deta,83:それだけ覚えてくれればいいわ
エレイン・ローレンスの生存に、警戒を色濃くするラフィン=ジーン・ダルタニアス。
悠貴美誠の方は、複雑な表情で感情を暗くする。
「実はあたしがセレアを連れて脱出しようとした時、あの子が足元に転がってたの。念の為、呼吸と心音を確認したら、まだ生きていたからそのままあたしが助けて、病院へと運んだのよ。その見張り役を遊ちゃんに頼んだの」
「それで、氷室君からの連絡は何ですって?」
ラフィンが水沢堂魁へと慎重に訊ねる。
「今までずっと昏睡状態だったんだけど、ついさっき意識を取り戻したって。もしそこでエレインが暴走するようだったら、溶解銃で始末するしかないって遊ちゃんには頼んでおいたけど……どうやら記憶喪失になっているらしいわ」
「記憶喪失……!?」
美誠とセレア・メイランドが同時に言葉を発して、はっとした様子でお互い見つめあう。
「それで、怪力の能力の方は……!?」
セレアが半ば焦った様子で、魁へと訊ねる。
「それは、今から病院に行ってみないと判らないわね……」
「行ってみましょう。美誠、あなたはどう致しますか?」
ラフィンの言葉に、美誠は首肯して答えた。
「ああ。俺も行ってみるよ」
そうしてソファーから立ち上がる美誠とラフィンを確認してから、魁も立ち上がりつつ素早く口にした。
「そうそう。セレアとエレインの腕に埋め込まれていたICチップは、病院で取り除いてもらったから」
これに、ラフィンが一瞬動きを止める。
「あんたは勿論のこと、この子達も本部から追われている立場なら、そうしても問題ないでしょう?」
「ええ……ありがとうございます水沢」
「礼なんて要らないわよ。さ、行きましょう」
こうして改めて四人は、それぞれの車でエレインが入院している病院へと向かった。
病院の面会時間は本来、20時までだが身内のみ22時まで許された。
エレインが入院している病室は個室になっていて、氷室遊弥は病室のソファーに座っていた。
「あなたは一体、誰なの……?」
意識を取り戻してからしばらくの間、リクライニング型のベッドにぼんやりとした状態で上半身を起こし背を預けていたエレインは、ふと遊弥へと消え入りそうな声をかけてきた。
「おじょ……いや、エレイン、本当に何も分からない……の?」
「……エレイン……? ――ええ」
「じゃあ試しに、俺と握手しようか」
遊弥は言いながら立ち上がると、彼女のベッドへと歩み寄る。
「……?」
エレインは怪訝な表情を浮かべたが、差し出された遊弥の手を、そっと握り返した。
「……本当に、何も覚えていないんだな……」
遊弥はそう言って、確信する。
エレインは本来、極度の男性恐怖症だからだ。
意識を取り戻した際、担当の男性医師がエレインの記憶状態を確認した時も、特別恐怖心を露わにしなかった。
男性恐怖症が治ったと思えば、いっそうこのままの方がいいのではと遊弥は思った。
ドアがノックされ、遊弥が返事をすると美誠達が入室してきた。
「水沢堂さん、悠貴さん、ダルタニアスさん、姫……いや、セレアさん」
遊弥はそれぞれの名を口にする。
彼がエレインのベッドサイドに立っていることに、四人とも怪訝な様子を見せる。
「記憶喪失のせいで、恐怖症も消えているみたいっス」
遊弥が答える。
「そう……その方がいいわ」
セレアがそっと言葉を返す。
「エレイン……私が判る?」
「……いいえ」
セレアからの問いかけに、エレインは素っ気なく返した。
次に美誠が前に進み出る。
「エレイン……俺のことも、判らないか?」
「……分からない」
やはり素っ気ない返事をするエレインは、特別記憶を取り戻そうという努力をしている様子が、全く見られなかった。
「そもそもあなたが“エレイン”であることは、どうですか?」
ラフィンの問いかけに、相変わらずエレインは首を横に振って素っ気なく答える。
「あたしが“エレイン”であることも、分からない」
よくよく観察してみると、エレインは表情すらも乏しくなっていることに気付く。
「つまり自分が誰で何者であるのかさえも、もう分からないのね?」
魁に訊ねられ、エレインはコクリと一つ、頷く。
「ええ。分からない」
これにエレイン以外のみんなは、それぞれ顔を見合わせる。
「とりあえずあなたの名前は、エレイン・ローレンス。それだけを覚えてくれればいいわ」
セレアが静かな口調でエレインへと伝える。
「エレイン・ローレンス……」
エレインは小さくオウム返しをする。
問題は、“怪力”の方がどうなっているのかだった。




