deta,86:あの人Sかも知んない
――数日後、病院にて。
「はぁい遊ちゃん。お疲れ。交代よ」
水沢堂魁が病室に入って、氷室遊弥に声を掛ける。
「何か特別な変化はあったかしらエレイン?」
魁に声を掛けられて、エレイン・ローレンスは無言のまま頭を横に振る。
「俺から話しかけられない限りは、ただずっとひたすら無言でした。それ以外は眠っていたくらい」
遊弥がエレインの代わりに答える。
「そういや遊ちゃん。ラフィンが、帰る前にセントティべウス教会へ寄って訪ねて来てくれ、だって」
魁と一緒に来た悠貴美誠が声を掛ける。
「ダルタニアスさんが? 一体何だろう?」
「ここ」
キョトンとする遊弥に、美誠が二の腕を指差した。
「入ってるの、ラフィンが取り除いてくれるってさ。病院の医者ばかりに頼んでいたら、いよいよ怪しまれるだろうからって」
「確かにそうね。セレアとエレインの時も言い訳大変だったから。三人目まで出現すると、万が一にも警察に通報されかねないわ」
クローン体が生まれた時に、腕に埋め込まれるICチップ。
これが体内にある限り、英国本部から居場所を特定されてしまうのだ。
手首にバーコードの刻印は残るが、これはそれらの関係者が側にいない限り別にあっても問題はない代物なので、重要視はしなかった。
「成る程。そういうことなら分かったっス。じゃあ、後は頼みます」
そう言って病室を出て行こうとした遊弥を、もれなく一緒に来たセレア・メイランドが呼び止めた。
「遊弥君」
「あ、はい」
「あなたがラフィン兄さんの味方になってくれて助かったわ。いろいろと本当にありがとう」
「感謝するのは俺の方っスよ。セレアさん。ダルタニアスさんのおかげで、俺の超聴覚をコントロール出来るようになったんだから。ただ、セレアさんが義妹だったのは超驚きだったけど」
そう不敵な笑みを浮かべて、颯爽と遊弥は病室を出て行った。
――が、今度は慌てふためきながら遊弥が戻って来た。
「――って、あれ!? セレアさん病気は!? 太陽光浴びて大丈夫なんスか!?」
「今頃!?」
美誠がつっこみを入れる。
これにセレアはクスクス笑ってから、首肯した。
「ラフィン兄さんからウイルスベクターの注射を打ってもらったら、忽ち太陽なんかへっちゃらになれたわ」
「はぁ~……ダルタニアスさんって……不可能ないんスね」
「ラフィン兄さんのオリジナルが、彼に徹底的に自分の知識を教えてたもの」
「セレア、そういうの知ってたのか?」
「ええ。目の前で見てたから」
美誠に訊ねられ、セレアは笑顔で首肯する。
「だったら余計に安心だ。んじゃ、教会寄って帰りま~す!」
そう言い残して改めて、遊弥は病室を後にした。
遊弥が出て行ってから、ふと刹那病室内が静まり返る。
エレインは、一切の感情を出すことなくただ、上半身を起こした状態でボーッとしていた。
「おはようエレイン」
セレアがそっと声を掛ける。
しかしエレインは、彼女を一瞥したのみで返事をすることはなかった。
「エレイン、おはようさん!」
今度は美誠が彼女に声を掛ける。
これにエレインは美誠に視線を向けると、ジィッと見つめてきた。
「……エレイン? まさか俺が、分かる、のか……?」
美誠はおそるおそる訊ねる。
だがエレインは、頭を横に振った。
「分からないし、あなたなんて知らない」
素っ気なく、冷たい言い方だったが、少しの間を置いてエレインは言葉を続けた。
「でもどうしてか、あなたと接すると……ここが、ポカポカする」
エレインは言うと、胸元に両手を当てるが、同時に涙も零していた。
これに美誠とセレアはギョッとする。
「ど、どうかしたかエレイン!?」
「ポカポカするけど、とても悲しい……ポカポカ」
動揺する美誠へ、エレインは俯いて呟くように述べた。
「何も無理して思い出す必要はないわよ。寧ろ過去よりも、未来に目を向けたらどう?」
魁の言葉に、しばらく黙考してからエレインは、コクリと頷いた。
一方、数時間後。
遊弥の住むマンションの一室にて。
「なぁ遊くん、そないに泣いて、どないしたん……?」
「悠貴さんの彼氏さんに腕、手術してもらったんだけど、あの人Sかも知んない……痛いのヤだから麻酔打ってって頼んだのに、いきなりメスでザクッてぇ~!」
「美誠の彼氏って、医療免許持ってはんのん!?」
「うん、そこは問題じゃないんだ。傷口糸で縫う時もチクチクチクーってぇ~!! すっごく痛かったよぉ~!! 怖かったよぉ~!!」
「ハァ……そないなことが……」
泣きむせぶ遊弥に、恋人の藤井梓はドン引きしていた……。




