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天眼の聖女 ~いつか導くSランク~  作者: 編理大河
パパ志願者と笑う少女
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お湯を沸かして

「なっ! なんでこんな大人数で来たんだ!」


ラナさんがいるという建物の前でモーラを待っていたクリスは、俺たちを見て絶句する。


「うーん、なんていうか成り行き?」


 モーラがいたずらっ子のように笑う。内心、この状況を愉快に思っているのかもしれない。穏やかでいて、案外こういう部分もあるのだと最近の付き合いのなかでわかるようになってきた。


「お兄ちゃんっ! そんなことより、赤ちゃんはっ」

「大丈夫だ。そんなすぐには生まれないさ。モーラも来てくれたし心配はない。……だが、この人数は」


 クリスが俺たちとラナさんたちが暮らしている家を見比べる。そこは二階部分が崩落した一軒家に布や木の板を使って補修された小さな住まいだ。


 まあ、スラム内では家すらなく路上で暮らしている者もいるし、これでも大分上等な部類である。だが、当然ながら俺たちが入る余裕などはない。


「モーラさんっ! よかった、来てくれて。えっ⁉」


 家の中から勢いよく一人の女性が出てくる。赤毛の髪を三編みにした愛らしい顔の女性だ。まだ、あどけなさもあり、成人はしていないように見える。少女といっていいだろう。眼を使って視てみると、年齢は16歳となっている。やはり大分若い。


 ダイアナは、この大所帯を見て目を丸くしている。まあ、こんだけいれば当然そうなるな。アゼルさんやマークスなどがいるのだから、敵対グループにカチコミかけにいっていると思われてもおかしくない。


「お願いします、モーラさん。私もダイアナもお産には立ち会ったことがなくて」

「わかったよ、キャロル。まあ、僕も大した経験はないんだけど、力にはなれると思う」


 モーラは不安そうなキャロルさんの肩を優しく叩くと、こちらへと振りかえった。


「じゃあ、行ってくる。セティとリコとエリス、それにノアはついてきて。他はここで待っててくれ。あんまし大勢で押しかけても負担になってしまうからね」

「いや、待つ必要があるのか? というか、お前なら俺たちが必要ないことぐらいわかったろ?」


 帰りたさそうなマークスが間髪容れずに、モーラにそうつっこむ。まあ、妥当な意見ではある。ここで待っていたからといって、特にやることはないだろう。


「マークスはこう言ってるけど、マノンはどうする?」


 しかし、モーラは静かに微笑みながら、マノンへとそう尋ねる。


「駄目だよっ、マー君っ! 乗り掛かった舟なんだから。それに赤ちゃんが無事に生まれますようにって、お祈りすることはできるでしょっ!」

「くっ……」


 マノンにがっしりと腕を取られ、悔しそうにマークスは黙り込む。マークスが外へ冒険者として稼ぎに行っているとき、マノンをモーラたちに預けているらしいし、あまり強くは出られないのかもしれない。


「まあ、俺たちは暇つぶしで来たし、別にここで待っててもいいけどな」

「そうだなー。なんなら、ここから応援するか―」

「ラナにも聞こえるように、頑張れ、頑張れって」


 アゼルさんたちは呑気にそんなことを言っている。本当に暇人ムーブをかましているなあ。いっつも、ブラブラしてるイメージしかないが、生活に困っている様子もない。それほど要領よく稼いでいるのだろうか。


「ぎゃ、逆に負担になりますよ、そ、それ」


 ウィルがこの大所帯にビクビクしつつ、そんな三人を諫める。


「そうだね。ウィルの言う通りだ。だから、心の中で応援しててね。それじゃあ、行こうか」

「うん。アレクとスタンも待っててね」


 モーラに促され、俺は待機する男子二人に声をかけた。


「はい、姉さんも頑張ってください」

「おう、ここで適当にだべっておくわ。そっちも気張らずにな」


 二人とも、それぞれの言い方で激励してくれる。


「行こう、エリス、ノア」

「うん、頑張るよっ」

「う、うん」


 突然の展開に驚いているノアの手を握ると、ノアはびっくりしたように俺を見上げた。心配ないと微笑むと、ノアは安心したかのようにホッと安堵の溜息をつく。怒涛の展開に戸惑っていたのだろう。でも、モーラがノアを指名してくれたのは、この子のことを慮ってに違いない。これがノアのいい経験になってくれるといいな。そんなことを思いながら、俺たちははモーラやセティと共にキャロルさんに促され家の中へと入った。




 家の中は、狭いなりにしっかりと整頓され、清潔な印象を受けた。女性三人で暮らしているからだろうか。だが、やはり物は少なく、テーブルや椅子などといった家具は見られず、僅かな調理道具や衣類が部屋の隅っこに置かれている。


「ラナ、ダイアナ。モーラさんが来てくれたわよ」

「本当っ、よかった」


 部屋の中央で寝かされている女性の傍らに膝をつき座っていた女性が、ホッとした様子で立ち上がる。黒髪のショートカットの怜悧な容貌の少女だ。この少女がダイアナさんだろう。ダイアナさんは俺たちへと視線を向け、困惑した様子をみせた。まあ、初対面だしな。


「この子はリコとエリス、ノアだよ。僕が助っ人として連れてきたんだ。とても役に立つ技能を持っている。ラナを助けてあげられるよ」

「そうですか。リコさん、エリスさん、よろしくお願いします」


 ダイアナさんは大分年下な俺たちにも丁寧に頭を下げる。キャロルさんも本当に心配そうにしているし、三人はとても仲のいいグループなのだろう。俺もぺこりと頭を下げると、エリスも同じように頭を下げる。


「ラナ、モーラさんが来てくれたわ。そのお友達も」


 ダイアナさんが、再び膝をつきお腹を大きくして臥せっているラナさんの手を取り励ます。


「やあ、ラナ。調子はどうだい。とっておきの助っ人も連れてきたし、もう大丈夫だよ」


 モーラも同様に傍らにしゃがみ込むと、励ますようにラナさんにそう告げる。


「ああ、モーラさん。ありがとうございます。なんとか今のところは大丈夫そ、ウウッ⁉」


 出産の痛みに襲われたのだろう。ラナさんは途中で苦しそうに呻いた。肩口まで伸びた金髪を振り乱し、苦痛に耐える。激しく発汗しており、その頬には髪が張り付いていた。


「大丈夫ッ⁉ ラナお姉ちゃん。頑張ってっ!」


 セティが心配そうにモーラたちの反対側に座り、ラナさんの手を取る。


「ありがとう、セティ。頑張って丈夫な赤ちゃんを産むからね。約束どおり抱っこさせてあげ、くぅ」

「お姉ちゃんっ!」


 緊迫した様子に、それを見ていたノアが握った手にギュッと力を籠める。圧倒されたのか、エリスも近寄り、俺の袖をいつのまにか掴んでいた。俺も出産の立ち合いは初めてだから、正直何をすればいいかは分からない。助けを求めるようにモーラを見ると、ちょうどモーラもこちらを振り向き視線があった。モーラは俺の意図を読み取ったのか、指示をしてくれる。


「リコ、お湯を沸かしてもらっていいかな。できるだけ多くね」


 ああ、そうか。出産ってそれがあったな。昔テレビで見た。

 


 





 

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