Data,34:二人の失敗作クローン体
――二年前の英国、オスリン研究所。
畜産学の研究施設で、セディンバナ大学の一部であり、バイオテクノロジー・生物科学研究会議より資金提供を受けている。
その影響か、研究所の建物はとても近代的で立派なガラス張りになっていて、五階建てだが横に長い造りになっている。
その中の五階の全フロアを占めるように、クローン研究所がある。
「あー! セレア、まぁた本なんか読んでる!!」
全面ガラス張りになっている“部屋”で、ロッキングチェアに身を任せながら本を読んでいたのは、白髪をサイドはセミロングに後ろ髪を長く伸ばした可憐な少女だった。
声の方へと本から顔を上げて見ると、ガラス壁にベッタリとほっぺたをくっつけている、茶髪をツインテールにしている幼い少女がいた。
「エレイン」
セレアと呼ばれた少女が、そんな彼女――エレインを見て苦笑する。
しかしその声は蚊のように、か細い。
エレインと呼ばれた幼い少女は、ガラス壁から顔を離すとすぐ隣にあったドアを開けて室内に入って来た。
ドアも勿論ガラスで出来ているのだが、そのドアの目の高さには“B-T”と記されている。
「そんな調子だからいつまで経ってもひ弱いんだよセレアは! 部屋を出てフロア内を散歩しよう!」
「でも今日は何だか、体がダルくて……」
「歩けば治る!」
気が進まないセレアの、白魚のような手を掴むと、エレインはロッキングチェアから強引に立たせて、グイグイと引っ張りガラス張りの部屋から出た。
もう大人と呼べる白髪の少女はセレア・メイランド、20歳だ。
そして活発で元気なツインテールの少女はエレイン・ローレンス、12歳。
二人はこの研究所でこの世に誕生してからずっと、姉妹のように育ってきた。
エレインはそんな姉とも呼べるセレアのか弱さを気にかけ、その為にクローン成功化を願っている。
しかし当の本人であるセレアは、密かにクローン反対派だった。
そう。二人はクローン体なのだ。
二人は生まれて一度もこの研究所を出たことはなかったが、その広さゆえ特別問題はなかった。
全面ガラス張りの一部屋の広さは約18平方メートル半あり、その中にシャワー室とトイレを完備、それらだけは唯一目隠しの壁になっていた。
クローン体は常に観察対象というわけだ。
研究所の至る所に、監視カメラが作動している。
しかしそんな環境は、クローン体には慣れた状況なので抵抗はない。
「コーヒーショップで何か飲もう!」
「え、ええ……」
フロアの中にあるカフェは、自由に出入りできる上に、クローン体は無料だ。
その代わり、手首に刻印されているバーコードを通す必要がある。
だがこんなのも、クローン体にとっては馴染みあることだ。
何事もないように二人はカフェに入ると、普通にレジへ手首を差し出しバーコードを通す。
そしてそれぞれドリンクとケーキ――エレインはパフェも――を注文して適当な席に座る。
ちなみに勿論、ここは科学者や研究者も多く利用する。
注文商品が運ばれてくるのを待っていると、近い所に座っている三人の男達の会話が二人の耳に入ってきた。
「あのB-Tはもう研究対象から外れるって?」
「ああ。役に立たない失敗作だからな」
「無駄に生かしておいても費用がかさむばかりだから、廃棄するらしい」
これにセレアとエレインの顔が強張る。
B-T――それはセレアの製造コードだった。
セレアはただか弱いだけではない。
実は太陽の下や光の中では生きられない、云わばポルフィリン症持ちなのだ。
太陽光に当たると水ぶくれを伴う、大火傷を起こしてしまう。
尚且つ、溶血性貧血、色素減少、白変種etc……。
なのでセレアの全身はまるで色がないほどに“白い”。
目の色もかろうじて水色を保っている。
「廃棄って……セレア殺されちゃうってこと……?」
エレインの言葉に、セレアは小さく笑みを浮かべる。
「仕方ないわ。だって本当に私は役に立たない失敗作だもの……」
「でも成功体さえ見つかれば、セレアは助かるって博士が……」
「それもいつになるの……これ以上時間かかっても、私は役に立たないわ」
「そんなこと……っっ! そんなこと! このあたしが絶対にさせない!!」
叫んで席から立ち上がったエレインの双眼は、本来の茶色から真っ赤に燃えていた。
これに今しがたセレアの話をしていた研究生達が驚愕する。
まさか当の本人が側にいるとは、思いもしなかったからだ。
「セレアは殺させない! 今の言葉を撤回しろ!!」
エレインは怒鳴るや否や、三人の研究生のうちの一人の胸倉を掴んで、グイと上へと持ち上げた。
エレインは見た目は普通だが、怒ると力の制御が出来なくなる怪力を持つ、亜種のクローンだった。




