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聖なる水晶の乙女は王を選ぶ

クリスタ王国には、建国神話がある。持ち主を守り続けてきた、金色の針が閉じ込められた歪な水晶は、持ち主を守るたびに針が減り、乙女の姿が顕現する。乙女と金色の針、水晶。この三つの持ち主こそが、正統な王を王たらしめるのだ。閉じ込められた乙女は、恋心を封じ込められている。けして結ばれない恋心を、愛する人のため、王国のために使うのだが、それは、この世で決して結ばれないことを意味する。リリアーナは、聖なる水晶の乙女の後継者であり、最初の水晶の乙女の元を訪ねるのだがーー。

 その水晶は、常に持ち主を守ってきた。

 お守りにするには歪な形をして、透明な部分と不透明な部分に分かれていた。

 中には不純物ーー金色の針のようなものが幾本か、きらきらと陽の光に輝いた。


 持ち主を守るたびに、この金の針のようなものはひとつ、またひとつと消え、柔らかな笑みを浮かべた乙女の姿が顕現した。


 持ち主を守り続け、とうとうある日、最後の針が消えた。

 水晶はその時、音も無く割れ、砂のようにさらさらと散った。


 最後に残されたのは、柔らかな笑みを浮かべた乙女の姿だった。


 これは、クリスタ王国に伝わる、建国の神話である。ーー



 「それで、最初の水晶の乙女が、サフィってワケ?」

 「まあ、そうなるさね。」


 ゆっくりと眠たげに、水煙草を燻らせて、サフィと呼ばれた老女は、煙を宙に吐き出した。

 ぷかぷかと円を描いて三つ、最後にもうひと吐きして、三つの円を繋ぐように大きな円を作った。


 「乙女と、金の針と、水晶。三つがこの国の継承の象徴。王を王たらしめるのは、この三つを繋ぐ円環であること。」


 小さな小さな洞窟の奥を、人が住めるようにした部屋もどき。僅かに天井から穴が開き、採光と風通しになっている。

 燻らせた水煙草、と呼ばれる細長い管を口から放し、サフィ、と呼ばれた老女はそっと呟いた。


 「あたしゃね、恋心を封じられたのさ。金色の針は、想いの数、ときめきの数……。そして、魔法の数。恋する乙女は、王を選ぶ。乙女が選ぶ時、水晶は力を持ち、王を王たらしめる。そして乙女は、水晶に封じられる。……リリアが選んだのは、ガーネット様だね?」


 「ええ、私の従姉様。私の最愛、紅髪の戦姫、優しくお強いお姉様よ!」


 リリア、と呼ばれた乙女は、清らかに笑んだ。

 サフィは眩しそうに目を細めた。


 今代の水晶の乙女が選んだ相手は、クリスタ王国の歴史の中でも、最も凶悪と言われ、恐れられている王女殿下。

 彼女が戦場に赴けば、その紅い髪よりも赤く、辺り一面焼け野原。

 その髪色を見た者は、血よりも炎よりも赤々と燃えるようだ、と言う。


 ところが、戦姫のガーネット王女も、王国どころか、大陸一帯を掌握できそうでも、次期クリスタ王国継承者候補の一人にしか過ぎない。


 それは、聖なる水晶の乙女が選んだ相手ーー恋をした相手のみ、神聖な力が授けられ、水晶の王国は完成するからだ。


 「ねえ、サフィ。私は、国とか、大陸の覇権争いとか、どうでもよいのよ。お姉様が、王になられるのであれば。私のときめきも、乙女心も、全て、水晶に捧げるわ! どうか、教えて、最初の乙女、聖なる水晶の導き手様。今、王国の水晶は、どこにあるの?」


 リリアの全身は、汗と浅い傷だらけであった。

 この洞窟に辿り着くまでに、追っ手を掻い潜り、山を越え、森を抜け、幾日か過ぎた。


 「……水晶が、無い? どういうことだい、リリアーナ様? アレは、乙女の思い人の傍に、常にあるものだ。」

 サフィは怪訝そうに尋ねた。眠たげな目が、はっと見開かれた。

 「まさか……! リリア、水晶の谷の、祭壇には行ったかい!?」

 しかし、そんな、と、早口で呟きながら、サフィは部屋を忙しなく歩き回る。

 「い、いいえ! 待って、サフィ! 乙女の選定の儀が終わってから、水晶は現れるのでしょう? その儀式を行ったのに、水晶は現れなかったわ!」

 「現れなかった! リリア!」

 すう、はあ、と、息を整える老女。

 「……リリア、落ち着いて、確認したいことがあります。」

 「な、なあに、サフィ。」

 ゴクリと喉を鳴らすリリア。

 「ガーネット様は、本当に、女性ですか?」

 「え……。」

 リリアは、ゆっくりと目をつぶった。



 リリアが七歳の頃、初めてお会いしたガーネット様は、二つ上の、気高く美しい方だった。背筋を張り、紅い髪がよく映えたドレスを着こなし、シンプルながらも大ぶりな、ガーネットの宝石を身に着け、子供とは思えないほど、指の先まで所作が完璧だった。

 そんな従妹に、子供心に見惚れていると、リリアに気付いて来てくれた。

 「あなたがリリア? まるで子栗鼠ね。可愛らしい。」

 目をきらきらとさせて、本当に可愛らしいものを見たように、笑った。

 リリアの髪は焦げ茶色に近く、束ねると栗鼠のしっぽのようだった。ほんのひと房、結んで飾りを付けていたのを、可愛いと目の前のガーネット様に微笑まれ、リリアは赤くなった。

 「は、はじめまして! リリアーナ・スフェーンと申します。本日はお会いできまして光栄でしゅ。」

 噛んだ。リリアは、やってしまった、と思ったが、

 「ふふふ、()()()()、リリアは可愛らしいね!」

 と、この時をきっかけに、すっかり気に入られたのだった。

 それから、何度かお茶会に招かれ、ガーネット様と共に、家庭教師から学べる事にまでなった。だんだんと一緒の時間が増えるにつれ、互いに成長するにつれ、少しずつ、違和感があった。


 ーーなぜ、お姉様は、お胸に詰め物をされているのかしら?

 それは、リリアが十二、ガーネットが十四の頃だった。

 クリスタ王国は、水晶の乙女の神話があるためか、胸は慎ましやかな方が好まれやすい。

 ガーネットは、慎ましい方であったはずだ。

 その時は、流行のドレスの着こなしのためかと思っていた。流行り廃りは、王女であるガーネットから生まれやすい。


 次の違和感は、デビュタントのダンスの練習をした時だった。

 なかなかコツが掴めないリリアに、わざわざ二人きりの時間を取ってくださったガーネット様は、なぜか男性パートを覚えていて、リリアをリードしてくれた。


 ガーネット様の私室で、他の者は下げられた中、二人だけで踊るワルツ。

 リリアは、背の高い従妹を見上げて、うっとりとしてしまった。

 そして、足のステップを踏み間違えたのだ。

 「きゃっ!」

 よろめいた弾みで、ガーネットに抱き着き、間の悪いことに、足を引っかけてしまった。

 二人はもつれて倒れ込み、ガーネットの鍛えられた脚と、喉に何か膨らみがあるのが見えた。

 「お姉様! 大丈夫です……か!?」

 倒れたガーネットを起こそうとすると、そのまま手を引かれて抱き寄せられた。

 「……ばれてしまったね。」

 耳元で低い声で囁かれ、リリアは背中がざわり、とした。

 「お姉様、どういうことですの?」

 「もうすぐ人が来てしまうから、このまま黙って聞いてくれるか。ガーネットは幼名であり、本名はアルマンディン。ーー男だ。リリア、君を死なせないため、女装している。」

 「お姉様、お姉様は……お兄様だったのですか!?」

 「ああ、そうだよ。僕の子栗鼠。お願いだ、水晶の乙女にはならないでくれ。」

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