。


 家に帰ってからも、その問いは私を苛み続けた。ベッドに横になっても、眠れるはずがない。天井の染みを見つめながら、私はひたすら自問自答を繰り返した。


 あのキスは、一体なんだったのか? 咄嗟の感情か? それとも、積もり積もった想いが、形になったものなのか?


 私の心は、彼に強く惹かれている。それは、もう否定しようのない事実だった。

 セシリアやステファニアにも見抜かれていたように、私の感情は隠しきれないほどに膨れ上がっていた。

 彼の笑顔を見るたび、声を聞くたび、私の心は高鳴る。彼の安全を願わずにはいられない。彼が困っていると、助けてあげたくて仕方がない。それは、先輩としての義務感だけではない、もっと個人的で、深い感情だ。


 モーリスの死以来、ずっと封印してきた「恋」という感情が、ロイドによって再び呼び起こされた。最初は、彼の純粋さに心が揺れただけだった。けれど、彼に何かを教え、彼の成長を見守るうちに、私の心は彼への愛しさで満たされていったのだ。


 あのキスは、その感情が、もう抑えきれなくなった証拠だったのだろう。無意識のうちに、私の手が、私の心が、彼を求めてしまったのだ。


「私、ロイドのことが……好きなんだ」


 声に出して、その言葉を呟いた。胸の奥にしまい込んでいた感情を、やっと言葉にできた。

 その瞬間、私の全身を、言いようのない解放感が駆け巡った。認めるのが怖かったこの感情が、再び私を絶望の淵に突き落とすのではないかと恐れていた。

 だが、もう逃れられない。そして、逃げる必要もないのだと悟った。

 もちろん、彼を困惑させてしまったこと、受付嬢としての立場を忘れてしまったことへの後悔はあった。しかし、それらを凌駕するほど、ロイドへの強い想いが私の心を支配していた。


 あのキスで、私は彼との関係を一歩進めてしまった。いや、一方的に踏み込んでしまったのだ。このまま曖昧な関係を続けることなどできない。彼に、私の本当の気持ちを伝えなければ。


 もしかしたら、彼は私のことを嫌いになってしまったかもしれない。私の衝動的な行動に、引いてしまったかもしれない。

 振られる可能性の方が、ずっと高いだろう。また、あのモーリスの時のような、胸が張り裂けそうな痛みと向き合うことになるかもしれない。その恐怖が、私の心に再び鎌首をもたげる。


 だが、あのキスの後、彼が逃げるように去っていった彼の背中を思い出した。彼は、ただ恥ずかしそうにしていただけだった。嫌悪感を露わにしたわけではない。

 もしかしたら、彼も、少しは私に何かを感じてくれているのかもしれない。そんな淡い期待が、私の心に小さな光を灯す。


 このまま、彼が私のことを誤解したままにするのは嫌だ。あのキスは、私の彼に対する本気の気持ちの表れなのだと、伝えたい。たとえ結果がどうなろうと、自分の気持ちを彼に正直に伝えなければ、私はきっと後悔するだろう。


 もう、過去の悲劇に囚われたまま、立ち止まっているわけにはいかない。私の人生は、あの日のモーリスの死で終わったわけではないのだ。私は、ロイドに出会い、再び「生きている」と実感している。この新たな感情を、私は大切にしたい。


 朝日が、カーテンの隙間から差し込み始めた。夜の闇が去り、新たな一日が始まる。私の心の中で、決意が固まっていくのを感じた。


 告白しよう。


 あのキスが、私の心を突き動かした。これは、逃げ出せない運命なのだ。

 彼が私のことをどう思っていようと、この抑えきれない想いを、正直に彼に伝えよう。例え、それがどんな結末を迎えるとしても。


 私はベッドから起き上がり、窓辺へと向かった。朝焼けに染まる空が、私の心を照らす。不安がないわけではない。恐怖がないわけではない。けれど、それ以上に、ロイドへの想いが、私の背中を強く押していた。


 決めた。


 次、彼がギルドに来たら、必ずこの気持ちを伝える。

 私の恋は、ここからが本当の始まりなのだ。


お読みいただきありがとうございます!

今後の励みになりますので、もしよろしければブックマークしていただけると幸いです。

次回の第12話「告白と回答」は明日18時頃更新です。

どうぞお楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ