deta,88:オリジナルの人間
それから一ヵ月後――。
エレイン・ローレンスは骨折が回復し、退院することになった。
ノックアウト遺伝子注射のおかげで、どうやらすっかり怪力は失われたが記憶は回復することはなかった。
エレインも過去に拘らず未来に目を向けて生きると言っていたが、以前のような喜怒哀楽豊かな性格も失われて、無感情な人間になってしまっていた。
退院後のエレインは、最初は教会に住まわせる案も出たが、用心深いラフィン=ジーン・ダルタニアスによって氷室遊弥が保護者になることを本人も同意し、引き取ることに決まった。
学校は双葉学園中等部に通うことになった。
悠貴美誠と同じ学校だ。
セレア・メイランドは教会を出て、水沢堂魁の住む団地で同棲生活を送ることになった。
美誠も後数日で夏休みが終わり、二学期が始まる。
勿論、このセントティべウス教会から、ラフィンの送迎での登下校となる。
セレアが魁の住居へ引っ越す前の晩のこと。
夕食も済ませ、美誠と魁とセレアがリビングのソファーでくつろいでいる中、ラフィンがその輪に加わってから静かに口を開いた。
「皆さんに、聞いて欲しい話があります」
これにふと空気が変わり、三人は一斉にラフィンへと視線を向ける。
「何よ改まって」
「何かしら? ラフィン兄さん」
「どうしたんだ?」
魁、セレア、美誠の順で訊ねる。
暫しの沈黙の後、ラフィンはヒュッと息を吸って口を開いた。
「もうすっかり私のクローンとの戦いもなくなって落ち着いた今、話しておきたいのです。率直に言います。実は私は、クローン成功体ではないのです」
彼の言葉に、三人は耳を疑った。
ラフィンの元となったオリジナルの人間の名は、アルフレド・ブロンソン。59歳。
「日に日にお前は、私とそっくりに成長していくな。ラフィン」
「そりゃあそうだよ。だって父さんのクローンなんだから。僕は」
当時18歳のラフィンは、アルフレドの自宅のリビングでくつろぎながら言った。
アルフレドはワイングラスを片手に、暖炉の火を見つめていたがゆっくりと口を開く。
「ラフィン。お前に嘘を吐いていることがある」
「……嘘を?」
ラフィンが読んでいた本から顔を上げる。
「私は地位と名声が欲しくて……お前は勿論、周囲をも騙した」
「……父さん?」
「そのせいでラフィン、お前を引き渡せとオスリン研究所本部から命令を受けた。成功体であるお前を参考にする為、実験材料にする必要があるからだ。しかしそれは、お前にとって苦痛の毎日になる。もしかしたら、死ぬかも知れないくらいに。ラフィン。私はお前を死なせたくはない。確かにお前をクローンとして誕生させたが、私にとってお前は大事な一人息子だ」
「何が言いたいのか、よく分からないよ父さん」
「お前が唯一の、世界で最初の人間としてのクローン成功体だと言ったが――正確には違う」
「え……?」
「実はお前は精巧に創った……“失敗作”なんだ」
「……!!」
ラフィンは驚愕のあまり、手に持っていた本を床に落としてしまった。
「僕が……失敗作……!? でも僕は他の失敗作にあるような欠陥や過剰発達も何もない、ごくごく普通の“ヒト”とは何も変わらないじゃないか」
「ああ、そうだ。お前はごく普通の人間だ。だからこそ私はお前に、私が知り得る知識を今まで与えてきた。いつの日かそれが、今後の人生に役立てられるように」
「一体、どういう意味……!?」
「お前が欠落している“失敗作”の理由はな……寿命だ」
「寿、命……!?」
「そうだ。お前は普通の人間のような長生きが出来ない……つまり、“短命”なのだ」
「短命……」
「だから、周囲からお前は“失敗作”だとは気付かれることなく、“成功体”として扱われたのだ」
「そん、な……」
「だからラフィン。お前は自分の人生を自由に好きに生きて欲しい。“人間”として。クローン成功体の理由で本部から実験材料にされることなく」
「父さん……じゃあ僕は一体、いくつまで――」
その時、玄関のドアを叩く者が現れた。
「ブロンソン! No.A-Sを引き渡せ!!」
「連中が来た! 逃げろラフィン! 絶対に本部から捕まるな!!」
「父さん……!!」
するとドアが破られ、本部の人間がなだれ込んで来た。
咄嗟にアルフレドは銃を構える。
「逃げるんだラフィン! どこまでも!!」
「父さん!!」
直後、銃声とともにアルフレドが倒れる。
しかしアルフレドは最後の力を振り絞ってラフィンへと告げた。
「生きろラフィン……人生を精一杯……生き抜くんだラフィン……!!」
しかし無情にも、更なる銃撃がアルフレドのとどめを刺した。
「No.A-Sを捕らえろ!」
「く……っ!!」
ラフィンは、アルフレドがリビングのテーブルに置いていたUSBを取り上げると、窓から外へと脱兎の如く逃げ出した……。
こうして世界各国での長い放浪生活が始まり日本にて、魁に拾われたのであった。




