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まさかミケ猫 企画・祭り関連作品集

お母さんは冬の女王

掲載日:2016/12/13

「お母さんなんか大嫌い!」


 泣いて、喚いて、怒鳴り付けた。

 お母さんはただ困った顔で首をかしげている。

 本当は分かってるくせに。


「突然どうしたの?」

「そうやって知らん顔して……お母さんの裏切り者っ!!」


 魔法学校の教科書を投げつける。

 玄関の床をダンダンと踏みつける。

 それでもお母さんは困った顔をするだけで。

 

 怒りのやり場がなくなって、目が潤んだ。


 涙なんか溢してやるもんか。

 私は急いで階段を駆け上がると、部屋の扉を思いっきり閉めた。



 部屋に近づく足音がした。

 扉の外にはお母さんがいるんだろう。


『メイナ?』

「…………」

『お母さん、春まで戻ってこれないから。帰ってきたら、怒ってる理由聞かせてね?』

「…………」

『体調、気を付けてね? 暖かくして――』

「うるさい! 早く出てって!!!」


 ダン、と扉を叩くと、声が止まる。


 しばらくして、お母さんが玄関を出ていく音が聞こえた。

 これで三ヶ月は顔を合わせずに済む。

 私はやりきれない思いをため息にした。




 お母さんは最悪の裏切り者だ。

 その事実を知ったのは、魔法学校の授業でのこと。


「子供はみな、両親どちらかの魔法を引き継いで生まれます」


 先生の説明を聞いて心が凍った。


 私のお母さんは冬の女王をやっている。

 秋の終わりになると「季節の塔」に行って、そこから三ヶ月間を塔で過ごす。お母さんの魔法で、世界は雪に閉ざされる。

 一方で、お父さんもまた氷の魔法使いだ。

 冬の間は降り積もった雪を魔法で雪だるまにして歩かせるし、夏になれば街中に大きな氷を置いてみんなの役に立っている。


 先生の話からすると、私が持ってるのは絶対に氷の魔法じゃなきゃおかしい。そうじゃなきゃ、誰かが嘘をついている。



 なのに……私が持ってるのは炎の魔法だった。




 私は部屋の鏡を見た。

 お母さんそっくりの白く透き通った髪。


『ますますお母さんに似てきたね』


 昨日までは照れ臭く聞いていた言葉が、胸に刺さる。


 こんなに似てるんだ。

 お母さんが私のお母さんだってことは間違いない。

 そして、私が炎の魔法を持ってるってことは、私の「本当のお父さん」は炎の魔法を持ってる人なんだろう。


 私だってもう10歳だ。

 それがどう言うことかってくらい、分かる。



 お母さんは、お父さんを裏切ったんだ。





 お母さんが塔に行き、一ヶ月が過ぎた。

 布団から出ると、朝の空気が肌を突き刺してくる。


「おはよう。今年の冬は特に寒いね」


 お父さんは寒そうに両手を揉みながら、心配そうな顔で「季節の塔」を眺めている。

 私はお父さんの顔を見れなくて、一緒に塔を眺めた。


「温かいポトフを作ったよ」

「うん」

「パンも焼いたし、メイナの好きな蜜柑のジャムもある」

「うん……ありがとう」


 お父さんの顔を見ずにお礼を言う。

 私は小さく息を吐く。


「それで、落ち込んでいる理由は聞かせてくれないのかい?」

「……ごめんね」


 お父さんにこそ、言えるわけがない。


 窓の外を見た。

 本当にいつもの冬より寒くて、もう雪が積もっている。

 お母さんは今何を考えてるんだろう。




 お母さんが冬の女王になったのは、私が4歳の時だった。

 その時は、どうしてお母さんが帰ってこないのか分からなくて、夜通し泣いてはお父さんを困らせたっけ。


『ほら、あの塔を見てごらん』

『とう?』

『今、お母さんはあの塔で一生懸命頑張ってるんだよ』


 何度も何度も、繰り返し聞いた言葉だ。

 私が寂しくて泣く度に、何度も。


『メイナはお母さんのこと好きかな?』

『すき……』

『そうだね、お母さんだってメイナのことが大好きで、だから塔で頑張ってるんだよ。お父さんも、そんな頑張ってるお母さんのことが大好きなんだ』

『うん……』

『お母さんが帰ってくるの、頑張って待とうね』


 春になってお母さんが帰ってきたときは、泣きながら抱きついた。お母さんもあの時は泣いてたっけ。

 一緒にごはんを食べて、お風呂に入って、同じ布団で寝て。

 1ヶ月後には私の誕生日が来て、ケーキを一緒に食べて。


 それまで普通だと思ってたことが、こんなに幸せなことだったんだって、その時に知った。

 それから一年一年を乗り越えて、ここまできたんだ。


 だから、お母さんが嘘を吐いてたなんて知りたくなかった。

 今でも信じたくない。



 お母さんが帰ってきたら、ちゃんと話を聞こう。

 私はそう心に誓った。

 だけど……



 今年は冬が終わっても、お母さんは帰ってこなかった。





 春が始まらないまま1ヶ月が過ぎようとしていた。

 街には雪が積もり、食料も底をつきはじめている。


「求む、炎の魔法使い……」


 お城の前に貼られた、王さまからのお触書。

 それを読んで、私の頭は真っ白になった。


『求む、炎の魔法使い。

 厳しい冬が終わらず、街は雪に埋もれている。

 春の女王の季節が始まらねば、全ての命は絶えるだろう。

 集え、冬を終わらせるために。

 炎の魔法使いよ、季節の塔に集うのだ』


 お母さんが危ない……!

 私は慌てて走り出した。



 冬の女王が出てこない。

 お母さんが帰ってこない。

 塔に閉じ籠ったまま。

 どうして出てこないの?


『お母さんなんか大嫌い!』


 そんな。

 まさか、私のせい?

 私がお母さんに、酷いことを言ったから?


 私は走った。

 息が切れて、脇腹を押さえた。


 少し立ち止まって、大きく息を吸う。

 また走った。

 肺に冷たい空気が入る。


『冬を終わらせるために。

 炎の魔法使いよ、季節の塔に集うのだ』


 嫌だ。

 嫌だ。

 私のせいで、お母さんが殺されちゃう……!


『体調、気を付けてね? 暖かくして――』

『うるさい! 早く出てって!!!』


 嫌だ。

 嫌だよ。

 あんなのが最後の会話だなんて。



 私は走った。

 泣きながら走った。

 走って転んで擦りむいて。

 それでも全力で走り続けた。





 ボロボロになって「季節の塔」にたどり着く頃には、あたりは薄暗くなっていた。

 塔には何人かの大人が忙しそうに出入りしている。


「はぁはぁ……っはぁはぁ……」


 もしかして、もう手遅れ……?

 半分泣きそうになりながら、足を引きずって塔に向かう。


 と、そこで知っている声が私を呼んだ。


「メイナちゃん?」

「はぁはぁ……あれ、ナターシャ、さん?」


 お母さんの同僚のナターシャさんだ。

 同僚と言っても、女王の仕事じゃない。

 お母さんが春から秋の間働いている、国立魔法研究院の人。

 うちに泊まりで遊びに来たこともある。


 どうしてナターシャさんがここに?

 と聞く間もなかった。

 ナターシャさんは私の肩をガシッと掴む。


「メイナちゃん、もしかして炎の魔法使える?」

「……え、えっと」

「答えて、大事なことなの」

「は、はい……使えます」

「――よっし来た!!!」

「え?」


 どういうこと?

 理解するための時間も説明もなく、ナターシャさんは私を肩に担いで塔へと走って行った。

 米俵のように担がれた。

 私、一応乙女なのに。




 塔の最上階。

 何十人もの炎の魔法使いが、円形に座り込んでいる。

 中心には「季節の宝珠」、そして――


「お母……さん?」


 頬が痩けて、髪がボサボサで。

 普段ののんびりした印象とはまるで違う。

 ボロボロの冬の女王がいた。


 女王は宝珠に向かって全力で魔法力を注いでいる。


「メイナ……」

「お母さん」


 お母さんは私をちらっと見ると、口角を少し上げる。

 それで笑ってるつもり?

 全然笑えてないよ。


 笑えないよ。


「メイナ、誕生日、おめでと」

「お母さん……」

「ごめん、帰れなくて」

「そんなの……!」


 そんなの何でもない。

 何でもないよ。

 お母さんは、こんなボロボロになって頑張って。

 私は……



「はいはい、感動の再会は後にして」

「ナターシャさん?」

「メイナちゃん、お母さんの魔法波動、感じ取れる?」

「……たぶん」

「お母さんと波長を合わせて、共鳴させるの」

「うん……やってみる」



 私は目を閉じる。

 そして、周りの魔法を肌で感じる。


 お母さんの魔法はすぐにわかった。

 暖かくて、安心して、いつまでも触れていたい。

 赤ちゃんの頃から慣れ親しんだ波動。


 私の魔法とよく似た波動。


「なーんだ……」

「メイナちゃん?」

「ううん。お母さんも炎の魔法使い(・・・・・・)だったんだなーって」

「え? そりゃ、冬の女王(・・・・)だもの」


 なーんだ。

 私って本当におバカだなぁ。

 はじめから、無知な私の誤解だったんだ。


 私の魔法とお母さんの魔法が共鳴する。

 宝珠の光が段々大きくなっていく。


 他の人にとっては、お母さんの波動に合わせるのは難しいのだろう。

 だから思うように増幅できなかった。

 けど私なら。

 実の娘である私なら。



「お母さん」

「……メイナ?」

「大好きだよ」

「ふふ……」



 お母さんの顔にほんの少し精気が戻る。

 よかった。

 少しだけ安心した。


 さぁ、もう終わりにしよう。


 早く帰って、お母さんにいっぱい謝らなきゃ。

 お父さんも心配そうに待ってる。

 それで、みんなでケーキを食べるんだ。

 忘れてたけど、私今日誕生日だし。



 次の季節に進む時だ。

 冬よ、終われ。



 フワッ。

 お母さんの魔法と一つになる。

 宝珠がまばゆく光って、部屋を照らす。



 塔の窓から暖かい風が吹き込んできた。


「はぁ、さすが母娘」


 ナターシャさんが感心半分、呆れ半分のような声で呟く。

 それを聞いて緊張の糸が切れた私は、座り込んで意識を失うのだった。






 冬を終わらせてしばらく。

 命の魔法を使う「春の女王様」と交代して、お母さんが帰ってきた。


「冬の女王は、寒い冬を暖める炎の結界を張る仕事よ」

「知らなかった……」


 本当の冬は、もっと寒くて厳しいものらしい。

 それこそ、街が全部雪に埋もれちゃうくらい。

 冬の女王は、炎の魔法でみんなを守ってるんだってさ。


 今年の冬はすごく厳しくて、お母さんもギリギリのところで踏ん張ってたみたい。


「学校で習うっていうか、お母さんの仕事なんたけど」

「うぅ……」

「早とちりね、ちゃんと言ってくれれば――」


 いっぱい甘えて、謝って。

 ジト目で見られながら、アハハと笑って。


 はぁ、やっちゃったなぁ。


「まったくもう、こんなトコまで私に似なくてもいいのに」

「……え?」


 お母さんがボソッと呟いた言葉に、お父さんが吹き出す。

 お父さんは私の頭をポンポンと叩きながら説明する。


「お母さんも子供の頃、メイナと全く同じ誤解をして家出したことがあるんだ」

「え、ほんと?」

「お父さんも街中を探し回ってね……あれは寒い冬だったなぁ」


 顔を真っ赤にして頬を膨らませるお母さん。

 お父さんは苦笑いを浮かべて頬を掻いている。


 なーんだ、そうだったんだ。

 私はなんだかお腹が空いちゃって、お母さんが焼いたパンに手を伸ばした。




 この国には、春・夏・秋・冬、それぞれの季節を司る女王様がいます。女王様たちは決められた期間、交替で塔に住むことになっています。


 春の女王様は命の魔法使い。

 荒れた大地に新しい命を芽吹かせます。


 夏の女王様は氷の魔法使い。

 灼熱の砂風を柔らかくして、皆が暮らせるようにします。


 秋の女王様は嵐の魔法使い。

 風を呼び、雨を呼び、大地に実りをもたらします。


 そして冬の女王様。

 冬の女王様は炎の魔法使い。

 冷たい空気を暖めて、優しく街を包み込みます。

 毎年冬が来ると、一生懸命皆のことを守っています。


 冬の間は寂しいけれど、そんな時は塔を見ます。

 頑張れって念じれば、きっと届くと思うから。



 皆のために、私のために、一生懸命頑張ってる。

 そんなお母さんのことが、私は大好きです。


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