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Data.29:『スィートエンジェル』



 レンタル店にて。

 藤井梓(ふじいあずさ)は新作DVDコーナーの前にいた。

 そしてお目当てのDVDを見つけて梓は手を伸ばす。

 すると同時にそれへ手を伸ばしてきた、別の手と触れ合ってしまった。


「あ、すみません」

 

 咄嗟に謝る梓。


「いや、こちらこそ」


 相手の声につい、梓は振り返る。

 そこにはとても爽やかな雰囲気の、イケメンが立っていた。

 男はニッコリ笑顔を見せると、口を開いた。


挿絵(By みてみん)


「もしかして、男のくせに恋愛映画なんて、とか思われちゃったかな」


「ううん、そんなこと……」


 梓は慌てて首を横に振る。


「この『スィートエンジェル』、僕の好きな女優が出演しててさ」


「あ、それって――」


「“ロレッタ・フィオナ”!!」


 二人は同時に声を揃えて、女優の名前を唱えた。


「あ……」


 またも同時に言うと、思わず二人して一緒に笑い出す。


「何日借りるの?」


 男の言葉に、梓は答える。


「一泊二日」


「だったらさ、明日これを観た感想を、喫茶店かどこかでどうかな?」


「う、うん……ええですよ」


「わぉ驚き。関西っ娘?」


「はい、大阪出身です」


「そっか。あ、僕は、氷室。氷室遊弥(ひむろゆうや)っていうんだ」


「うちは藤井梓。よろしゅう」


「OK、梓ちゃんだね。じゃあ正午にここで」


「はい!」


 氷室はパッケージからDVDケースを取り出すと、それを持って梓に手を振りながらレジへと行ってしまった。


「こ、これは、恋の予感や!!」


 梓は小声で言うと、小さくガッツポーズをした。




「――で、何で俺が野郎と一緒に恋愛映画を観なきゃいけないんだ」


「明日の話題作りですよ。鮫島(さめじま)さんがあのJKの彼氏になれって言ったんですよ。協力してくださいッス」


「ああ……」


 鮫島と氷室は、ポップコーンを食べながら映画鑑賞をするのだった。




「っちゅーこっちゃねん! 絶対恋の始まりって感じやろ!?」


 双葉学園寮にて、悠貴美誠(ゆうきみこと)がいなくなって一人部屋になった山村満利奈(やまむらまりな)を訪ねて来た梓の話に、彼女はうんうんと大きく頷いた。


「確かにそれは、脈アリだわね」


「やろやろ!? うちあの人なら彼氏になっても全然(かめ)へんわぁ!」


 梓は両手を組むと、宙を仰いで目をキラキラさせた。


「しかし梓の処女はあたしが貰う!!」


 満利奈は言うや否や、ガバッと梓に覆い被さって股に手を差し入れた。


「な……っ! ちょお、やめぇ! アァン!」


「クスクスクス……ホント梓ったら感度がいいんだから。冗談よ」


 笑いながら満利奈は、梓から離れる。


「あっ、当たり前やボケ! ったく油断も隙もあったもんやない!」


 梓は赤面しながら、乱れたスカートを整える。


「じゃ、とっととDVD観ようか」


 満利奈は可笑しそうに言いながら、DVDを手に取った。




「何だお前。泣いているのか氷室」


「うん……何て健気な天使なんだって……ああ、本部がロレッタ・フィオナの天使をクローンで造り出してくれないかな……そしたら俺、もう何も要らない!」


 氷室は何枚もティッシュを掴み取ると、大きく鼻をかんだ。


「それは随分レベルの高い注文だな。まぁでも、もしかしたらあのダルタニアス次第で将来それも、可能になるかも知れんぞ」


 鮫島の言葉に、氷室はティッシュの束から顔を上げるや言い放った。


「任せて鮫島さん。必ずや俺がこの手でダルタニアス捕らえるから!」


 氷室は力強い口調で言うと、鼻をかんだティッシュの束をグッと握り締める。


「分かったからさっさとその汚物を捨てろ。汚い……」


 鮫島は嫌悪感の表情を浮かべながら、タバコに手を伸ばした。




 一方、梓と満利奈も映画を観終わって、二人して頬を涙でビチャビチャに濡らしていた。


「うち、何でロレッタ・フィオナの天使に生まれてけぇへんかってんやろ……!」


 梓も氷室同様、無茶な希望を口にしていた。




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