一途とTwitterと麻婆豆腐
「私ってもしかして……が、ガチ恋勢ってやつ……? い、いや違うもん! だって実際に会ってるし!」
推しの配信者とTwitterで繋がって会うことに。
お家に行って麻婆豆腐を作ってもらったのに食い逃げしました。
だって距離近くてびびったし!
でも気にしてないのか気遣ってなのか彼は何度も誘ってくれて、ホイホイついていく私は気付けば彼と長い時間を過ごしていた。
そしてようやく食い逃げをしなくなった頃、彼は初めて過去を語ってくれる。
これは一途な私が恥ずかしさと戦いながら配信者とファンという関係を変えていくお話。
初めてやりとりしてから一ヶ月程経ったある日の夜。
私はスマホを目の前に頭を抱えていた。
「どうしよう……ボタンひとつ押すだけなのにこんなに勇気がいるなんて……」
文字を打ってやりとりをするのはめんどくさい、という理由から彼と電話番号を交換した。
問題は交換をしたはいいものの電話をかける勇気が私にはないこと。
少し気持ちを落ち着けようとSNSを開く。
何気なくスクロールをしたところ、あるものが目に飛び込んでくる。
「え、なにこれめっちゃ美味しそう」
そこには今日の晩御飯、という彼の呟きとともに麻婆豆腐の写真が添えられていた。
特別麻婆豆腐が好きなわけではないけど、写真を見てふと思った。
「これ美味しそうだね、っていきなり電話かけたら変かな……」
いつまでもうじうじしてたらせっかく連絡先を交換したのに一生連絡できない気がする。
よし、と自分に気合を入れて通話ボタンを押そうとした時だった。
「わ、向こうから電話かかってきた!?」
偶然だとしてもタイミングぴったりすぎでは……?
私は恐る恐る応答ボタンを押す。
「もしもし? どうしたの?」
『いや、特に用はないんだけど、交換したきり電話したことなかったなと思って』
電話だからなのか普段配信で聞いている彼の声よりも優しい声音な気がする。
やばい、やっぱりかっこいい好き……。
「あ! そういえばめちゃくちゃ美味しそうな麻婆豆腐食べてたね!」
『また急な話題だな……麻婆豆腐そんなに好きだったっけ?』
「めちゃくちゃ好きなわけじゃないけどたまたま見かけたから」
『クソ意味分かんないな』
「いいなー美味しそうだなー私も食べたいなー」
緊張して頭がうまく回らない、どうしよう。
でもこの後の彼の言葉でそんな不安は頭からさっぱり消えてしまう。
『じゃあ……今度一緒に食べる?』
「……え、それって私とオフ会するってこと? え?」
私とオフ会? 聞き間違いじゃないよね??
『そうだけど、いや、ごめんやっぱなんでもない』
あれ、ちょっとしょんぼりしてる?
いくら好きな人とはいえ、いきなり二人で会うのは少し不安だなあ。
でもお店でご飯食べるだけなら他に人もいるし何かあれば逃げられるかな……。
「……嫌じゃないよ! 麻婆豆腐楽しみにしてるね!」
『俺より麻婆豆腐が目当てかよ……』
「ちゃんと会えるのも楽しみにしてるよ! マスクはしていくけど」
『食べる時取るからいらないと思うんですけどそれは』
「恥ずかしいので顔は隠していきます」
『そうですか』
次の彼の休みに合わせて会うことに決めて電話を切った。
なんだかまだ頭が混乱してるけど本当に会えるんだ……!
ちゃんと可愛いと思って欲しいから準備頑張らなきゃ。
そしてあっという間に迎えた当日。
三月に入ったとはいえ吐く息はまだ白く、冬の寒さが残っていた。
「やっぱり寒そうだなあ、あったかい格好しなきゃ……」
私はあらかじめ何パターンか用意していたコーデの中で一番暖かそうな白いゆったりとしたニットとえんじ色のロングスカートを手に取る。
正直スカートだと寒いと思ったけど、せっかく会えるチャンスだから少しでも可愛いと思ってもらいたいという気持ちが勝った。
普段の私だったらおしゃれよりも暖かさをとっていたと思う、恋ってすごい。
その後、目印になるようにマフラーを巻いて家を出た。
……何か大事なものを忘れたような気がするけどまあいいや。
新幹線と電車を乗り継いで待ち合わせ場所に到着する。
休日ということもあるけど相変わらずどこも人がたくさんいるなあ。
「えっと、待ち合わせ場所につきました、ピンクのチェック柄のマフラーを装備してます……っと」
あらかじめ決めておいた待ち合わせ場所であるふくろうの石像の前で彼にメッセージを送った。
メッセージを送ってすぐスマホが鳴った。
『もしもし、もうすぐ着きます』
「うん、待ってる」
ここに着いてからそわそわして気持ちが落ち着かない。
これから本当に会えるんだ……。
お化粧は気合い入れたし服装もいつもより女の子ぽくしたし、きっと大丈夫だよね。
なんて自分で自分を勇気づけていた時。
「お待たせ」
ずっと画面越しで聞いていた声が目の前から聞こえた。
私は顔を上げる、でも恥ずかしくて顔が直視できない。
「えっと、外でライトくんって呼ぶのもあれだから颯太くんって呼んでもいいかな」
「俺も花音って呼ぶつもりだったしそれは別にいいんだけどさ」
颯太くんがさっきから不思議そうに私の顔を覗き込んでくる。
お化粧おかしかったかな、どうしよう恥ずかしいからそんなに見ないでほしい……。
「結局マスクしてこなかったんだね」
「……!?」
そうだ!
何か忘れてるなーって思ってたけど一番大事なものを忘れてた!
「あんまり顔見ないで欲しい……です……」
「いやそれは無理があるでしょ」
「いやほんとにやらかした泣きそう」
「そんなことで泣かないでください」
穴があったら入りたいくらい恥ずかしい……。
私はマフラーで顔を隠しながら颯太くんについていくことにした。
「ほら、危ないからちゃんと前向いて」
「顔見ないでね!!」
「そんな無茶苦茶言わないでください」
「だって恥ずかしいもん……」
いつまでも恥ずかしがっている私を見かねて右手を差し出してきた。
「じゃあぶつかるといけないから手繋いでもいいかな」
「え、あ、はい……ありがとう……」
なんでさらっとこういうことするかな!?
手汗とか大丈夫かな、あ、颯太くんの手温かい。
というかこれ恋人繋ぎでは?? ん??
颯太くんが気を遣って話題を振ってくれたけど、心臓がうるさくて全然内容が入ってこなかった。
「……私なんでここにいるんだろう」
気付いたら颯太くんのお家に来ていた。
写真を見た時はお店の麻婆豆腐だと勝手に思っていたのだけど、私の勘違いだったみたい。
「だって手作りだと思わないじゃん……!!」
「なんか言った?」
「ふぁっ!? なんでもない!」
私が一人で勝手に慌てている間に颯太くんは慣れた手つきで麻婆豆腐を作る準備をしていた。
何か手伝った方がいいかな。
「何かお手伝いしましょうか?」
「いや、呼んだの俺だし座っててください」
うーん、断られてしまった。
そう言われちゃうとどうしようもないし大人しく待っていようかな。
「じゃあ待ってる間お部屋見ててもいいかな?」
「特に面白いものないと思うけどそれでもいいなら」
ちゃんと許可をもらえたので部屋の中をぐるっと一周見回してみる。
実は部屋に入った時からずっと思っていたことがあって。
(この人女子力高すぎでは??)
普段使っているであろう配信機材の横には、某ゲームのぬいぐるみがいくつも置いてあった。
なんかいい匂いするなーと思ってたけどよく見たらアロマも焚いてあるし。
私アロマなんか買ったことすらないんですけど。
普通に私の部屋よりも綺麗だし、お洋服もたくさんあるし。
いつも画面越しに聞いていた気怠そうな声からは想像できなかったなあ。
「なんか恥ずかしくなってきた」
「突然どうしたんですか」
気付いたら颯太くんがお皿を持ってテーブルまで持ってきてくれていた。
自分の女子力に絶望していたら麻婆豆腐が出来上がっていたみたい。
「なんか、神様って理不尽だよね」
何言ってんだこいつ、みたいな顔をしながら私の分のお皿を渡してくれた。
「ありがと! いただきます!」
この麻婆豆腐、写真よりも赤く見えるのは気のせいかな。
これからくるであろう口の中の痛みを想像しながら恐る恐る一口食べてみる。
「!! 美味しい! 何これすごい!! 天才!!」
「それならよかったです」
食べるまでびびっていた辛さは、普通にお店で出てくるよりも少し控えめなくらいだった。
全部美味しいんだけど、特に肉味噌がすごく美味しい……。
少食で普段そんなに食べられないんだけど、思わずおかわりをもらっちゃった。
颯太くんはそんなに美味しいの?って不思議そうにしていたけど、私にとっては今まで食べたどんな麻婆豆腐よりも美味しかった。
「ごちそうさまでした! ほんとに美味しかった!!」
「お口にあったようで何よりです」
食後に温かいお茶をもらって、ソファで一息つく。
「あの」
「なに?」
「なんで横に座ってるんですか?」
「いや、なんとなく?」
なんとなくで急に距離感近くなりすぎじゃない!?
待って無理心の準備できてない恥ずかしい。
「えっと、ごめんなさい!!」
「え、あ、ちょっと」
私は恥ずかしさのあまりその場から逃げ出してしまった。
数日後。
颯太くんから何度か連絡がきているけど、返事を返せずにいた。
「恥ずかしくなって逃げちゃいました、なんて言えない……」
今思い出しても顔が熱くなっちゃう。
少し落ち着こうとテレビをつけると、たまたま麻婆豆腐のCMが流れていた。
……なんか昨日もこのCM見た気がする。
「あの麻婆豆腐食べたいなあ」
あの日から麻婆豆腐を見ると颯太くんのことを思い出しちゃう。
そろそろ颯太くんにちゃんと謝らなきゃな。
私は怖々と颯太くんへ電話をかけた。





