deta,63:あたし同性愛は苦手よ!
映画館を出て、悠貴美誠とエレイン・ローレンスが別れたのを確認してから水沢堂魁と氷室遊弥は帰宅するエレインを付けることにしたが。
「何よ。律儀にあの子電車で美誠に逢いに通ってんのね」
駅前で車を停めて魁は、パチンとシートベルトを外した。
「この車でライフサイエンス研究所に向かいなさい。あたしは電車であの子の動向を見張るわ」
「気付かれないようにしてくださいよ水沢堂さん」
「何、まさかあたしの外見も知らせてあるの?」
「いえ、それはないっス。水沢堂さんは邪魔者ではあるけど、所詮ザコだからと鮫島さんが言ってましたし」
「片足溶かしてやろうかあの片目野郎……」
魁は低い声でぼやくと、ドアを開けて降車する。
「じゃ、向こうで落ち合いましょう」
そうして魁は駅の中へと姿を消した。
「……怖ぇ……絶対あの人敵に回さないでおこう……」
遊弥は一人呟くと運転席に回りこみ、車を発進させた。
魁は連結部分の通路に立って、座席に一人座っているエレインを注視していたが。
電車内で不審な動きをすることも、誰かと合流することも、電話さえすることなくひたすらおとなしくライフサイエンスへと、真っ直ぐ帰宅した。
せいぜい起こしたアクションと言えば、ライフサイエンス研究所を前にしてルンルンとスキップをして、入って行ったことくらいだ。
「……ホントに何も問題なかったわね……」
エレインの帰宅を見届けてから、魁は唖然とする。
丁度良いタイミングで遊弥が運転する魁の車が、彼に横付けしてきて止まった。
「どうでしたか水沢堂さん」
「普通にいい子ちゃんだったわ……」
「とりま、今度はここから中の会話を探ってみるっスよ。もう日暮れだから姫が目を覚ます頃だし」
「ええ。頼むわ」
セレア・メイランドは目を覚ますと、ベッド脇の時計を確認した。
19時を過ぎている。
エレインが帰宅してから一時間以上は経過している。
ベッドから起き出すとセレアは伸びをして、パジャマから普段着に着替えると一階のリビングへと下りた。
エレインはソファーでぼんやりとTVを観ていたが、セレアに気付いてパッと笑顔を見せる。
「おはようセレア!」
「おはようセレア。起きたわね。夜ご飯出来てるわよ。エレインと一緒に食べなさい」
別の第三者の声。
このライフサイエンス研究所で働いている、年輩の女性研究員だ。
他の研究員は17時でとっくに帰っている。
「おはよう柴田さん。いつも晩ご飯を作ってくれてありがとう」
「いつものことよ。しっかり食べて少しでも体力つけないとねセレアは。エレインは今日、何だか上の空だし」
柴田が料理をテーブルに並べるのを、セレアも手伝いながらエレインに声をかける。
「まぁ、そうなのエレイン? あら、今日着ている服可愛い! そんな服、エレイン持ってたかしら?」
「こ、これは……お、お友達が昼間買ってくれたの……」
そうして頬を紅潮させながら俯くエレイン。
「それは優しいお友達ね」
エレインの微妙な様子に気付かず、セレアは料理を並べ終える。
「じゃあ、私も帰るわね」
「ありがとう柴田さん。気を付けて帰ってね」
「ええ。エレインもぼんやりしてないでしっかりご飯食べるのよ!」
「あ、ああ、うん柴田さん……!」
柴田に声をかけられて、エレインは弾けたように反応してから、ダイニングテーブルに着いた。
やがて他愛のない会話をしながら食事を終えると、エレインはセレアの部屋へと彼女と一緒に入って来た。
そしてドサリとエレインはセレアのベッドに身を投げる。
「どうしたのエレイン……? 今日は随分おとなしいじゃない……」
「ここに帰ってから今までずっとね、胸のドキドキが止まらないの……」
「胸のドキドキ? 熱は? ――熱はないみたいだけど……顔が赤いわ。どうしてかしら」
「気付けばあたし、“あの人”のことばかり考えてるの……」
「あの人のことばかり……? ――クスクスクス」
「え? 何? どうかしたの?」
「エレイン、それはきっと、“恋”よ」――。
ここまで来て遊弥はブホッ! と口の中のコーヒーを噴き出した。
「ちょっと人の車汚さないで頂戴! キレイに拭き上げなさいよ!」
「いや、あの、水沢堂さん……うちのお嬢、悠貴さんに“恋”したらしいっス」
「ブホッ!!」
今度は魁がコーヒーを噴き出す番だった。
「あたし同性愛は苦手よ! 何、エレインってレズビアンなの!?」
「男性恐怖症がきっかけでそっちに走っちゃったのかも知れませんね……」
「じゃあ……ホントにエレインは美誠に害を与える気はないってことね。なら後はその“姫”の正体を探る必要があるのかしら」
「正体も何も……姫は多分叩いてもホコリは出ませんよ。ちなみに名前を伝えるのであれば、“セレア・メイランド”です」
「……!!」
これに魁は絶句した。
「ん? まさか姫を知ってるとか?」
「あんた、ちょっと軽く探って、問題がなければもう帰っていいわ」
「水沢堂さんはどうするんスか」
「あたしも少ししたら帰るわ」
「分かりました」
その言葉だけ残すと遊弥は降車し、研究所の中へと入って行った。




