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銀の公子様の義妹になりました

末端貴族の娘の私リザベルは、結婚したくなくて夜逃げをした。

亡き父親より年上で評判が最悪な人との結婚は、どうしても無理!

けれど山の中で妖精に襲われてしまう。でも一緒に襲われたオウムだけでも逃がそうとしたところ、運よく助けてくれる人がいた。

それが銀の公子ジークハルト様。

命の恩人の彼は……なぜか私に公爵家の養女になってほしいと言い出した。

「君のような逸材を逃がすわけがない」


実は転生者の私が、実はとんでもない特技を持ってるとわかった結果……のお話。

 転生。

 私にとって、それは死んだと思って諦めきった後、ふいに二度目の人生が始まったような、そんな代物だった。


 生まれは末端貴族の家。ある伯爵家の分家の分家だけど、生活はほぼ平民。

 容姿もまぁ悪くはない程度。茶色の髪に、瞳は良く言えば蜂蜜色と形容できる淡い茶色といった色で、近所の村人と似たようなものなので、それほど特別感がなかったせいもある。


 それに、転生したことに気づいて数日は「異世界転生!」「ファンタジー世界!」と心躍ったけど、すぐに魔法使いにもなれないことがわかったし、魔物を討伐する冒険者もいない世界だと知り、現実ってそんなものだよね……と思ったせいもある。


 多少、ホタルみたいに光ってただよう魔素生物とか、妖精みたいなのもいるし、ファンタジー欲はそれで我慢することにした。

 その後はずっと、本家から管理を任された農地の、見回りが仕事という、地味な父と一緒に、平和で穏やかな人生を送るつもりだったのだけど。


 ――私が十五歳の時にぽっくり逝ってしまった。


 悲しみに沈んだその直後に、とんでもないことが起きた。

 孤児になった私に、本家である伯爵家から「可哀想だから嫁入り先を見つけてやった」と手紙が来たのだ。相手はなんと、本家がもてあましていたごくつぶしのおじさん。


 ……即、逃げましたよ。


 仲良くしていた村のおばさん達の応援を受け、もらった餞別と家にあるお金にできそうな物をありったけ入れたリュック一つを背負って、夜道を走り、乗合馬車を乗り継いだ。


 たどり着いたのは、隣の公爵家の領地だ。

 故郷よりも発展した町の中で、まずは仕事を探した。

 一カ月は宿に泊まって生活できるだろうけど、その後を考えなければ。

 

 私は町の公民館みたいな建物にある、仕事のあっせん所に行ってみたのだけど。

 パン屋とか宿屋や針子とか、私ができそうな仕事はない。

 それならせめて、長期戦になるつもりで日銭を稼ごうと、日雇いの仕事を見てみた。


「……薬草摘み?」


 知っている薬草だったので、これならできるだろう。

 私はあっせん所の職員に声をかけて、仕事を受けると、さっそくありそうな町はずれの林へ向かった。


「……んんー。意外と見つからない?」


 川から離れた林の中。

 葉が茂って薄暗い山裾を探してみたものの、見当たらない。

 特定の広葉樹の側によく生えているのだけど、ここにはないようだ。

 取りつくされてしまったのかもしれない。


 私は他の場所を探して歩き始める。

 その途中で、チチチと鳥の声が聞こえた。


「……小鳥?」


 首をかしげたら、今度はとんでもない言葉が聞こえた。


「タスケテ、シヌ!」


「え、誰か遭難でもしてるの?」


 びっくりして声がする方向を確かめようと、足を踏み出したのだけど。

 スポッと踏み出した足が空を切る。

 そのまま自分の体が真っ直ぐに落下して行く。


 え、こんなところに穴!?

 枯葉が積もって見えなかったの?


「とにかく痛いのは嫌!」


 目をぎゅっと閉じて、地面にぶつかる瞬間に備えた。

 ……が、なぜかふわっとした場所に足がつく。


 しかも、急に明るくなった気が……。

 変だと思いつつ、私は目を開けた。


「え――」


 言葉を失う。

 真上には私が落ちて来たらしい、屋根のひさしみたいになった崖がある。

 が、その他は薄い水色の明るい空が広がっていた。


 たゆたう雲の流れはゆるやかで、頬をなぜる風は柔らかい。

 なにより、足元のふわふわとした、丈の短い白い草。周囲は全てその草で覆われていて、真っ白な草原に私は立っていた。


「草……だよね?」


 異世界生活を十五年送ってるけど、こんな真っ白な草なんて知らない。


「夢でも見てるのかな」


 落ちて気絶したのかもしれないが、頬をつねっても痛い。

 草を踏んで歩いてみると、サク、サク、と霜柱を踏むような音がする。


 その音がなんだか不安をかきたてた。

 落ち着かないから、草原を抜けて、少し先に見えている森の緑の中に飛び込もうと走り出した。

 その途中で、チチチ、と鳴き声がした。

 思わず振り返ると、真っ白な草原に、ピンクと黄緑色の美しい鳥が横たわっている。


「コザクラインコみたい……」


 意外と大きい。私の両手を繋ぎ合わせた上に置いたら、尾羽が飛び出るくらいだ。

 近寄っても、飛び立つ様子が全くない。


「怪我してるの?」


 ここに置き去りにするのも忍びないのと、一人きりでおかしな場所にいる不安から、私はインコを手に乗せて連れて行くことにした。

 あと十数歩進んだところで、真っ白な草原が終わる。


 ――その時だった。


 ふっと周囲が陰った。太陽に雲がかかったのかと思った。

 けれど、手の中の鳥が必死にバタつき始めた。


「一体何が?」


 振り返ったそこに、盛り上がる白い草原があった。

 いつの間にか丘のようになり、さらに高く、私の身長の五倍ほどの大きさにまで、ぼこぼこという音をたてながら肥大していく。


「ひぃっ」


 私は走って逃げようとした。

 けど、白い草が沢山伸びてきて、まるで白い蛇が足に絡みついているみたいに足止めしてくる。前に進めない! 恐い、気持ち悪い!


 でも逃げられないのなら、もう仕方ないかと諦め気味になった。

 魔法みたいな能力もないのに、こんなおかしな物体に勝てるわけがない。


「あなただけでも逃げて」


 私は手の中のインコを遠くへ逃がそうとした。

 だけど暴れていたインコは、飛べないらしい。手の上でばたつくだけだ。それどころか、私の腕を登ってしがみついてきた。


 ずっと一緒にいる、と言ってくれているみたいで、切ない。それでも小さな生き物が死んでしまうのは嫌だ。

 私は無理やり森の方へ放って、遠ざけようとしたのだけど。


 でもその前に、声が聞こえた。


「また『暴れて』いるのか」


 前を見ると、森の奥から一人の青年が現れていた。


 背が高い。

 黒の長いマントがひるがえる様は、大きな影が手を広げたみたいだ。

 濃紺の美しい刺繍の裾長の上着や白いクラヴァットも、銀の髪の青年に全て似合っていて、絵画のよう。


 彼は私と私の腕にしがみつく鳥を見て、顔をしかめた。

 私、何か悪いことした? 鳥を盗んだとか思われてる?


「……ヴァイス、ここにいたのか。少し待っていなさい」


 鳥に向かってそう言うと、今や山のようになった白い草原へ向かって行く。

 どうやら青年は、鳥にちょっと怒っていたようだ。


「あの、危ない!」


 何の気負いもなく進んでいく青年の行動に、驚いて声をかけたけど、彼は振り返りもせずに応じた。


「問題ない。君もそこにいなさい」


 彼は真っ直ぐに進む。

 白い草が伸びても、畏れるように彼には触れることなく、はっとしたようにその手を引っ込めてしまう。


 横を通る時には、私に巻き付いていた白い草も、一斉に離れていった。

 白い草で覆われた山は、彼を前に震えはじめる。

 細かな地響きが聞こえる中、彼は平然としたまま長剣を鞘から抜き去って言った。


「また、そこで眠るといい」


 青年が白い草原の端を踏みつけた。

 逃れられないように動かなくなった白い草原は、彼の剣を突きさされると、綿毛のようにふわりと山が崩れ、先ほどよりも小さな草原になった。

 生えていた草も、ぺたりとしてしまっている。


(逆立っていない猫の毛みたい……)


 と思ったところで、私はぞっとした。

 もしかしてあれは生き物で、草だと思ったのは毛なんだろうか。

 呆然としてしまったせいで、いつの間にか青年が私の横に来ていたことにも気づかなかった。


「君」


 声をかけられて、はっと顔を上げた。


「はっ、はい……」


 剣を鞘に納めた彼は、折り目正しい態度で私にお願いしてきた。


「その鳥を返してくれるかな?」


「も、もちろんです」


 今までずっと、私の腕にしがみついていた鳥を、私はなんとか彼に返そうとする。

 名前も知っているのだから、彼が飼い主なのに違いない。

 この鳥も飼い主の元に戻れてほっとするだろうと思ったのに。


「ギャーッ!」


 手を触れようとしたら、鳥は振り返って抗議するように鳴く。しかもにらみつけるような視線は、青年に向けられていた。

 それも数秒のことで、すぐに私の腕に頬をすりよせて、くっつき直す。翼で腕を抱えるような体勢だ。


「どうしよう」


 左手だけで、鳥を無理に引きはがしていいんだろうか。

 迷った私の頭上から、ため息が聞こえた。


「ヴァイス。彼女が気に入ったのか?」


「ギャッ」


 今度は振り返りもせずに、鳥が返事した。


(うん、これ返事だよね?)


 そしてこの青年は、鳥の返事を聞いて少し考え込むと、私にお願いをしてきた。


「君、この鳥の我がままを聞いて、我が家へ招待されてくれないかい? 私はジークハルト・アラヴェルド」


 その名前に、私は冷や汗が噴き出そうな気がした。

 アラヴェルド。

 故郷の隣にあるこの領地を治める、公爵家の名前だ。


 招待するとはいうけど、何か粗相をして怒られたらどうしよう。

 私はろくに礼儀作法も知らない、田舎の小娘なのだ。

 でも拒否するのは無理だ。

 身分差ガチガチの世界で、公爵家の人の招待を拒否して怒らせたら後が怖い。

 私は素直に名乗ってお礼を言うことにした。


「リザベルといいます。ご招待いただきありがとうございます」

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