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天眼の聖女 ~いつか導くSランク~  作者: 編理大河
パパ志願者と笑う少女
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遭遇


 ラナさんの出産から数日経った。


「いやあ、でもアゼルさんが赤んぼをシワクチャであんま可愛くないって言ったのはビビったなあ」

「確かにアレはヒヤッとしたな」


 昼食時、スタンの言葉にアレクがそう頷く。


 あのときの興奮はまだ醒めることなく、今もよく話題に上る。あの後、モーラの提案で皆に赤ちゃんをお披露目したのだ。皆が赤ちゃんを褒めたたえる中、アゼルさんがそんな言葉を平然とこぼしたのだ。


 まあ、気持ちは解る。男が生まれたての赤ちゃんを見たら、親でもない限り大抵はそんな感想となるだろう。だが、それを母親本人の前で言うデリカシーのなさ。ファムさんやケイさん、ウィルも頭を抱えていた。あれで女性陣の目が一気に冷たくなったからなあ。


「赤ちゃん、あんなに可愛かったのに。ねえ、ノアちゃん」

「うんっ。そうだね、エリス姉」


 エリスの問いにノアが元気よくそう答える。


 あの日以降、ノアは目に見えて打ち解けてくれるようになり、俺たちへの呼び方も変わった。最初、ポロッとそうこぼし慌てて訂正しようとしたが、それが親愛の情を示しているということを知っている俺は、そう呼んでほしいとノアに伝えた。


 元来は活気ある少女だったのだろう。処世術としての従順さがそれを押しとどめていたが、今は少しずつ解きほぐされてきているように感じる。


「それはそうとして、今日はどうする?」


 スタンが今日の予定を俺に尋ねてくる。ノアが来て以降、ガイのグループを警戒してあまり外をうろつくというようなことは控えていた。幸いにして、貯蓄が少なからずあるので、迷宮に潜る必要性も別段ない。モーラも今は赤ちゃんの生まれたばかりのラナさんグループを手伝うことで忙しいらしいし、のんびりするのも悪くないかな。


 とはいえ、ずっとこのままでは駄目だろう。いずれはあの粗暴なガイという男と、この件についてケリをつけなくてはならない。一瞬、金銭での解決も考えなくはなかったが、そうしたらあの手の類はもっともっとと要求してくるだろう。


 あの仮面を被って、闇討ちという手も考えている。奴らの能力はそう高くはないし、全員で相手すれば勝てない相手ではない。そうすれば、正体がバレることなく、あの男をここから追い出せる。ただ、その場合ノアが慕うエマも傷つけてしまう可能性があるのが懸念だが、必要とあればする覚悟はある。その際には綿密に計画をたてる必要があるだろう。


「今日はフィーネさんたちにでも会いに行こうかな。商品開発の進捗状況とかも伝えたいし」


 フィーネさんとのビジネスは概ね順調だ。俺の世界での娯楽、料理などを提案し、形にする。そして、それをフィーネさんがコネを持ってる富裕層の商人や、貴族などに売ることで結構な利益を得ている。結構な評判らしい。だが、それらは他でも模倣しやすいものであり、既に先行の利は失われているという。


 他者ではおいそれと真似できない製品がほしいとフィーネさんから言われ、俺も商品開発に取り組んでいるが、平凡な文系の俺にとってそれはかなりの難事だ。テレビや小説で得た朧げな知識を辿り、実践しているが中々形にはならない。


「商品って、あのくっせえのか」

「金のなる木だぞ。馬鹿にすんな」


 そう、完成さえすれば俺たちには莫大な利益が手に入る予定だ。フィーネさんとはロイヤリティについて交渉している。もし、俺の作ったものがフィーネさんが真に求めるものであるならば、売り上げに応じて、何割かを俺が得られるロイヤリティ契約を結んでもいいと、フィーネさんは言ってくれた。そうすれば、金は入り、俺たちは戸籍を楽々得て、治安のいい街に移り住むことができる。


「よし、今日はフィーネさんに会いに行こう。予定では帰ってきているだろうし」




 しかし、それは徒労に終わった。帰ってきたことには帰ってきたらしいが、緊急のクエストが入ったらしく、アストリアで最強と名高い二人が抜擢されたらしい。フィーネさんたちの住まいを尋ねた際に、メイドの女性が教えてくれた。


「残念だったね、リコ姉」


 ノアが笑顔で俺を励ましてくれる。


「うん、まあ別に急ぎの用でもないししょうがないね」


 俺もノアと手をつなぎながら、小さなノアに向かって微笑む。そこでハタと思いつき皆に提案する。


「そうだ、ラナさんのところにいって、赤ちゃんの様子でも見てこようか」


 あの子はやはり他の赤子と比べても、小さいとモーラが言っていた。相手の成長を強化する俺の能力を使って体力などの成長を促せば、病気などのリスクも軽減するだろう。最初、その小さな手を握ったときにもおまじないは行使したが、定期的に行ってあげた方がいいかもしれない。


「いいですね。姉さんのおまじないをあの子にしてあげるんですね」

「食いもんなんかも持っててやるといいかもな。赤子持ちじゃ、そうそう働けないだろうし」

「私もラナさんや赤ちゃんに癒しの奇跡をしてあげたいな」


 思うところは一緒だったらしい。俺たちは日持ちする食品を買い込んだ後、スラムへと戻りラナさん達が暮らす家へと向かった。その道すがら――


「あっ、ボスッ! いましたぜ」


 野太い声が俺たちに向かって発せられる。そこには獲物を見つけたといわんばかりの雰囲気が込められており、俺は想定した事態ではあるが少しばかり頭痛を覚える。


 声のした方を見ると、数人の青年たちが群れとなってこちらへと向かってくる。先頭に立つのはあのガイであり、わざとらしい獰猛な笑みを顔に貼りつかせ、舌なめずりせんばかりにギラギラと俺たちをみていた。その隣にはガイの女であるあのエマがいる。


「あっ」


 ノアが少しばかり怯えたような声を上げ、その足を止める。大丈夫とばかりに俺はノアとつないだ手をギュッと握ると、皆に声をかける。


「皆っ」


 皆も俺の声に力強く応えてくれる。


「はい、わかっています」

「あちらさん、やる気満々だな」

「ノアちゃんを守らなきゃ」


 そうだ、ノアをあいつらに渡したりなどは絶対にしない。暴力で訴えてくるのであれば、そのときこそ返り討ちにして痛い目を見せてやる。



 




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