Data,17:この海の色と同じだ
しばらく続く沈黙を先に破ったのは、ラフィン・ジーン=ダルタニアスだった。
「……昨日は、本当に申し訳ありませんでした」
「……うん……」
「一番辛いのはあなたですのに、つい大人気なく感情的になってしまいました」
「それは……お互い様だろう?」
下へ俯いたまま、悠貴美誠はぼやくように口にする。
「そう……かも知れませんが、私の場合は既に生まれながらに奴らと関係していましたからね……」
アスファルトを滑るように走らせていた車は、赤信号で停車する。
「親がクローン研究の学者だったってことか?」
「……ええ」
しばらくの沈黙。
しかしやはり先に沈黙を破ったのは、ラフィンだった。
「どこか、行きたい場所はありますか?」
「んー……海とか」
そう答えながらも美誠は、まだ顔を上げようとしない。
「分かりました」
信号が青に変わり、ラフィンはハンドルを海の方角へと切った。
こうして二人は海へと向かった。
30分ほどして、海に到着した。
海の気配に、ようやく美誠は顔を上げた。
湾岸になっており、広い埠頭に車を乗り入れて停車させる。
車のすぐ目の前が浜辺の海になっているので、車の中に乗ったまま海を眺められた。
美誠は高校生になってからは初めての海だった。
「……海に来ると落ち着きますね」
「ああ。たまには都会の喧騒から解放されて、こうした自然に身を任せるのもいいもんだな」
「ええ……」
フロントガラス越しながら、身を乗り出して浜辺に波打つ海を覗き込んでいた美誠は、背もたれに身を投げて両手を上へと伸ばした。
「あー! 落ち着く! 何か今まであったモヤモヤっとしたのが奇麗に消えていくみたいだよ! ……確かに俺、ダルタニアスさんや魁の言うとおり気を張り詰めすぎてたんだろうな。昨日ダルタニアスさんがお茶を勧めたのだって、俺達二人の気持ちを落ち着かせようと気を使ってのことだったんだろうなって、今頃になって気付いてきた。……ごめんな」
「いいえ。そんなことで謝らないでください」
そう答えたラフィンの口調は、まだどこか沈んでいるような感じだった。
逆に、美誠の声は張りが出てきた。
「だな。もう過ぎたことだよな」
美誠は目前の海を眺めながらふと小さく笑い飛ばすと、はたと何かに気付いたようにラフィンへと振り返った。
「ダルタニアスさん、ちょっと目、見せて」
「?」
意味が分からず美誠へと顔を向けるラフィンの頬に、片手を添える美誠。
そしてまじまじと彼の瞳を覗き込む。
「……ダルタニアスさんの目、綺麗な青色だな。ほら、この海の色と同じだ」
「海……?」
「そうさ。まるでダルタニアスさんの目の中に、広大な海があるみたい。それとも、海の雫がダルタニアスさんの目になったみたいだ」
「ミス・ミコト……」
ここでスッと彼の頬から手を下ろすと美誠は、また助手席に座り直して正面の海へと顔を向けて、語りだした。
「知ってるか? 生き物全ては海から生まれたんだぜ。だから時々俺ら人間が海を恋しがるのは、そのせいなんだってさ。心のどこか遠くで、本当の故郷を想ってるってことだよな。ダルタニアスさんの目が青いのも、そうやって体の中に海が潜んでいるからかもな。……って、それなら俺ら日本人とかってどこに潜んでるんだろう。うーん……きっと、骨だな」
「骨?」
少し考えてふいにそう言った美誠の言葉に、ラフィンはきょとんとする。
しかし美誠は我ながら良い答えを導き出したとばかりに、ドヤ顔でラフィンへと笑顔を向ける。
「そうだよ! 日本人って、魚をよく食べるじゃん。きっとそれって、体に海を摂り込もうとしてるんだよ」
「……そう、かも知れませんね」
一瞬絶句したラフィンは、答えるや否やクスクスと愉快そうに笑い始めた。
「な、何がおかしいんだ? 俺何か変なこと言った?」
「いえ……凄い発想の仕方だと思いましてね」
「そうかな?」
今度は美誠がきょとんとする。
ラフィンは正面の海へと顔を向けると、微笑みを浮かべて静かに言った。
「……生き物全ては海から生まれた。だから体のどこかに海が潜んでいる、ですか……」
「ああ、そうさ。素敵だろ?」
「ええ……この上なく。あなたのその言葉に今、私がどれだけ心癒されたことか……」
「ダルタニアスさん?」
するとふとラフィンは、助手席の美誠へと顔を向ける。
「もう……ファーストネームで呼んでくれたっていいでしょう……」
「ん? じゃラフィンさん?」
「もう少し親しげに」
「え、もしかして、ラ、ラフィ、ン……?」
「ええ……」
「んー、なんか照れ臭いなぁ! 年下に呼び捨てされて嫌じゃないか? まぁでも、そのうち慣れるか! ラフィン、か。ラフィン」
まるで自分に言い聞かせるように美誠は、彼の名前を繰り返し唱える。
「……ミス・ミコト……」
「ラフィンこそ、その“ミス”はもうやめていいよ。これから気軽にいこうぜ!」
「……あなたといると、心から安心できる……」
「化け物に今まで追われていたんだもんな。俺で良けりゃあいくらでも相手にしてやんよ!」
満面の笑みを見せた美誠に、ふとラフィンから微笑が消える。
「美誠……貴女のその言動が、こんなにも辛いと思うことはありません……」
「あ? 何だよ安心できるとか辛くなったりとか! 情緒不安定か?」
直後、ラフィンが運転席から手を伸ばしてきて美誠を引き寄せると、そのまま抱きしめてきた。




