Data,42:パンはキリストの肉だよ
リビングでは、案の定ラフィン=ジーン・ダルタニアスと水沢堂魁がギャイのギャイのとやりあっていた。
ネグリジェから普段着に着替えた悠貴美誠はダイニングで、恥ずかしさのあまり未だに顔を赤くしている。
「全く、朝から元気がいいな。若い者は」
麻宮清神父の言葉までまるで、そういう意味も含まれているようにも思えて、美誠は黙りこんだまま更に顔を真っ赤にさせる。
「どうしたんだい美誠ちゃん。顔が赤いが熱でもあるんじゃないのかね?」
ダイニングテーブルに朝食の準備をしていた麻宮神父が、美誠に声をかける。
「ヤダなぁお父さん。全然熱なんかありゃしないよ」
作り笑いに、あからさまな棒読みで答える美誠。
「しかし……鼻血が垂れとるぞ?」
麻宮神父の指摘通り、美誠の鼻から血がボタボタ零れていた。
長時間、顔を紅潮させていたせいだ。
「あれぇ? ホントだ」
あくまでもぎこちないながらも、麻宮神父の前では冷静を装う美誠だったが、そう言いつつティッシュを取る手は素早かった。
「あら鼻血だなんて、まだこの子ったら欲情して――」
リビングから言ってきた魁に、賺さず美誠は大きくて丸いパンをダイニングから投げつけた。
見事にパンは、魁の顔面にクリーンヒットする。
「ぶはっ!!」
「おお、ナイスピッチングです美誠」
ラフィンが魁の隣で、パチパチと拍手する。
「これこれ美誠ちゃん。食べ物を粗末に扱ってはいけないな。それにパンはキリストの肉だよ」
「大丈夫よ神父様。このパンはあたしが美味しく頂くから」
困り顔の麻宮神父に、魁がそのパンを手に答えた。
「何です水沢。まさかちゃっかりここで朝食を食べるつもりですか?」
「ええそうよ。だってここはあたしの胃袋だもの文句ある?」
「あんなこと言ってるぜ麻宮神父!」
「別に構やしないよ。水沢堂君は学生の頃からここで面倒を見ていたからね」
「え!?」
麻宮神父の言葉に、美誠とラフィンは同時に驚きを露にする。
「だって魁はまんじゅう屋の息子じゃ……!?」
「うちは老舗の和菓子屋のくせして、なぜかキリスト教徒なのよ。んで、ここによく典礼に連れてこられたんだけど、ガキの頃反抗期が原因で家出して、ここにしばらく世話になってたの。あたし」
「ちなみに空き部屋が一つあるだろう? あそこが水沢堂君の部屋だったんだよ」
「ええっ!?」
美誠とラフィンは更に驚愕する。
その拍子に美誠の鼻に詰めていたティッシュが吹き飛ぶ。
「ちょっと、鼻栓取れたわよ美誠」
しかし美誠は呆然としながら言った。
「まさかこの教会がいわく付き物件だったとは……」
「ちょっと! 聞こえたわよ美誠! この発情期!!」
「そっ! それはラフィンだこのバカッ!!」
再度、美誠は顔を紅潮させて魁へと反論する。
「さて、いい加減朝食にしましょうか、神父様。9時からの典礼の用意に間に合わなくなりますので」
「そうだね」
「逃げた!!」
リビングからダイニングに爽やかな笑顔で移動してテーブルに着くラフィンに、美誠と魁は意見をシンクロさせるのだった。
今日の典礼は、麻宮神父が担当した。
ラフィンと美誠は彼の説教を、最前列で聞いていた。
教会には、50人以上もの信者が典礼に訪れている。
その中には4分の1程、外国人も含まれていた。
ラフィンが担当する場合は、真面目臭くて眠る者が続出するのだが、麻宮神父の場合はユーモラスさがあって結構人気があった。
一時間以上にわたる典礼の最後に、”聖体拝領”を迎え、先に麻宮神父がパン(小麦粉を薄く焼いた丸い一口大の食べ物)を軽くブドウ酒に浸してから食べると、信者達が一列に並び麻宮神父の手から直にそれぞれ、パンを口の中に含んでもらってから、食べていく。
一番最初はラフィン、そして美誠と続いて後に信者も倣う。
ちなみに魁はかったるいからと、出席しなかった。
日本人の中に外国人もバラバラに並び、麻宮神父からパンを与えられる。
そして一番最後に、茶色の髪をツインテールにした外国人の少女が、与えられたパンを口に含んだ。
最後に交唱が終わると、信者達はパラパラと帰り始める。
これを見届けてから、麻宮神父とラフィンは奥の部屋へと引っ込んだ。
美誠も彼らの後に続いたが、ふと足を止めた。
もう誰も座っていないはずの長椅子の一番後ろに、ポツンとツインテールの少女が座ったままだったからだ。
「……どうしたんだろう?」
美誠は小さく口の中で呟くと、少女へと歩み寄った。
「帰らないのか? もう典礼は終わったぜ?」
「私……今日が初めてなの。一人だけで神様に、お祈りがしたくて……」
「ふ~ん。じゃあ、もう次は来ないのか?」
「いいえ……今後は毎回来るわ」
「そっか。じゃあまた君に会えるな」
美誠は言うと、ニコリと笑った。
「”君”じゃない……あたしの名前は、エレイン。エレイン・ローレンスと言うのよ」




