deta,73:あなたの存在、売れていますね
「おやおやこれはこれは。品のいい兄ちゃんと姉ちゃんが出てきたな。ウケケケケ!!」
どうやらラフィン=ジーン・ダルタニアスのことを女だと勘違いしているようだ。
「任せて。ここはあたしの世界よ」
「でしょうね」
水沢堂魁はツカツカと車の前に倒れている男の側に歩み寄る。
そんな彼に絡んできた男が、更に喚き声を上げる。
「何ブツブツ言ってやがんだコルァ!! どーすんだよコイツ!! 死んじまったかも知れねぇぞ!? 責任取ってもらわんとな――!?」
「――ゥラァッ!!」
絡んできた男を他所に、突然魁は倒れている男の腹を力の限り蹴り上げた。
蹴られた、死んだ筈の男がもんどりうって、もがき始める。
「ん、大丈夫。生きてるみたいね♪」
魁はケロッとした様子で言うと、ニッコリと笑顔を浮かべる。
これに逆上する、絡んできた男。
「――ぬぅわぁーにをやっとんじゃおんどりゃーっっ!! 怪我人を蹴り上げる奴があるかーっ!!」
「あらだって、死んだかもってあんたが言うから、確認を」
とぼけた表情で答える魁。
「今の蹴りで更に怪我が増えたなぁ!? いや、絶対増えたウン間違いねぇよ! おお!? 慰謝料払ってもらわんとなぁ!?」
怒鳴ってくる男に、魁は悠然と訊ねる。
「保険、入ってる?」
「あぁん!?」
「保険よ保険」
「お、おお! 勿論入って――!?」
「ッシャアッ!!」
男の言葉が終わらないうちに、魁は再び先程の男を力の限り踏みつけにする。
「えぇぇえーっっ!!?」
愕然とする男。
「保険入ってるなら怪我は多い方がいいで、しょいいぃぃーっ!!」
言いながら再び魁は、倒れている男の顔をサッカーボールよろしく、足の側面で蹴り込む。
「クッソ! てめぇ何やってくれてんだ! この女がどうなっても――!?」
男は魁の行いに、ラフィンの手首をグイと掴んだ。
が同時に男の視界は、天と地がひっくり返った。
ラフィンが手首を軸に男の足を払って、一回転させて地面に叩き付けたのだ。
うつ伏せに着地する男は、腹を打ってもがく。
「ウグッ!! ――な……っ!!」
はと気付いた時には、男の眼球すれすれに鋭く尖った物が、あてがわれていた。
これだけ地上は散らかっているのだ。
すっかり錆びた釘も適当に落ちているのを、ラフィンが拾っていたのだ。
ラフィンは男の片手を捻り上げ、地面に背中を膝で押さえ込んでから、呟くように言った。
「いいか貴様。俺は今猛烈に虫の居所が悪い。さっさとこの茶番を終わらせて俺達の前から失せろ。でなければその腐った目にこいつをブチ込む……」
「ハ……ッ! ヒッ! ヒィ!! 女じゃなかったのか!!」
「もう少し人を見る目を養いなさい」
魁の言葉を合図に、ラフィンは男から突き放すようにして退くと、立ち上がる。
「何か美味しい情報や仕事があったら売買して頂戴ね♡」
「!!? あんた情報屋兼便利屋か!! クソ!! 退散だ!!」
男は起き上がると、アタリ屋の男と一緒にヨロヨロと逃げて行ったが、アウと声を上げた。
ラフィンが錆びた釘を男のケツに向けて投げ放ち、それが刺さったのだ。
余程機嫌が悪いらしい。
「あたしのことを知らないだとか、あいつら潜りね。しかし錆びた釘で、破傷風にならなきゃいいけど」
「それでも、あなたの存在、売れていますね」
「何言ってんのあんたこそ、この男前」
それぞれ言い合うと、再び車に乗り込んで鮫島の塒の場所へと向かった。
4.5畳の狭い部屋。
すっかり茶色に焼けた畳の上には使い古された布団が敷きっ放しだ。
その枕の上には脱ぎ捨てられた衣類。
ユニットバスで備え付けの洗面台の上にある鏡は、割られている。
カーテンも付いていない、すりガラスの窓に染みの付いた天井からは裸電球が揺れている。
テレビもなく、小さな一人用のちゃぶ台にはカップラーメンの殻がそのままだ。
押入れをそれと呼ぶには狭すぎる、最早物置と言ったところか。
開けてみたがそこには悠貴美誠の姿はなく、中はゴチャゴチャしていてもう何が入っているのかさえも分からない。
すると、カサカサとゴキブリが這い出てきた。
「ンギャアアアアァァァァァーッ!!」
魁は絶叫を上げて銃を構える。
「落ち着いてください水沢。ただの虫です」
「ただのって言うけどねっ! このゴ、ゴ、――Gは……!!」
「どうやらハズレのようですね……」
「ちょっとあんた、聞いてんの!?」
「そんなに騒がないでください。こうすれば落ち着きますか?」
ラフィンは冷静に言うと、靴でGをグシャリと踏み潰してしまった。
「ィヒイイイィィィィー……っっ!! あんた気持ち悪くないの!? 潰す感触とかその死骸とか……!!」
「何ですか?」
魁は手で目を覆ったが、気付くとラフィンは布団に靴裏を擦り付けていた。
そして人差し指と親指で衣類を摘み上げると、Gの死骸に被せて隠す。
「これで宜しいでしょうか?」
「あ……あんた……思っていた以上に強かなのね……見直したわ……」
「さぁ、次へ行きますよ」
「次って、どこよ?」
「……さぁ?」
「……」
ラフィンと魁は、しばらく無言で見つめ合っていた。
「こんちゃ。もう夕暮れっスけど、鮫島さん来ませんでした?」
ライフサイエンス研究所の地下では、まだ残っていた柴田という年輩の女性に氷室遊弥は声をかける。
「ああ、鮫島君ね。来たわよ。女の子を担いで。新しいクローン体を作る準備をしておけと、言ってたわよ」
「え……!?」
遊弥は顔を顰めた。




