deta,64:我々のチェックメイトです
こうして何だかんだで“姫”ことセレア・メイランドと、“お嬢”ことエレイン・ローレンスを見事こちら側に引き込んだ水沢堂魁と悠貴美誠だったが、おそらくまだ美誠はその自覚がないであろう。
「氷室も二重スパイとは言え半ばこちら側の味方でもあるとしたら……真に私を狙っているのは鮫島ただ一人だけと言うことですか」
ふむとラフィン=ジーン・ダルタニアスはソファーで腕を組む。
「遊ちゃんから聞くところによると、鮫島とセレアは本当の意味でのクローン体失敗作、そして遊ちゃんとエレインが何らかの力が強調的に偏って誕生した“亜種”みたいね」
言うと魁は、コーヒーを口にする。
「その亜種が一番厄介なのですが……しかし本当に我々の味方に付けられているのなら、恐れるものは何もありませんね」
「鮫島を片付けて終わりよ――日本では、ね。聞きたかったんだけどあんた、世界中を逃げ回ってたって言うけどどうして行く先々で本部から居場所、バレてきたのよ?」
「……」
少し黙考してからラフィンは、シャツから片腕を脱いでから、二の腕を見せた。
「縫合痕……?」
「クローンとして生まれてきた者はこの二の腕に、ミクロチップを埋め込まれるのです」
「……そういや、バーコードも刻まれるって言ってたわね」
「私は幸いにも、父がそれを嫌がってバーコードを刻まれませんでしたが、ミクロチップは埋め込まれました。よって本部からは一方的に居場所が知られるので、それでこの国に到着した直後、私は自らミクロチップを取り除いたのです」
「ああ……成る程。だからあたしがあんたを拾った時、そっちの腕のYシャツが血塗れだったわけね。やっと一つ謎が解けたわ」
魁は至極当然のように、すんなりと納得する。
もう今更何を聞いたり知ったりしても、驚かない。
「だから鮫島さえ片付けてしまえば、もう私に追手はいなくなる筈です。あと少しなのです」
ラフィンは再びシャツに腕を通して、ボタンを留めていきながらもどかしそうに言った。
「遊ちゃんは自分の聴覚さえコントロール出来れば、英国本部から受けている命令にはもう従う必要はないと言ってるし、セレアとエレインの方はあんたと同じ逃亡者だから本部に戻る恐れもない。確かに最早残す敵は鮫島のみね」
「我々のチェックメイトです……」
ラフィンは言うと、軽く溜め息を吐いた。
「それじゃあ、情報は確かに伝えたわよ」
魁は言うと、親指で人差し指、中指の腹を擦って見せた。
「何ですか? もう代金なら――」
「こんだけの情報与えてやってたった二万円ぽっちじゃ足りるわけないじゃない! もう三万円払いなさいよ! これでもまけてあげてんのよ!」
「……分かりました……」
ラフィンはズボンの後ろポケットから財布を取り出すと、三万円抜いて魁へと手渡した。
「毎度あり♪ 情報は値が張るのよん☆ じゃ、今夜はひとまず我が家に帰るわ。あんたら以外にも客がいるしねん」
魁は受け取った三万円でラフィンに投げキッスをすると、足取り軽くリビングを出て行った。
ラフィンは魁からの投げキッスを片手で振り払う仕草をすると、一息吐いてソファーの背凭れに身を委ねる。
おそらく次にまた一戦を交える時こそが、鮫島の最後の時……。
接近戦ではラフィンが、遠距離戦では魁が、それぞれ鮫島にとどめを刺すだろう。
鮫島自身、大した強さではないので何らかの兵力を、用意して来る筈である。
またクローン体だとしたら、それを成長させるまでにはたっぷり時間がある。
だとしたら、しばらくは暗黙上の停戦協定だ。
それでも鮫島の動向には、注意しておかなければ。
ラフィンはテーブルの上に置いていたティーカップを手に取ると、紅茶を口へと運ぶ。
何だかこうしてゆっくりした時間を過ごせるのは、初めてのような気がする。
今まで英国の研究所から追われて、心が安らぐ時もなかった。
以前の逃亡先では、自分が追いかけ回されているのは“父”から預かった“クローン体の設計図”のせいだと思い、それを燃やした。
だがそれでもやって来た追手から聞かされたのは、自分自身そのものこそが“生きた設計図”として狙われているという理由を得た。
やがて日本に流れ着いたラフィンは公衆トイレで自分の腕からチップを取り出して破壊し、縫合してから外へ出た時、すっかり大雨が降っていた。
腕の血を洗い流すついでだとばかり、雨の中フラフラと宛もなく歩いている時にラフィンは疲労もあって立ち崩れたところを、たまたま通りかかった魁に拾われたわけだ。
ラフィンが20歳、魁が22歳の頃である。
ちなみにおまけで美誠は、当時まだ10歳だ。
そんなわけで、ラフィンが日本で消息を絶って7年後、ようやく英国本部から派遣された日本人クローン体である鮫島が、居場所をオウムを使って発見した所に偶然、美誠もいたと言うわけである。
今回大きく違っていることは、彼には美誠と魁という味方が付いていると言うことだ。
美誠に至っては心配の種でもあるが、それでもやはり味方がいるといないとでは気持ちが違う。
そこへ、風呂から上がってきた美誠が姿を現した。
「あれ? ラフィン一人か?」
「ええ。水沢なら帰りましたよ」
「そっか」
美誠はキッチンへ向かうと、冷蔵庫から牛乳パックを取り出してグラスに注いで、一気に飲み干す。
「くぅーっ! この一杯の為に俺は風呂に入っているっっ!!」
この言葉に、ラフィンはプッと小さく吹き出すと、クスクス笑い始める。
そしてひとしきり笑ってから、美誠に声をかけた。
「美誠。明日は私とデートしませんか?」
これに美誠は嬉しそうに目を輝かせた。




