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天眼の聖女 ~いつか導くSランク~  作者: 編理大河
銀髪小鬼と家出兄妹
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銀髪小鬼の秘密基地


 スラム街付近で俺は一度、ずだ袋を下ろすと髪をわしゃわしゃと乱す。俺の髪質は驚くほどよく、すぐにサラサラと戻ってしまうので紐で頭頂部から長い髪を結びパイナップルのようにする。そして、袋より取り出した布に包んだ炭を取り出すと、それを顔に塗りつけた。

 俺の容姿はとても目立つ。面倒くさがって不用意に歩いた時は何度も襲われ、その度に魔法で撃退した苦い記憶がある。なので横着だけは絶対にしない。これもマルコの教えの一つだ。


「さて、行くか! マイホームッ、マイホームッ」


 俺はスラム街の外れに向けて、ずだ袋を背負いながら人の少ないルートを小走りで駆け抜ける。ここのスラムは文字通り弱肉強食。子供一人が荷物を背負って歩いていれば、よからぬ輩に目をつけられることも多い。ほら、さっそく――


「ちょっと、ちょっとぉ」

「いいもん持ってんじゃーん」


 ちらっと声がした方へ振り向くと、六人の少年グループが後ろから足早に俺を追いかけてくるのが見えた。どうやら、今日は運の悪い日だったらしい。俺は仕方なしとばかりに足を止める。全力で走っても、この体ではすぐに追いつかれてしまうからだ。


「おっ、諦めたかあ」

「大人しく渡せば、いじめないでやんよ」


 小さな子供が相手ということで、その口ぶりは大分余裕がある。だが、今こいつらが相手にしているのは唯の子供ではない。俺は懐に手を入れると、そこに忍ばせておいた仮面を取り出して被る。いくら相手を撃退できるといっても、顔が売れ過ぎると今後もあまりよろしくないことになるだろう。なので荒事に巻き込まれた時は、これを被ることにしているのだ。これは街でお祭りに使われていた白塗りのものを、ゴミ捨て場より拾いペインティングを施し作成したダークヒーロー的なデザインとなっている。


「ワレニ、ナニカヨウカ?」


そして俺は相手を威圧するために腹部へと力を入れ、声をイケボに変えると少年たちへ振り向いた。謎の仮面をかぶった子供に少年たちは一度ポカンとしたようだったが、次の瞬間爆笑する。


「ギャハハッ、なんだぁ、コイツ」

「オイオイ、頭おかしいんじゃねえか?」

「ヒィー、笑い過ぎて腹いてぇ」

「プププ、なんだよその声。無理して作りすぎだろ」

「ハハッ、そんなんで俺たちが怖がるとでも思ってんのぉ? 僕ぅ?」


 どうやら、この反応は俺のことを知らないみたいだな。最近は、この仮面を見るだけで察してくれる者もいるんだけど。俺がそう思っていると、一人の少年がハッとしたような表情を浮かべた。


「いや、ちょっと待て。コイツ、銀髪ゴブリンじゃないか?」


 出たか、その名が。まあ、俺的には銀髪鬼といってほしいのだが。そっちの方が格好いいし。


「おいおい、あの魔法を使うっていう馬鹿らしい噂の」

「ありえねえって。どうせ、噂を聞いたこのガキが浅知恵で真似しようとしてんだろ」


 しかし、少年たちが信じる様子はない。これは、戦闘の流れになるのは不可避だな。仕方ない。早く家に帰りたいから、イッチョ蹴散らしてやりますか。


「コレデモ、シンジヌカ」


 右手を掲げ、そこから派手に焔を巻き上げさせる。この二年間、俺は魔法の特訓を行い様々なことができるようになった。今出しているのは見た目こそ派手だが、それほど威力はないものだ。もし当たっても、軽い火傷ですむ。殺人はモラルの面や、面倒ごとを避けるという意味合いもあるので出来る限り行わない。


「イマ、サルトイウナラ、ミノガシテヤル」


 目の前で突如出された炎に怯みまくる少年たち。これは戦闘回避が出来るかもしれないと思った瞬間、一人の少年が意を決したかのように俺へと掴みかかってくる。……だが少年、それは勇気ではなく蛮勇だ。


「フム、デアルトイウナラ」


 俺はサッと右手を横へと払う。そこから放たれた焔は放射状に広がり、突っ込んできた少年を包み込みながら後ろの少年たちにも蛇のように纏わりついた。


「ギャアアァアア」

「アチィーーーーーーーー」

「た、助けてっ⁉」


 これでも、威力は最低限に調整してるんだけどな。ぶっちゃけ、手持ち花火ぐらいの火力だと思う。しかし魔法をくらったという心理的ショックなのか、焔が消えると少年たちは互いの焦げた髪や服を見て驚愕し、あっというまに蜘蛛の子を散らしたかのように逃げ去る。


「ふぅ。……やれやれ、目立ちたくはないんだがな」


 少年たちがいなくなった後、俺は仮面を外してホッと息をつく。この二年間で大分荒事にも慣れたが、それでも緊張はする。そして、自分よりデカい相手には恐怖も感じてしまう。……根っこの部分は、戦争を知らない平和な国の陰キャだったからね。


「さ、家に帰るか」


 騒ぎを聞きつけた野次馬が来るかもしれない。俺は早急にその場を立ち去った。




 スラムの郊外には激しく崩れた一画がある。そこへと到着した俺は周囲に人影がないかを確認し、一見すると何もないように見える瓦礫の山へと近づいていく。恐らくここは、昔に何らかの災害で崩落した遺跡か神殿だったのではないか。積まれた瓦礫などには、宗教的な紋様が施されたものもある。ここ一帯は瓦礫ばかりで雨ざらしとなってしまうため、あまり人も近づかない。

 俺は瓦礫の山に手をかざすと、土の魔術を行使した。すると、ズズッと瓦礫が動きだして階段が現れる。俺は、その階段を降りて地下へとむかう。もちろん、入り口は土魔法で塞いでおく。そして、採光ができるように隙間は少しだけ空けておいた。そうして少し降りると、広々とした空間にたどり着く。ここも崩落した天井の隙間からいい塩梅に光が差すので、日中は明るいし本も読むことができる。


「ただいま!」


 別段出迎えてくれる人がいるわけではないが、なんとなく言ってしまう。これをいうと帰ってきたって気分になり、ホッとするんだよね。

 ここが俺の今現在の住処だ。一人になってから少しして、安全な寝床を探しているときにここを見つけた。こういう場所にありきたりな地下室とかがあったらいいんだけどな、ゲームとかだと普通にあるけどな、などと思いつつ適当に探してみたらドンピシャで見つけてしまったのだ。中へ入ってみると地下は入り組んでおり、奥には複数の小部屋や水の通っていない下水道につながる道まであった。イメージとしては、以前テレビで見たモヘンジョダロみたいな感じだ。昔はここにも偉大な文明があったのかもしれないなどと想像すれば、少しはロマンも感じる。スラムにもこんなところがあるだなんて、と。しかし、この世界ではあまり文化財の保護とかはされていないのかもしれない。

 小部屋なども当初は埃や煤だらけだったが、必死に掃除をしてなんとか住めるようにした。そのときは水魔法さんと風魔法さんが大活躍だったなあ。その甲斐もあって、今ではここが俺の自慢の秘密基地だ。正直快適すぎて罰があたるのではと思うほどだ。

 俺は傍らに置いてある、寝藁を積んで清潔なシーツを掛けた自作の簡易ベッドへとダイブする。必死に材料をかき集めて作成したベッドの感触は、まさに極楽浄土のようだ。


「ふう。快適、快適」


 定期的に水魔法と火魔法で煮沸消毒などもしているので、スラムであるのに清潔そのものだ。この近辺で取れる、いい匂いがする野花を乾燥させた自家製のサシェなども置いてあるので、気分もとてもリラックスできる。基本的に日々の糧を探すとき以外は時間を持て余しているので、こういったものを作るのが今の俺にとってはいい暇つぶしとなっているのだ。


「……いかん、このままでは寝てしまう」


 バッと跳ね起きると、俺はずだ袋の中身を検分する。うん、中々の収穫だ。悪くなりそうな果物は先に食べて、日持ちしそうな焼き菓子はとっておこうかな。スラムの生活だと生鮮食品が不足しがちだから、果物はありがたい。スラムでは背中が盛り上がり、変形してしまっている者をよく見かける。ビタミンⅮが決定的に不足しているのかもしれない。

 すぐ側のテーブルに行き、椅子へと座る。これもまた土魔法さんで作ったものであり、デザインはまさに岩といった武骨な感じだ。すこしばかりインテリア的な外観にもこだわりたいが、まだそこまでの練度が俺にはない。まあ、今のところは用途さえ満たしていれば十分だ。


「いただきます」


 両手を合わせ、少しばかり遅い昼食をとり始める。見慣れぬ果物と以前に物乞いで貰ったカンパンのようなパン。それとこの二年間俺の主食となっている、朝焼いて食べきれなかったネズミ肉。石のコップには水と、最近作れるようになった氷を浮かべた。暇を持て余しているので、拾った木の枝をナイフで削って作成したスプーンやフォークも用意してある。


「うん、美味い」


 俺は上機嫌で食事を始める。果物の新鮮な酸味が特に嬉しい。スラムにはガリガリな骨と皮だけの子供が多い中、リコは順調に成長できているように思える。肉付きや肌艶も、前世での9歳児と遜色ないだろう。ここで腹いっぱい食事が取れることに満ち足りながら、俺は昼食を平らげていった。


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