deta,74:私が代わりに用件を承ります
氷室遊弥は、耳を澄ませて周囲に聴覚を張り巡らせた。
ヒュウヒュウという音――違う、風だ。
ザワザワという音――違う、木の葉だ。
ツーという音――通電の音だ。
ゴソゴソ……。
「!?」
ズッズッ、んーっ、んーっ、ヒュー、ヒュー……。
「!!」
遊弥は一瞬顔を顰めたが、すぐに表情を戻すと平然とした様子で、研究員の柴田へと声をかけた。
「柴田さん、今日はもう帰っていいっスよ」
「あら、でもセレアちゃん達のご飯を……」
「任せてくださいっス! たまには俺がやっときます! こう見えても料理男子なんスよ俺!」
「そ~ぉ? じゃあ、任せるわね。いつか遊弥君お手製の料理、食べさせて頂戴ね」
「ウマすぎてホッペ落っこちるっスよー!」
「まぁ、期待してるわよ!」
こうして体よく研究員の柴田を帰らせると、懐中電灯を手にして更に地下にある牢屋の方へと下りて行く遊弥。
ここの牢屋は大型の研究生物を入れる為に、作られたものだ。
しかしもう、長いこと使用していない。
だが近付くにつれ、確かに何らかの気配を感じるのが強くなっていく。
「んーっ、んーっ! ヒューッ、ヒューッ……!!」
人……の声と呼吸音……?
続いてガンガンと鉄格子を、何らかで打ち付ける音が響く。
やっぱり人か? それとも生物……?
遊弥は牢獄室の中に足を踏み入れると、真っ直ぐに伸びる通路を懐中電灯で照らす。
するとその明かりに反応して、騒ぎ立てる生き物。
「んんんんーっ! んんんんーっ!」
ガンガンガンガン!!
人だ。人間の反応だ!
遊弥は早足に三つあるうちの奥の牢屋へと突き進む。
ここは長いこと使用していない為、電気を通していないのだ。
ようやく奥の牢獄に辿り着くと、その中へと懐中電灯を向けた。
そこには、悠貴美誠が両手両足を縛られ、猿ぐつわを噛まされた状態で捕まっていた。
「悠貴さん!」
「んんんー!(遊ちゃん!)」
「うちの鮫島に捕まったんスね!?」
牢内で横へと倒れた状態でコクコクコクと美誠は必死に、首を縦に振る。
「困ったな……鮫島さんに黙って逃がそうにも、鍵がないし……」
「んんんーっ!!」
「待って落ち着いて! 興奮すると余計呼吸困難に……、あ」
「ん?」
「こっちに来れる? 後頭部こっち向けて。猿ぐつわだけでも僕が取ってあげるから」
「んん、んん!」
大きく頷いてから起き上がると、縛られた両足で必死に鉄格子へと身を寄せて美誠は、遊弥に背を向ける。
遊弥は牢内へと鉄格子の間から手を突っ込むと、後頭部にある結び目を解いた。
「プハーッ! っくそ! あの鮫野郎っっ!! よくも!!」
猿ぐつわから開放されて大きく息をした美誠は、怒りを露わにした。
「水沢堂さんとダルタニアスさんも、悠貴さんを探してる。電話するね」
「ああ、頼む! ちなみに遊ちゃん、刃物か何かでこの縄も解けねぇ?」
「……ああ! 確かにそうだね。慌てちゃったから気付かなかったよ」
遊弥はチョロッと舌を出すと、ポケットから小型ナイフを取り出した。
「……本当に持ってるとは思わなかったよ……ナイフ」
呆然とする美誠に、遊弥は軽く笑う。
「鮫島さんは銃を持ってるけど、僕の場合はナイフだけなんだ。俺ってもしかしたらあの人に信用されていないのかなー」
「現に二重スパイだし」
「まぁね♪」
そうして遊弥は美誠の縄をナイフで切り落とす。
「あー! キツかった! 肩痛ぇ! 後ろ手に縛られてたから」
「じゃあ、電話するよ?」
「おう!」
遊弥は魁のスマホに発信する。
ワンコールもしないうちに、すぐさま電話が繋がる。
「あ、もしもし水沢堂さん――」
『水沢は運転中の為、私が代わりに用件を承ります。氷室さん』
「ハッ! ま、まさかダッ、ダルタニアスさん……スか!?」
『はい、そうです』
「あ、今ライフサイエンスにいるんですが、そこに――」
「ラフィーン!!」
『美誠!? 美誠がそこにいるのですね!?』
「はい、今電話を――あ、TV電話にしますね」
言うと遊弥はTV電話に切り替えて、美誠にスマホを渡す。
『美誠! 無事ですか!?』
スマホの画面に心配そうなラフィンの顔が映し出される。
同時にラフィン側のスマホにも、美誠の元気そうな顔が映し出された。
しかし画面で見る限り、どうも周囲が薄暗い。
すると美誠が返答がてら手短に説明する。
『遊ちゃんのおかげで、何とかな! でも、牢屋に閉じ込められて出られねぇんだ。遊ちゃんも鍵を持っていないって言うし……』
「……氷室君に代わってください」
ラフィンの言葉に、美誠はスマホを持ち主に返したようだった。
『はい、代わりました』
「氷室君、彼女に頼んでください」
『……彼女、ですか??』
「エレイン・ローレンスの力で、牢を壊すのです」
『――エレイン!?』
これに遊弥と共に、美誠も口を揃えて彼女の名を唱えた。




