戦いは数だよ
肩までかかる緑髪をはためかせ、セティが部屋へと飛び込んできた。
「大変だああっ! モーラお兄ちゃんッ‼ ッて、なんでエリスちゃんたちまでいるのっ⁉」
セティが俺たちの姿を見て、目を丸くする。
「昨日エリスが事情を説明してたでしょ。その子を連れてきたのよ。はあッ、今はそんなことはいいわ。どうしたの? 何があったのよ」
アンナがセティの問いに応えつつ、その騒がしさの理由を問いただす。それにハッとしたセティは、モーラに縋りつき、懇願する。
「そうだっ⁉ 大変なんだよっ、モーラお兄ちゃん。赤ちゃんが、赤ちゃんが生まれそうなんだッ‼ 一緒に来て!」
「ラナさんのっ⁉ まだ、大分早いな……」
モーラはセティのその言葉に、少しばかりの動揺を見せる。どうやら、早産みたいだな。かなり緊急のトラブルだ。
「お兄ちゃんもそう言ってた。だから、モーラお兄ちゃんに来てほしいんだ。早くッ‼」
「わかった。ギギ、アンナ! 留守を頼めるかな」
すぐさまモーラはギギとアンナにそう告げる。二人は何も言うことなく頷き、了承した。そこにはモーラへの深い信頼が見て取れる。モーラは表情を引き締めると、セティを促した。
「よしっ! セティ、行くよ」
「うん、リコちゃんたちもついてきて」
突然のセティの発言に、俺たちはへッと声をあげる。
「えっ、私たちも行くの?」
「赤ちゃんが生まれるんだよっ! 人数は多いに越したことはないよ」
あんまり大所帯で、出産寸前の妊婦さんに押し掛けるのはどうかと思うが。どう答えるべきか悩んでると、セティがしびれを切らし、まくしたてる。
「ああっ、もうっ⁉ 赤ちゃんが生まれるんだよっ。皆で助けなきゃ。もし、赤ちゃんに何かあったらどうするのっ⁉」
その言葉のプレッシャーに、俺はいつのまにか突き動かされるようにセティへと頷いていた。まあ、確かにこっちにはエリスがいる。出産の傷も癒すことはできるだろう。他の皆へ視線を向けると、皆も流されるようにコクコクと俺へと頷いていた。セティの勢いに圧倒されているようだ。
そんな中、セティがギギとアンナにビシッと指を指しながら、留守を頼んでいた。
「じゃあギギ、アンナ、ここをよろしくね」
「おうっ!」
「あんまし無茶しないでよ」
セティの言葉に、ギギとアンナは苦笑しつつ頷く。
「いいの?」
「うん。確かに大勢いればなにかできるかもしれないし」
モーラの言葉に俺は頷く。エリスもいるし、俺に出産の立ち合いの経験はないけど、なんらかの前世の知識が役にたつかもしれないしな。
「じゃあ、レッツゴーだよ」
セティが拳を突き立てる。勢いに流されるまま、俺たちはセティとモーラの後へと続いた。
モーラの家を飛び出て、少しばかりしたところで、マークスとマノンの姿が見えた。無愛想に歩くマークスの後ろをピョンピョンとマノンがつきまとっている。いつも通りの光景だ。マノンがこちらに気付き、手を振ってくる。
「あー、セティちゃんだあ。それにエリスちゃんチの皆もいるっ! どうしたのーーー!」
マノンが元気よく、大声をあげる。そんなマノンに負けじと、セティもマノンに叫び返した。
「ラナさんの赤ちゃんが生まれそうなのッ‼ マノンも手伝ってぇ‼」
「えぇッ⁉ わかったぁ、合点承知だよっ! 行こッ、マー君‼」
マノンはマークスの腕をガシッとつかむと、こちらへと合流する。
「おいっ、マノン。離せッ! 俺は行かんぞっ、第一こんな大人数で行って何になる」
「大丈夫だよッ、マー君。赤ちゃんが生まれるんだし、戦いは数だよっ!」
唐突に腕を引かれたマークスはマノンを諫めるが、それをセティが押しとどめる。その勢いに押されたのか、「誰がマー君だっ」と抗議する声も小さかった。意外と押しに弱い男なのかもしれない。
マークスはそれ以上は逆らわず、結局マノンに腕を引かれながら俺たちに加わることとなった。
更に少ししたところで、先ほど別れたばかりのアゼルたちと再び出会った。
「おう、リコ。また会ったな。こんどはモーラも一緒か。どうした、そんな大所帯で」
「アゼルさん。赤ちゃんが生まれるんだよ」
間髪いれず、セティがアゼルに話しかける。
「ああ、ラナさんのところのか」
「あー、よくセティはあそこに通ってたもんなあー」
「でも、大分早くないか」
アゼルさんたちもラナさんを知っているらしい。根が明るいし、意外と社交的な人たちだからな。でも、さすがにこれだけの人数がいるから、セティもアゼルさんたちは誘わな――
「だから、アゼルさんたちも一緒に来てッ!」
「えっ、こんな大人数で押し掛けるんですか?」
ウィルが当然のように疑問を口にする。確かに、当初のメンバーだけでも多いぐらいだろう。そこにマークスと、マノンが加わり、更にこの四人は多すぎる気がするが。
「戦いは数だよッ! 何かあった時に困るし。ねっ、モーラお兄ちゃん」
「どうかなあ」
モーラはそんなセティを諫めずに、曖昧に笑う。そういえば以前クリスが、モーラはセティには甘すぎると愚痴をこぼしていたな。確かにそうかもしれない。
「まあ、よくわかんねえけど、そういうことならついてくわ」
「特にやることもないしなー」
「あの三人娘、結構別嬪だしな」
呆気なく了承するアゼルたち。
「ええっ⁉」
「よしっ、急ごう。早くしないとっ」
ウィルが呆れ声をあげる。しかし、意に介した様子もなくセティは再び先頭をかけ始めた。
他のスラムの住人たちが奇妙な目で見る中で、俺たちの不思議な進軍は続いた。




