deta,66:さきがけ、パネェ!
「私はさきがけの姉です」
「お姉さんですか? しかし彼の名前は確か水沢堂魁だと……」
ラフィン=ジーン・ダルタニアスの疑問に、その姉がきっぱりと切り捨てた。
「いいえ。あの子の名前は“魁”と書いて“さきがけ”と言います。“カイ”はあの子が付けている通り名です。さきがけと言う響きをあの子は嫌っていて音読みに……あ、申し遅れました。私は姉の麗湖で、34歳になります。あ、ちなみにさきがけとはどのようなご関係で……?」
麗湖は外国人と女子高生の組み合わせに、不思議そうな表情を浮かべる。
「弟さんからは我々は大変お世話になっております。私はダルタニアス。セントティベウス教会で麻宮神父の下で助祭を受け持っています。この子は悠貴美誠さん。双葉学園の二年生で、教会に居候をしていて水沢堂さんには大変可愛がってもらっています」
これに今度は高齢の女性が反応する。
「まぁまぁ、教会の方でしたの! うちのバカ息子が一昔前とてもお世話になって……私はさきがけの母でございます!」
「初めまして。あの、私、以前その、カ……いえ、さきがけさんにここのおまんじゅう頂いて、すごく美味しかったからまた食べたいと思って、こうして来ました……」
美誠はたどたどしい敬語で述べた。
「あらぁ~! ありがとうね! おばちゃんスゴく嬉しいわ!」
母親は満面の笑みで喜びを露わにする。
「奥の厨房で父と私の主人が和菓子を作ってるの! 良かったらお呼び……」
麗湖の言葉をラフィンが慌てて遮る。
「いいえ、そこまでなさらなくても大丈夫ですよ! 私達は和菓子を買いに来たただの客ですので」
「そう? あの子の知り合いがここに来るなんて珍しいものだから……」
「水沢堂さんは他にご兄弟は? この店を継がないのでしょうか?」
「私とあの子の二人姉弟なのよ。で、あの子は自由人でこの店は継がないって家、飛び出しちゃって。だからうちの主人がここに婿入りして跡継ぎになったの。何せ160年も続く老舗だから、簡単に看板下ろすわけには――」
「160年!? スッゴ!!」
ラフィンと麗湖のやり取りに、年数を聞いてつい驚きを口に出してしまった美誠。
そして慌てて自分の口を、手で塞いでからボソリと呟いた。
「す、すみません……」
「いいのいいの! 高校生にとっては160年はビックリするわよね」
美誠の反応に、母親はケラケラ笑う。
「もしかして水沢堂さんとご家族は仲が悪いわけではないのですよね?」
ラフィンの問いに、麗湖が片手と顔を同時に横に振る。
「仲が悪いわけじゃないのよ。私が時々まんじゅうをさきがけに送ってるし。盆や正月には帰ってくるし。ただ、まぁ、父親とはやっぱり、ね……ケンカばかりよ」
「成る程。そうなのですか。悠貴さん、欲しい和菓子は決まりましたか?」
「んー、いっぱいありすぎて……ってか、どれも綺麗で食べ物じゃないみたい」
美誠はショーケースを覗き込みながら、惚れ惚れとしている。
「それは確かに、言えていますねぇ……」
日本人の美誠はともかく、英国人であるラフィンにとっては芸術の域だ。
「もー! サービスしちゃう! 麻宮神父にはお世話になってるし、その関係者とさきがけの知人なら、全商品一品ずつ、祭壇にお供えしちゃって!」
麗湖がそそくさと和菓子のショーケースから、取り揃え始める。
「え! 全部!? サービスって!?」
「お代は結構ってことよ」
驚く美誠に、母親が笑顔で口にする。
「!? いいえ、それはいけません。買い物に来たのですから、しっかりお支払い致しますよ」
ラフィンの言葉に、母親は軽く片手を縦に払った。
「いいのよ~! これが日本流のおもてなし! 本当に気にしないで頂戴。それよりも、うちのさきがけを今後ともよろしくね!」
「ええ。分かりました。では今回はありがたく頂戴致します」
ショーケースの前で目をキラキラさせている美誠を背後に、ラフィンは慇懃に頭を下げた。
和菓子を受け取って車に戻った二人は、正直戸惑ってしまっていた。
まさかこんなに手厚く待遇されるとは思っていなかったのだ。
「水沢……軽く御曹司みたいな立場のようでしたね」
「それで親には言えない裏稼業やってるなんて、スゲー罰当たりな」
「しかしながら……これほどの芸術食品を全て無料で戴いてしまうとは……」
「さきがけ、パネェ!」
美誠とラフィンは水沢堂一家にちょっとした恐れを成した。
こうして二人は、まるで宝物を扱う如くに、教会へと早々に帰宅した。
丁度、麻宮清が農業の作業の休憩で、教会に戻っていた。
「麻宮神父。丁度良かった。お茶にしましょう。とても素晴らしい生菓子を頂いた所なのです」
ラフィンに誘われて、教会の祭壇脇にある一階のリビングルームへと麻宮神父が足を運ぶと、美誠が和菓子を広げていた。
「おや、これは……」
麻宮神父は見覚えのある生菓子に、目を細める。
すると更にこのタイミングで、もしかしたら今回の主役かも知れない当人がやって来た。
「あー、お腹空いた! 今朝は朝食を抜いたから……」
しかしテーブルの上にある物を見つけるや否や、バッとテーブルに張り付くようにそこに並ぶ生菓子に活目する魁。
「こっ、これは……どういうこと!?」
「この度は結構なお点前、頂戴致します、さきがけ♪」
「!!?」
美誠に本名を呼ばれて、魁が愕然とした。




