Data,36:白いオウム
こうして”B―T”セレア・メイランドと”D―L”エレイン・ローレンスが、日本の研究所に引き取られて一年が過ぎた。
日本の研究員達は皆、二人にとても親切で優しく、研究対象のクローンとしてではなく普通の人間のように扱ってくれた。
なので製造コードではなく、きちんと名前で呼んでくれる。
それが二人には何よりも嬉しかった。
英語しか喋れない二人に付きっ切りで、日本語も教えてくれた。
クローン体の特質なのか、セレナもエレインも学習能力は高く、日本語も今ではスラスラ話せるほどに吸収した。
日本に来てまだ間もない頃は、夜しか活動できないセレアと同じ時間を共有したくてエレインは、彼女同様昼間は眠って過ごした。
二人に与えられた部屋も二つ、ちゃんとした――ガラス張りではない――部屋で出入りも自由。
外出も認められていた。
この研究所にはセレアとエレイン以外にも、オスリン研究所から派遣されてきた日本人の血筋であるクローン体がいた。
「あー! 今日も来てくれたんだね!!」
エレインの甲高いはしゃぎ声に、氷室遊弥は両耳を塞いだ。
「ぅっるさっ! お前もうちょっと声、どうにかしろよ。耳に響く!」
「あ、ゴメン……」
エレインは指摘されてペロッと舌を出しながらも、掴んでいるその手の相手は鮫島だった。
「ああ……お前が抹茶最中が食べたいと言うから、持ってきてや――」
「ぅわぁい! ヤッタ!!」
鮫島が片手に掲げた紙袋を、強引に奪い取るエレイン。
「こらこらエレイン。女の子がはしたない。まずは”ありがとう”が礼儀だよ」
そう苦笑しながら、氏仲洋人が注意する。
「マジうるさいこの小娘」
「そんなに耳に響くなら耳栓でもしてればー!?」
「まぁクソ生意気なガキ! 耳栓通してでもお前の声は響くんだよ! もうさっさと外に出ましょう鮫島さん!」
氷室は耳栓をしている耳を更に両手で塞ぎながら、煩わしそうな表情で鮫島に訴える。
「まぁ少し待て。姫はどうした? お嬢」
鮫島に”お嬢”と呼ばれてエレインは、紙袋を覗き込みながら答える。
「セレアなら今日は体調が優れないからって、部屋でおとなしくしてる」
「そうか――氏仲博士。それは?」
エレインの言葉に納得すると、ふと氏仲の手元を見た。
氏仲はテーブルの上に置いてある水の入っていない水槽の中へと、手を差し入れて何かをしていた。
「ああ。これはオウムの雛だよ。クローンの、な。しかしやはり、失敗してしまってな……」
氏仲は困ったような表情を浮かべながら、オウムの雛にエサをあげていた。
これに鮫島は歩み寄ると、ヒョイと水槽の中を覗き込む。
そこには真っ白なオウムの雛がいた。
「……どこも失敗しているようには見えませんが」
「雛だからまだ小さくて見えにくいだろうが、足の指が過剰発達してしまっている」
その言葉によくよく見ると、雛の足の指がそれぞれ七本あった。
「なるほど」
鮫島は首肯すると、顔を上げて言った。
「また来ます」
「ダルタニアスはまだ見つからないかい?」
「はい。本当に日本にいるのかさえも怪しいものです」
「大変かも知れないがよろしく頼むよ。鮫島君、氷室君」
「うぃっス!」
氷室は言って二本指を揃えて額に翳して見せる。
そして鮫島に連れられて、氷室も研究所を後にした。
「セレアにも抹茶モナカ、一緒に食べないか聞いてくる!」
二人を見送ってからエレインは、踵を返す。
これに氏仲が素早く言葉で遮った。
「待ちなさいエレイン」
「ん?」
「セレアは具合が悪いと言っているのだろう?」
「うん」
「だったら安静にさせてあげるのも優しさだよ」
「……そっか……」
「まぁ、ここに座りなさい」
氏仲はおとなしくなったエレインへ、自分の隣の席に薦める。
彼に促されるまま、エレインは氏仲の隣に座る。
「エレインは、鳥は好きかい?」
「私はどっちかと言うとトラが好き! セレアが鳥、好きだよ」
「虎ねぇ……」
意外な答えに、氏仲は苦笑する。
「博士は?」
エレインの質問に、オウムの雛にエサを与えていたスプーンをテーブルの上に置くと、ふと彼女の頭を優しく撫でた。
「私はエレイン、君のことが大好きだよ……」
「え? いや、動物で……」
「エレイン。君はとても魅力的だ」
「博士、私まだ13歳だよ。まるで大人の女の人に言うみたいなセリフ!」
エレインは言うと可笑しそうにクスクス笑った。
「私にとって年齢は関係ないエレイン」
言うや否や氏仲は、エレインの口唇にキスしてきた。
「――!?」
突然のことに驚愕して、エレインは紙袋を落としてしまった。




