第28話
数が多い。
それがデニスにとって最大で最悪の誤算だった。
バスに乗り込んだ者達はデニスの期待以上の働きをしている。
順調。そう思ったデニスを嘲笑うようにぞろぞろと大量のバイクが四方八方から現れてきた。
最高時速20キロのバイクで逃げ切れるわけもない。
それでも、向かってくるバイクを銃撃で何とか食い止めていたが、あまりにも数が多かった。
「クソッ!ゴキブリとゾンビみたいに湧いてきやがる!」
そうデニスが愚痴りたくのも無理はない。
対応しきれないバイクに次第にバスは囲まれていき、遂にはバイクからの攻撃が始まる。
バイクはバスと並走し始めると持っている銃を器用にもバイクに乗ったまま向けてきた。
「ふ、伏せろ!」
誰かが叫び声が響き、それにつられて何人かが実際に伏せているが銃弾を防げるような物はバス内にはないため、その行動は全くの無意味だ。
バスの中という逃げ場がない空間に固まっているところを全方位からの攻撃に襲われたら成す術もない。
「ひ、1人やられた!」
「いや、1人どころじゃないだろ!」
「撃て撃て!撃ち返せ!」
「クソッタレがぁ!皆殺しにしッ、ガァ!」
「また死んだぞ!」
次から次へと仲間が死んでいき、バス内の至るところから悲鳴と断末魔が響き渡る。
だが、それでも諦める者は居らず、必死の抵抗が続いた。
デニスが最も危惧していた戦意喪失する様子は見受けられない。
だが、デニスの表情は優れず、苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
(だ、ダメだ………流石に多すぎる。これは、勝ち目がない)
仲間の戦意喪失を恐れたデニス自身の心が折れかけている。
そんなデニスの様子を知らずに仲間達は雄叫びを上げ、どんどんと仲間が死んでいく中で戦い続けていた。
そんな中、1台のバイクが並走せずにスピードを上げて、バスの先頭の方に向かって行くのがデニスの目に入った。
「ッウ、マズい!あいつを止めろ!」
デニス以外の者は気にも止めない行動だが、デニスは焦りから情けない声で叫ぶ。
だが、遅い。バスの前に躍り出たバイクは情け容赦なくバスの運転席に向けて銃弾を撃ち込む。
その瞬間、バスが大きくハンドルを切ったように急カーブをする。
デニス達から運転席を見ることはできないが、運転手は銃撃によりその命を落とし、ハンドルを握ったまま倒れてしまったのだ。
元運転手の死体がアクセルを踏みっぱなしで死んでいるため、バスは止まることはなくあらぬ方向に進み続ける。
その影響でバスがルートから大きく外れ、誰かが改めてハンドルを握らない限り牧場の脱出などできるわけがない。
問題は運転席に座るためには一度バスを降りる必要があることだ。
早くないとはいえ走行中のバスから飛び降り、さらに襲いかかってくるであろうバイクを掻い潜り運転席まで全速力で走らなければならない。
だが、そんな危険な役割を引き受ける者などいなかった。
誰かがやらなければいけないのは感づいているが誰もやりだからない。
士気を高めたとはいえ、最低限の戦えるレベルまで高めただけで、率先して死地に飛び込もうとする者は皆無だ。
このような状況でデニスは何らかの対策を立てるべきなのだが、デニスは悔しそうに歯を噛み締めるだけでなにもしない。
想定していたよりも大幅に多いバイクの数にデニスはもう勝ち目がないと判断してしまったのだ。
終わった。
デニスはそう呟きかけるが、デニスの視界に入るように現れた一人の男によってそれは阻止された。
「俺が行く!」
男は目の前に現れるなり力強くそう言った。
デニスは突然の申し出にポカーンとするのみで、そんなデニスに男は捲し立てるように言葉を続ける。
「デニスさん、あなたは団結しなければ勝てる戦いも勝てないって言いましたよね?
団結。何故こんな簡単な考えを俺は見落としていたんだろう?
妻の件はともかく牧場は同じ思いの仲間がいるのに、なぜ?
単純な話、個人の力で無理なら仲間を集めればいい」
「………何、言ってんだ?」
「デニスさんには俺が何言ってるからわからないと思います。
俺が勝手に吹っ切れただけなんで、わかるわけがない。
ただ、デニスさんに俺は命ある限り諦めないとだけは言っておきます」
「そ、そうか………それはどうも」
「俺は諦めない。そう約束したんだ。
ここで諦らめたらダグラスにも妻にも顔向けできない」
男はそれだけ言うと窓際に近寄り、窓から外に身を乗り出した。
デニスには男の言った事をほとんど理解できなかったし、男もわかった上で話していただろう。
男は伝えたいことはなく、今の行動はただの自己満足であろう。
だが、デニスに思う事がないわけではない。
「名前は?」
今まさにバスから飛び降りようとしている男にデニスがそう尋ねると男はポカンとした表情で見返してきた。
「………ジャックだ」
「そうか、ありがとう」
デニスがそう言って笑うと、ジャックはポカンとした表情にさらに目を丸くさせた。
だがそれは一瞬ですぐにジャックもデニスと同じく笑顔を作る。
「行ってくる」
それだけ言うとジャックは走行中のバスから飛び出した。
ジャックは地面に受け身をとりながら着地、少しもたつきながらも素早く体勢を立て直し、バスの前方に向けて全力で走り始める。
だが、突然バスを飛び降りたジャックをバイクが放っておくわけがなく、近くにいたバイクが銃を向ける。
「総員!ジャックを援護しろ!」
デニスがジャックを狙うバイクを優先的に攻撃をしながら叫ぶと、その命令を待っていたかの如くバスに乗っている者達はジャックの援護する。
「ジャック!急いでくれ、そう長くはもたないぞ!」
ジャックを一斉に襲いかかるバイクをバスから徹底的に攻撃していくが、想像を大きく上回る数のバイクに手こずっていた。
だが、ジャックの足が早いのかデニスが想定していたよりも早く運転席の元まで辿り着いたジャックの姿にデニスが胸を撫で下ろす。
後は飛び乗るだけ。
その安心感が生み出した僅かの油断をつき、1台のバイクがバスからの攻撃を免れバスの先頭付近に迫って行った。
他のバイクより外側を回り込むように動くことにより、気付くのを遅らせたようだ。
「ッ、マズい!」
デニスが忌々しげに銃を前に向かったバイクに向けると、その射線に割り込むように別のバイクが現れる。
「邪魔だ、どけ!」
デニスが盾になっている割り込んだバイクを撃つが、それによりできた時間はバイクがジャックの横まで進み出て、銃をジャックに向けるには充分な時間だった。
間に合わない。
そう思ったデニスだったが、突然に前に進み出たバイクが、まるで何かとぶっつかったかのように激しく転倒した。
何の脈絡もなく起きたバイクの転倒にデニスは驚くが、その隙にジャックは運転席に飛び乗る。
デニスはジャックが運転席に乗り込んだことを確認すると、転倒したバイクの方に視線を向けるとあることに気が付いた。
転倒したバイクの側にバイクの運転手とは別の人影が倒れている。
デニスがその人影を観察し、それがゾンビであることに気が付いた。
どうやら、バイクはジャックに注意を払ったことにより、前方のゾンビに気が付かずに正面から突っ込んでしまったようだ。
ゾンビとはいえ、人と同じ大きさの二足歩行する生き物に正面からバイクで突っ込めばかなりの衝撃をうける。
その衝撃によりバイクは転倒したのだろう。
運が良かった。
デニスがそう結論づけると同時に急に嫌な予感がし、慌てて周囲を見渡す。
バイクに夢中で気が付かなかったが、周囲にはゾンビと思わしき人影が多くある。
牧場内にゾンビがいることは何も不自然なことではないが、問題はその数だ。
西に近づけば近づく程、ゾンビの数が増えることはわかっていたが、それを考慮にいれてもゾンビの数が多い。
これでは、出口付近はゾンビが少ないというデニスの推測が怪しくなってくる。
「………ゾンビもバイクも…俺の都合のいいように考えていたのか」
デニスが自分が無意識の内に物事を良い方に考えていたことにようやく気が付いたが、既に後戻りはできない段階まで進んでいた。




