お披露目
「やあ、よくきたね」
モーラは、笑顔で俺たちを家へと迎え入れてくれた。モーラの家はこの近辺で一番大きな建物だ。ここに来た後に、幅を利かせていたゴロツキグループを締めあげて、追い出して手に入れたという。家の中にはスラムにしては上等な椅子やテーブルが置いてある。モーラの迷宮での稼ぎなら、まあこれくらいは手に入れられるだろう。
別の部屋からは子供の声が、騒がしく聞こえてくる。モーラが引き取って育てている子供たちだろう。その子たちはまだ幼児であり、クリスやセティ、ギギやアンナとはモーラとの関係性もちょっと違ってくる。
「おお、クリスたちか。よく来たなあ」
「あぁ、その子がこのまえエリスが言ってた子ね」
俺たちの来訪に気付いたのか、ツンツン頭の少年のギギと、ツインテール少女のアンナが下りてくる。今まで、子守りでもしていたのだろう。ギギはアレクとは剣好き同士で仲がよく、アンナも女同士気が合うらしくエリスとセティと三人で楽しくおしゃべりしていたりする。ノアもいずれ、そんな感じで仲良くなれたらいいな。
「ほら、ノア。皆に挨拶して」
「え、ノ、ノアです。よ、よろしく……え、えへへ」
皆に注視され、緊張してしまったのか引き攣った笑みで自己紹介するノア。そのまま、俺の背中に隠れるようにして回り込んでしまう。
「でもよかった。以前見た時とは雲泥の差だ。随分と可愛らしくなった」
モーラが、そんなノアを見て目を細める。
「本当に。ガリガリだったもんなあ」
「あそこでは満足に食べさせてもらえなかったんだろうね。かわいそうに」
モーラは俺の側まで歩いて、そして膝を曲げると俺の背中から顔を出しているノアに目線を合わせる。
「どうだい、ノア。リコのところは?」
「えっ?」
唐突に尋ねられ、ノアは俺の顔をチラチラと見上げる。話していいのか心配なのだろう。微笑んで頷くと、ノアもこくりと頷き、モーラへと口を開く。
「えっとね、おいしいご飯も食べれるし、皆優しいしノアは楽しいよ」
「そうかい、それはよかった。どうだい、このままリコのところの子になるというのは」
モーラは俺の援護とばかりにノアを説得してくれる。だが、その質問が出たとたん、ノアは口ごもって視線を下に向ける。
「約束があるから」
そう小さく呟く。約束とはエマという女性がこの前口にしていたな。やはり、あのエマという女性はノアにとって特別なのだろう。だが、あの虐待に対し何もしない彼女にとっては、もうノアは特別ではない。どうしたら、ノアにそれをわかってもらえるだろうか。今は、ノアのその想いを上回るほどの愛情をもって接するしかないな。
「でも、あそこにいたら酷い目に遭うのはわかってるよね。殴られたり、ご飯を食べさせてもらえなかったりしているんじゃないかい?」
「でっ、でもっ、エマ姉が助けてくれるし」
ノアは必死にエマを擁護する。そんなノアをモーラは憐れむように諭す。
「本当にそうかい? 気まぐれ程度の優しさじゃなくてかい? もし、あのガイという男が君に本気で怒ったとして、身を挺して守ってくれると思うかい?」
「が、ガイは怖いから。でも、エマ姉は優しいし」
ノアの想像の中でも、きっとエマはノアを守ってはくれなかったのだろう。その証拠にノアは一瞬口ごもり、俯いてしまう。だが、すぐに曖昧な笑顔を浮かべてエマの優しさを必死に強調する。
「リコなら君を守れるよ。よく考えて」
ポンポンとノアの頭を撫で、モーラは立ち上がる。
「まあ、ガイはしばらくは外出して帰ってきてないみたいだよ。配下の連中も特に動いてはいないね。探す気はないんじゃないかな」
「ありがとう。わざわざ調べてくれたんだ」
「ふふ、気にしないで。リコは大切な同盟者だからね。もし、もめごとになったら言ってね。力になるよ」
ここ近辺で一番の有力者であるモーラにそう言ってもらえると心強い。先ほどのアゼルさんたちもそうだし、俺たちは隣人に恵まれてる。いつか、その恩を返さないとなあ。
「あの、セティちゃんは今いないんですか?」
仲良しのセティが現れないから疑問に思っていたのだろう。エリスがキョロキョロと周囲を見回して、所在を尋ねる。確かにあの元気娘なら、来訪者があったらいの一番に飛び出してくるだろう。
「ああ、セティならクリスと一緒に妊婦のラナさんのところにご飯を届けに行ったわよ」
「妊婦?」
生々しいワードに、思わず呆けた声が出る。確かにスラムでは中学生ぐらいの子がお腹を大きくしている姿を見かけることがある。だが、そのたびにこんなところで育てられるかという不安を覚えたものだ。
「ラナさんっていうのは女性三人だけで生活してるグループの女性だよ。ダイアナさん、キャロルさんという女性と一緒に最近ここに越してきたんだ。なんでも所属しているグループのボスが殺されて、乗っ取られたんだけど、乗っ取ったボスが粗暴で女好きで身の危険を感じて逃げてきたんだって。でも、そのときにはラナさんはそのボスの子を妊娠してしまっていたらしい」
なるほど、よくある話だな。モーラはここ近辺のボスだから、結構そういった人たちに頼られてるんだよな。優しいし、理知的で聡明、おまけに戦闘力も高いし、理想のリーダーだな。まだ、十五の少年だというのに本当に大したものだ。
俺も銀髪鬼などとのたまって、自己満足に治安維持活動と称して似たようなことはしたが、それはあくまで仮面を被り正体を隠して行なったことだ。どうも前世でのうだつの上がらない平凡サラリーマンだった経験のせいか、まず保身に走っちゃうんだよね。俺はヒーローにはなれない男だったし、これからもきっとそうだろう。
あ、そういえば銀髪鬼ってこれからどうしよう。キモイ金切り声をあげる仮面野郎なんて、ホントただの変態みたいだしな、うーん。
「セティったら赤ちゃんが生まれるっていって張り切っちゃって。栄養つけなきゃってお小遣いねだってラナさんのお腹の赤ちゃんに貢いでるのよ。子供も平気で拾ってきちゃうし、ホントにあの子は」
「あはは、セティちゃんらしい」
そう言ってアンナは苦笑する。容易く想像できるからだろうか、エリスものほほんと笑う。モーラのうちに小さい子供がたくさんいるのはそういった事情があるからなのだろう。本当に優しい子ではあるが、人間を拾ってくるっていうのはちょっとキツイかな。それを受け入れてるモーラも本当に器の大きい男の娘だなあ。
「ん、噂をすれば来たみたいだぞ」
モーラの苦労を思い、苦笑していると隣のスタンがぴくりと耳をそばだてた。何か聞こえるのかと同じように耳をそばだてると、確かに叫び声が聞こえる。声からして、これはセティか。
「大変だああ。モーラお兄ちゃん大変だああ」
外からでも声がはっきり聞こえてくる。どうしたんだろうか。そう思っているとすぐさまドアが勢いよく開いて、セティが飛び込んできた。




