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天眼の聖女 ~いつか導くSランク~  作者: 編理大河
パパ志願者と笑う少女
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バロン


 ガイのグループも、他のスラムのグループと同様、皆で同じ時間に食事を取る。だが、その暗黙の決まりはリーダーであるガイと、その女であるエマには適用されることはない。二人はいつも手下たちが食事を終える頃にようやく起きてくるのだ。


「かああ、眠ィ。眠すぎて、そこらへんのクソガキぶっ殺してえ気分だわ」

「ふわあ。ガイ、あなた張り切りすぎなのよ」


 欠伸を噛み締めながら、仲睦まじく二階より下りてくる二人。


「あ、おはようございます、ボス」

「姐さん。今、スープあっためますね」


 手下のものたちは、皆媚びへつらうように二人に奉仕をする。それがこのグループのヒエラルキーであり、日常の光景であるのだ。


 そんな中、ノアは何もすることができないので、ただそこに立っているだけだった。不器用なノアは、料理をすると大抵、食べられない物質へと変えてしまうため、下準備の段階までしか関与を許されていない。ただ、黙ってエマをじっと見つめるノアに、エマも気付き眉をひそめる。


「何? なんでそんなにジッと見てるの?」

「えっ? エマ姉は今日もエマ姉だなあって思っただけだけど、変だった?」


 ノアの返答に、エマは一つ大きく息を吐き、そしてテーブル上のパンを地面へと放り投げる。


「目障りよ。あんまりウザくしていると、また折檻タイムよ。適当にお外で時間でも潰してなさい」


 エマは、ノアにただ冷たくそう言い放つ。隣で片腕でエマの胴を抱擁しているガイは、まるで興味がなさげにまた大きく欠伸をするだけだった。


「うん、わかった‼」


 嘲笑されつつ、朝食を与えられなかったノアは、エマの投げ捨てたパンに飛びついた。ご飯を抜かれることは珍しくない。今朝も当然のようにノアのご飯は用意されていなかったが、こうして時折エマが与えてくれることがあるので、大変助かっている。


 ノアは手にしたパンをすぐには食べず、懐へと入れると言われたままに建物の外へと逃げていく。幸いにして今日は皆あまりノアには関心を示さず、いじめられることもなかった。


「ごちそう、ごちそう」


 懐のパンの感触を確かめつつ、ノアは家より少しばかり離れた場へと駆けていく。そこは瓦礫が積もり、あまり人の住んでいない場所であった。そして、そこでノアは周囲を見回し誰もいないのを確認したところで、そっと呼びかける。


「おいで、バロン」


 ノアが呼びかけると、瓦礫の下からガサゴソと茶色い毛むくじゃらが姿を現す。それは小さないやせっぽちの犬であった。ノアの姿を見つけると尻尾を振りつつ、駆け寄ってくる。


「よしよし」

「ワンッ!」


 鼻をならし、かけよってくるバロンをノアはそっと優しく撫でる。バロンもそんなノアに信頼を示すように一つ鳴くと、全身を押し付けてきた。バロンのその重さが、ノアにはとても嬉しく感じられた。


 ノアがバロンと出会ったのは、真夜中に酔ったガイに折檻されて、家から叩きだされてしまったときだ。その夜は冷たい風が吹きすさんでおりとても冷え込んでいた。さすがに耐えがたく、どこか風を遮れそうな場所を求めて、ノアは少しばかり周囲をさ迷い歩いた。そこで出会ったのがバロンであった。


 バロンは人懐こい犬で、噛みつくなんてことはしなかった。凍える寒さの中、暖かそうなその体にそっと触れたとき、バロンも温もりが欲しかったのか、ノアの腕の中へと飛びついてきた。一晩、そうして寒さをしのいでいるうちに、一人と一匹の間には知らずと友情が生まれていた。それからノアは度々ここを訪れ、バロンの寝床に暖かそうな寝藁や布などを整えたり、食べ物を与えたりとしているのだ。


「ほら、ごはんだよ。はんぶんこしよう」


 大した量でもないパンを、ノアは律儀に半分にちぎるとバロンに分け与える。バロンは一つ甘えた声を上げるとすぐにはがっつかずに、ノアの顔をじっと見上げる。ノアが頷くと、バロンはゆっくりとパンを食べ始める。ノアもその隣に腰を下ろし、パンを口にする。


 パンはあっという間に手の中から消えてしまう。正直空腹は消えないが、それでも心は満ち足りていた。


――ほら、はんぶんこよ。


 唐突に、昔エマと自分が二人きりでこのスラムを放浪していたときのことを思い出す。あの時、エマは自分のためにいつも笑顔でなんでも分けてくれた。いつからだろうか、その笑顔が消えてしまったのは。最初は上手くいくと笑っていたが、ここの過酷さに段々と余裕は失われていったのだ。

 ガイと出会ってから、エマは食べ物には困らなくなった。それなのに、何故だろうか。ノアにはエマがちっとも幸せそうには見えないのだ。


「くぅーん」

「ごめんね、バロン。大丈夫だよ、ありがとう」


 心配そうな友人を気遣ってか、バロンが再び体を擦り付けてくる。その温かい毛並みを撫でながら、空を見上げる。自分は物をしらない。ばあやは笑って唯頷いていればいいといったが、結果としてそれはエマを苦しめてしまっていたのではないかとも思う。


「どうすればいいんだろうね」


 だが、まだ小さな自分では何をすることもできない。ノアはバロンと並びながらただ空を眺め続けた。

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