ご近所づきあい
「どう、お姉ちゃん?」
ノアが、洗いざらしの清潔感ある服を身にまとい、俺の前でくるりとまわってみせる。ザンバラな髪型や痩せ細った体に目が行きがちだか、この子の容姿は秀でている。顔立ちも端正だし、成長したら誰もが認める美少女になるだろう。
「うん、完璧。可愛いよ」
「そう、えへへ」
あどけないその笑顔に、俺の中の父性が刺激される。アレクやエリス、スタンもそうだったけど、完全に庇護しなければならないノアは、一層その想いを強く抱かせた。
「それじゃあ行こうか、皆待ってるよ」
今日はこのままモーラの家に行くつもりだ。俺からも改めてモーラにこの子の件をお願いしたいし、他の子たちとも合わせてやりたい。同い年の子も近いし、ノアに友達ができてくれたら嬉しい。あそこでは、それは望めそうにないしな。
「おっ、来たか」
「ノアちゃん、可愛い‼」
「本当にそうだね。それじゃあ、行きましょうか」
ノアを連れていくと、玄関で俺たちを待っていたアレク、エリス、スタンが俺たちを迎えてくれる。エリスなどはおめかしをしたノアが気に入ったらしく、ぎゅっと抱擁する。
「うん、それじゃあ行こうか」
モーラ達の家はうちから近いといえど、数十分ほどの距離がある。
その道すがら、喚いている男の声が突如として響き渡ってきた。
「なにか騒がしいですね」
「そうだね、なんだろう」
アレクが怪訝そうに耳を澄まし呟く。その声に、俺も頷く。喚き声は怒りを明確に孕んでおり、俺たちに緊迫感を与えていた。声からして、男は確実に成人している男だろう。前世でも出勤時に満員電車でトラブルがあると、必要以上に緊張してしまっていた。怒声は人を怯ませる。
「ん。でも、アゼルさんたちの声も聞こえるし、仲介してるっぽいな。大丈夫じゃないか」
スタンが両耳に手を当てながら、状況を判断する。
「そっか。まあ、でも万が一ということもあるしね。行ってみよう」
アゼルさんは身長は2メートルを優に超す大男だが、刃物とかを相手が持っていたら万一もある。アゼルさん自身は温厚な男だし、不意を突かれるということもあるかもしれない。俺たちは声のする場所へと、駆け足で急ぐ。
「なあー、落ち着けってばよー」
「そうだぞ。急に切れすぎだろッ」
駆け付けると、アゼルさんが一人の男を羽交い絞めにしていた。男は半狂乱となって、叫びながらその拘束を振り払おうとしている。その両隣でファムさんとケイさんが必死に男を宥めすかしていた。更に少し離れた場所ではウィルが怯えた表情でその様子を傍観している。
「離せえええええぇっ。離せよぉおおおぉ‼」
アゼルさんに両脇を締められ、全身をばたつかせている男。その目は血走っており、口角からは泡を吹いている。見た感じ、完全に理性を失っているようだ。
「なあ、おい。正気に戻れよ。小さいガキから金品巻き上げるなんて。お前さん、そんな男じゃなかったろ」
「うるせええええ! 知ったかぶってんじゃねえよおぉ」
アゼルさんの説得にも男は激高し、暴れ狂う。どうやら、羽交い絞めにされている男がよからぬことをしていたところをアゼルさんたちが制止しているように見える。男の狂乱振りは遠目からでも引くぐらいの勢いだ。
「アゼルさん、大丈夫っ⁉」
「ああ、リコか。いや、俺たちもよくわからないんだが」
俺の声に振り向き、困惑した顔をするアゼルさん。しかし、その拍子に拘束が緩んでしまったのだろう。男がアゼルさんを振り払い、脱兎のごとく逃走してしまう。
「うおおおおおおおおおおおおおお」
「あー、やっちまった」
その男の背を、アゼルさんが残念そうに眺める。
「すみません」
俺が中途半端に声を掛けたせいだろう。頭を下げる俺に、アゼルさんは気にするなと首を小さく振る。
「いや、気にすんな。逃げちまったものは仕方ない。それに捕まえたとして、それからアイツをどうすればいいかなんてわかんなかったからな」
「おうっ、そうだぜー。もともとはいい奴だったんだけどなー」
「あの様子、信じたくはねえけどもしかしたらやってるかもな」
深刻そうに俯くアゼルさんたち。やってるって何をだろうか。それを尋ねようかと悩んでいると、ファムさんがノアの姿に気付き、ほほうと声をあげた。
「そっちの子って、あのガイのとこにいた子だよなー」
その声に、アゼルさんもケイさんもノアを見る。
「ええ、実は……」
俺はノアを保護している経緯を話す。アゼルさんのグループは、ここ近辺ではモーラ、マークスに続く有力なグループだ。なんだかんだいっても親しく付き合えているし、事情を説明しておけば後々助けてもらえるかもしれない。
「そうかあ、なるほどなあ」
「まっ、確かに見てると辛かったからなあー」
「俺たちは応援するぞ」
三人とも好意的な反応だ。本音をいうと自力でなんとかしたいが、アゼルさんたちのような有力なグループからのお墨付きはやっぱりありがたい。弱肉強食のこの世界で、こういったことは本当に死活問題なのだ。故に、人とのつながりは密接である。
「でも、あのガイってやつは、ちょっとヤバイかもなあ。もし、ノアちゃん関連で揉めたら、俺たちを呼んでくれ。助けになるぜ」
アゼルさんが俺たちにそう言ってくれる。それだけで、とても心強い。逆に思うが、何故暴力が認められる世界で、高い能力を持っているのに、これほどまでにアゼルさんは穏健でいられるのだろう。ただ、それだけで俺はこの人たちを信じることができてしまう。
「じゃあなー」
別れ際、アゼルさんたちは手を振って見送ってくれる。そんななか、ずっと隠れるようにしていたウィルも、アゼルさんたちの後ろに隠れつつ、おずおずと小さく手を振ってくれていた。




